表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
名前のない放課後  作者: えあな


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

71/88

知りたくなかった感情

翌日。


教室に入った瞬間、

一番最初に目に入ったのは、湊くんだった。


……いた。


それだけで、胸の奥がきゅっと縮む。


昨日のことが、

何もなかったみたいに終わっていればよかったのに。

何も知らなければよかったのに。


(……おはよう、って言えばいいだけなのに)


足が、止まる。


湊くんも、私に気づいた。


目が合って、湊くんは私に優しく微笑みかけた。

右手が少し上がって、「おはよ」って言いかけているのが分かる。

でも、耐えきれなくて、私は先に目を逸らしてしまった。


どうしても笑って「おはよう」っていうか自信がなかった。


昨日。

門の前。

元カノ。


聞きたいことは、山ほどある。


あのあと、どこに行ったの?

何を話したの?

どうして、私を置いて行ったの?


……でも。


それを聞く権利が、

本当に自分にあるのか分からなくて。


私は何も言えないまま、

自分の席に座った。



「……由奈?」


小さな声で呼ばれて、顔を上げる。


咲だった。


由奈の親友。

一番、気づいてほしくなかった人。


咲「大丈夫?」


その一言だけで、

胸の奥が、ぐらっと揺れる。


(……やめて)


心の中で、そう思ってしまった自分に、少し驚く。


咲は何も責めてない。

ただ心配してくれてるだけなのに。


由奈「うん。大丈夫だよ。」


反射みたいに笑う。


でも、その笑顔が

自分でも分かるくらい、うまく作れていなかった。


咲は何も言わなかった。

ただ、少しだけ眉を下げて、

「そっか」と言った。


それが、逆に刺さる。


(……分かっちゃった、よね)



休み時間。


柏木くんが、いつもの軽い調子で声をかけてきた。


柏木「よ、由奈ちゃん。元気?」


……まただ。


昨日も、今日も、

みんな優しい。


優しさが、全部

「私が変だ」って教えてくるみたいで。


由奈「うん。元気だよ。」


また、笑う。


柏木くんは、すぐに空気を変えた。


柏木「ま、元気ならいーや。」


深く踏み込まない。

それ以上、聞かない。


触れたら壊れそうなものを見る目。


(……そんな顔しないで)


自分でそうなってるのに、

勝手だな、って思う。



廊下ですれ違う時。


湊くんは、私を見て、

ほんの少しだけ、足を止めた。


湊「……おはよう。」


声は、いつもと同じ。

低くて、落ち着いていて。

だけど私は湊くんの目を見れない。

湊くんがどんな顔で「おはよう」って言ったのかもわからない…


由奈「……おはよう。」


返した声が、

自分でも分かるくらい、弱かった。


湊くんは何か言いかけて、

結局、何も言わなかった。


それが、怖かった。



言い訳でも、嘘の弁解でもいいから、してほしかった。

「由奈」って呼び止めて、抱きしめて、

「ちゃんと好きだよ」って言ってほしかった。

(……私、ちゃんと笑えてた?)


教室に戻って、

机に突っ伏す。


これ以上、

好きになるのが怖い。


こんな気持ちを抱えたまま、

湊くんと一緒にいるのが、怖い。


だから——


無意識に、

距離を取ってしまう。


視線を合わせない。

近づかない。

話しかけない。


(……嫌いになったわけじゃないのに)


むしろ、逆。


好きだから、


元カノさんとの話を聞くのが怖い…


もし元カノさんと復縁するなんて言われたらと思うと…


これ以上、踏み込めない。



放課後。


帰り支度をしていると、

また、ざわざわとした声が広がった。


女子A「ねえ、またいるんだけど……」

女子B「昨日の人じゃない?」


心臓が、嫌な音を立てた。


ゆっくり、窓の方を見る。


……いた。


校門の前。

昨日と同じ場所。


長い髪。

まっすぐな姿勢。


あの人。


(……また?)


湊くんの方を見る。


湊くんも、もう気づいていた。


昨日と同じように、

困った顔をして、

少しだけ、頭を掻く。


その仕草が、

胸を、ぎゅっと掴む。


(……やっぱり、特別なんだ)


誰にも触れさせない距離。

でも、完全には切れない関係。


私は、

何も知らないまま、

何も言えないまま。


ただ、教室の中で立ち尽くしていた。


昨日よりも、

今日のほうが、苦しい。


それが、

はっきり分かってしまった。


——また、始まってしまう。


そう思った瞬間、

胸の奥で、小さく音がした。


壊れる音なのか、

閉じる音なのか。


その違いすら、

もう分からなかった

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ