壊れてしまいそうな感情
家に着いてからも、
スマホは何度も震えていた。
分かっている。
見なくても、誰からか。
画面を伏せたまま、
制服のままベッドに腰を下ろす。
震えが止まらない。
少しして、そっと画面を開いた。
|今どこ?|
|さっき追いかけたけど、見当たらなかった|
|ちゃんと家に帰ってる?|
|由奈、お願いだから返事して|
|心配してる|
全部、湊くん。
責める言葉は、ひとつもない。
怒ってもいない。
ただ、心配しているだけ。
……それが、いちばん苦しい。
(……返さなきゃ)
そう思うのに、
指が動かない。
今、返事をしたら。
声を聞いたら。
「大丈夫」って言われたら。
きっと、全部信じてしまう。
信じて、甘えて、
また同じことで傷ついてしまう。
(……私)
湊くんの彼女で、いる資格あるのかな。
今日、はっきり思ってしまった。
澪さんの隣にいる湊くん。
自然で、慣れていて、
同じ空気を吸っている感じ。
私の知らない時間を、
当たり前みたいに共有している人。
(……お似合い)
認めたくないのに、
そう思ってしまった。
私が笑えなくなって、
不安ばっかりで、
嫉妬ばっかりで。
こんな私と一緒にいるより、
もっと自信があって、
もっと綺麗で、
もっと堂々としている人のほうが——
(……幸せなんじゃないかな)
私なんかと付き合ってても、
湊くんを幸せにしてあげられない。
それなら。
距離を置いた方がいい。
私が、身を引いた方がいい。
そう考えた瞬間、
胸の奥が、ずきっと痛んだ。
それでも、
スマホには触れなかった。
⸻
翌日。
ほとんど眠れないまま、
学校へ向かった。
教室で咲と話していると、
扉が、少し強く開いた。
息を切らした足音。
顔を上げなくても分かる。
……湊くん。
いつもより早い時間。
少し乱れた髪。
焦った表情。
まっすぐ、こっちに来る。
湊「……よかった」
私の前で足を止めて、
大きく息を吐いた。
湊「心配した」
その一言で、
胸が、ぎゅっと縮む。
(……そんな顔、しないで)
いつもなら、
それだけで嬉しくなるのに。
今日は、
何て返していいか分からなかった。
由奈「……ごめん」
苦笑いして、
目を合わせられない。
その一瞬の沈黙。
湊くんは、少しだけ眉を寄せて、
大きく息を吐いた。
湊「……ま、由奈が無事ならそれでいい」
それだけ言って、
柏木くんたちの方へ歩いていく。
背中を見送りながら、
胸の奥が、冷えていく。
(……嫌われた、かも)
可愛くない態度。
心配させて、
突き放すみたいな返事。
もう、修正できないかもしれない。
咲が、そっと声を落とす。
咲「……由奈、本当に大丈夫なの?」
由奈「うん。大丈夫だよ」
また、嘘。
誰にも心配させないように、
ちゃんと笑う。
でも、心の中はぐちゃぐちゃだった。
どうしていいか分からない。
澪さんのことも。
湊くんの気持ちも。
自分の嫉妬も。
誰にも相談できない。
友達にも。
湊くんにも。
だって、
こんな気持ち、言ったら重い。
それに。
やっぱり、
澪さんと湊くんは、美男美女で。
並んで立つだけで絵になって。
私がどれだけ頑張っても、
太刀打ちできない気がしてしまう。
(……湊くん)
私なんかじゃなくて、
澪さんとやり直した方がいいんじゃない?
そう思ってしまう自分が、
いちばん嫌だった。
でも。
大切にされた記憶が、
どうしても消えてくれない。
優しく名前を呼ばれたこと。
守るみたいに手を伸ばされたこと。
「一番大事」って言われたこと。
好きな気持ちが、
大きくなりすぎてしまった。
だから、
手放す勇気も持てない。
殻に閉じこもったまま、
外に出る方法が分からない。
近づくのも、
離れるのも、
怖くて。
私はただ、
その場で立ち尽くしていた。
——壊れないように、
動かないことを選びながら




