追いかけても、届かない思い
由奈「……先に帰ります」
由奈は、振り返らなかった。
言い切るみたいな声でもなく、
怒っているわけでもなく、
ただ、静かに距離を切る声。
それが、妙に胸に刺さった。
俺「由奈——!」
椅子を蹴るように立ち上がる。
追いかけなきゃ、と思った瞬間、
手首を強く掴まれた。
澪「ちょっと、湊」
振り返ると、澪がいた。
爪が食い込むほどの力。
澪「ねえ。あの子、本当に湊のこと好きなのかな?」
その一言で、頭が一気に冷える。
澪「ライバルの前に恋人置いて、逃げるなんて…」
澪「私なら絶対、湊を一人で置いて行ったりしない」
……ああ、来た。
ため息が、勝手に落ちた。
湊「澪、いい加減にしろ」
低く言ったつもりだったが、
自分でも分かるくらい、声に圧があった。
澪「なに?図星?」
湊「それ以上言うと、お前を許せなくなる」
澪が一瞬、言葉を失う。
湊「由奈は悪くない」
湊「お前が煽りすぎ」
掴まれた手首を、強く振り払う。
湊「澪、離せ」
自分でも驚くほど、感情が露わだった。
澪は一歩下がり、
それ以上何も言えなくなった。
——その隙に、俺は走り出した。
⸻
駅まで、全力で追いかけた。
人の波を縫って、
改札の前も、ホームも、
何度も視線を走らせる。
……いない。
胸の奥が、嫌な音を立てる。
スマホを取り出す。
|今どこ?|
|さっき追いかけたけど見つからなかった|
|ちゃんと家に帰ってる?|
送信。
返事は、ない。
もう一通。
|心配してる|
……既読もつかない。
(……まずい)
喧嘩でもない。
拒絶でもない。
でも、
一番手ごわいやつだ。
由奈は、こういう時、
一人で抱え込む。
誰にも頼らず、
勝手に自分を責めて、
勝手に距離を取る。
それを、
俺は知ってるはずなのに。
⸻
翌朝。
教室に入って、
一番に探したのは、由奈だった。
……いた。
席に座って、
咲と話している。
それだけで、
胸の奥が、ふっと緩む。
湊「……よかった」
駆け寄って、
思ったまま口に出た。
湊「心配した」
返ってきたのは、
苦笑いと、「ごめん」。
目が合わない。
……昨日と同じだ。
一瞬、何か言おうとして、
結局、飲み込んだ。
湊「……ま、無事ならそれでいい」
そう言って、
柏木たちの方へ戻る。
本音は、全然違う。
(……全然、よくない)
⸻
昼休み。
柏木「なあ湊」
久我「ちゃんと話せ」
柏木「説明は大事だぞ」
久我「大切にしてるなら尚更な」
うるさい。
でも、正論。
湊「わかってる」
柏木「じゃあ何で動かねえ」
湊「……拒否られるのも当たり前だろ」
昨日の光景が、頭をよぎる。
湊「俺と澪が悪い」
湊「由奈には無理強いしたくない」
久我「待つってことか?」
湊「…ん」
湊「気持ちが落ち着くまで」
柏木が、珍しく真面目な顔をした。
柏木「時間たつとさ」
柏木「おさまるもんも、おさまらなくなるぞ」
その言葉が、胸に残る。
⸻
放課後。
由奈は、相変わらず距離を取っていた。
無理に話しかければ、
もっと閉じてしまいそうで。
……でも。
(俺、由奈に近づけないの、これ以上無理かもな)
待つのは、得意な方だと思ってた。
相手を尊重することも、
押し付けないことも。
でも、
消えそうな由奈を見てるのは、
思ってたより、ずっときつい。
(……失うのは、無理だ)
柏木たちには、あぁ言ったけど限界近いな…
由奈の俯いた横顔。
作った笑顔。
そう思った瞬間、
胸の奥で、はっきり音がした。




