逃げ場のない思い
放課後。
由奈に声をかけようとして、
一歩、踏み出した瞬間だった。
俺「ゆ…」
学友「篠原〜。門のとこに、また客」
被せるようにクラスメイトの声。
……また、か。
嫌な予感しかしない。
ため息をひとつ吐いて、窓際に向かう。
視線を落とした先で、
案の定、見覚えのある姿があった。
澪。
昨日と同じ位置。
同じ、待つ気満々の立ち方。
(……しつこい)
由奈に目をやると、はっきり分かるくらい顔を曇らせていた。
胸が、きゅっと鳴る。
俺「……由奈」
声をかけると、
少しびくっとして、こちらを見る。
俺「ちょっと、付き合って」
由奈「……え?」
迷ってるのが分かった。
でも、もう迷わせたくなかった。
返事を待たずに、
由奈の手首を取る。
強くはしない。
でも、離さない。
そのまま、門へ向かった。
⸻
近づくと、澪が先に気づいて振り返る。
澪「湊!」
ぱっと明るくなる顔。
……が、
その視線が、由奈に移った瞬間。
澪「あぁ……」
露骨に、嫌そうな声。
由奈の体が、少し強張るのが分かった。
だから——
俺は、その場で足を止めた。
由奈の肩を抱き寄せる。
逃げ場を、作らない。
俺「澪。この際だから、はっきり言う」
一切、言葉を選ばなかった。
俺「俺は由奈が好きだ」
俺「今、付き合ってるのは由奈」
俺「一番大切なのも、由奈」
澪が、目を見開く。
俺「澪と、やり直す気はない」
即答だった。
澪「……私の時は」
声が、震える。
澪「そんな必死になってくれなかった」
澪「なんで、その子なの?」
澪「私の方が、全部上じゃない」
詰め寄ってくる。
泣きそうな顔で、
そのまま俺の胸に飛び込もうとした。
……が。
俺は、肩に手を置いて、はっきり押し返した。
俺「やめろ」
そのまま、由奈を引き寄せる。
ほとんど、抱きしめる距離。
俺「澪と付き合ってた時、真剣に向き合えなかったのは事実だ」
俺「それは、俺が悪い。ごめん」
一拍置いて、続ける。
俺「でも」
俺「由奈だけは、絶対に手放さない」
迷いは、なかった。
⸻
その時だった。
背後から、間の抜けた声。
???「澪〜。」
……あ。
俺「兄貴、おせー」
振り返ると、
少し気の弱そうな男が、手を振って立っていた。
俺の兄。
篠原 恒一。
俺「……なんで、こういちがいるの?」
澪の声が、裏返る。
由奈が、きょとんとした顔で俺を見る。
その表情を見た瞬間、
胸の奥の緊張が、すっと抜けた。
俺「由奈」
声が、自然と柔らかくなる。
俺「これ、俺の兄貴」
俺「澪は……俺の元カノだけど、今は兄貴の彼女」
由奈「……え?」
俺「こいつ、俺と付き合ってる時に兄貴に手出して」
俺「結果、俺を裏切った」
澪「ちょっと!」
俺「だから」
俺「由奈と出会う前だったとしても、澪と復縁は絶対にない」
一切、曖昧にしない。
俺「だから、安心して」
由奈の目が、少し揺れる。
澪「……湊!」
顔を赤くして、叫ぶ。
澪「なんで“こういち”を呼んだの?」
澪「まだ、信じてないから!」
……相変わらずだ。
兄貴が、困ったように笑って澪の肩に手を置く。
恒一「澪ちゃん」
恒一「湊と彼女に迷惑だろ。一緒に帰ろ」
澪「……」
恒一「そろそろ、機嫌直して」
澪は、唇を噛んだ。
不満そうな顔で澪は踵を翻した。
二人が去っていく背中を見送りながら、
俺は、由奈の方を見る。
まだ、少し固い表情。
俺「……ごめん」
俺「巻き込んだ」
由奈の肩に置いた手に、
ほんの少し、力を込める。
俺「でも本当に由奈だけだから」
言葉にしないと、伝わらない。
俺「今までも…これからも…」
俺「こんな必死に追いかけるのは…由奈だけだから…」
俺はもう、
それを学んだ。
俺「だから…俺から逃げないで」
——失うかもしれない、って思ったから。
すげぇ、情けないけど、縋ってでも繋ぎ止めたいのは由奈だけだから…




