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名前のない放課後  作者: えあな


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幸せの実感

放課後。


いつもの帰り道なのに、

最近の湊くんは、少しだけ“違う”。


たとえば、私が誰かに呼び止められた時。


クラスの男子が、

「佐伯、これ聞いていい?」って声をかけてきただけなのに——


湊「なに?」


その声が、先に割り込んだ。


私より一歩前に立って、

自然すぎるくらいの位置で。


(……あれ?)


男子は一瞬戸惑って、

でも湊くんの落ち着いた視線に、すぐ話を切り上げた。


男子「……あ、また今度でいいや。」


去っていく背中を見送りながら、

胸の奥に、ちいさな疑問が浮かぶ。


(今の……必要だった?)


でも聞けないまま、歩き出す。


そのあとも、似たようなことが何度かあった。


距離。

立ち位置。

声のトーン。


全部さりげないのに、

私のまわりだけ、見えない線が引かれてるみたいで。


(……気のせい、だよね。)


そう思おうとするのに、

心臓が、少しだけ落ち着かない。



駅へ向かう途中。


コンビニ前で立ち止まった時、

別のクラスの男子が私に声をかけた。


男子「佐伯、今日も篠原と一緒?」


その瞬間。


湊「一緒だけど。」


湊くんが、間を置かずに答えた。


淡々と。

でも、はっきり。


私は何も言ってないのに。


男子は「あ、そっか」って笑って去っていく。


……まただ。


(これって……)


胸の奥が、じわっと熱くなる。


期待していいのか、

勘違いしたら恥ずかしいのか、

分からなくて、黙ったまま歩く。


でも。


歩幅を合わせてくれる足音が近くて、

その距離が、今日はやけに気になった。



しばらく歩いてから、

私は思い切って口を開いた。


私「……ねえ。」


湊「ん?」


優しい声色。

横を向くと、いつもの無表情。

でも、なんとなく優しい目で私を見てる。


私「最近……その……」


言葉を探して、視線が泳ぐ。


(言っていいのかな……)


でも、もう止まれなかった。


私「もしかして……やいてる?」


声が、少しだけ小さくなった。


冗談みたいに聞こえたかもしれない。

勘違いだったら、すごく恥ずかしい。


なのに——


湊くんは、足を止めもしなかった。


一拍も置かずに、

当たり前みたいに言った。


湊「当たり前。」


……え?


驚いて立ち止まったのは、私のほうだった。


私「え……?」


湊くんは、ようやくこちらを向く。


表情は変わらない。

照れも、誤魔化しもない。


湊「結構前からやいてるけど。」


事実を述べるみたいな口調。


(……え、そんな……)


聞いたのは私の方で…

なのに、一気に顔が熱くなる。


心臓が、変な音を立てる。


私「……そ、そんな普通に言うんだ……」


思わず、笑ってしまった。


嬉しくて。

照れくさくて。

どう反応していいか分からなくて。


ふふ、って小さく。


すると——


湊「……笑うなよ。」


低い声。


ほんの少しだけ、不満そう。


湊「本気で言ってるんだから。」


その言い方が、ずるかった。


胸の奥が、ぎゅっと締まる。


(……ほんとに……)


私「……ごめん。」


そう言いながら、でも笑いは止まらない。


私「だって……嬉しくて。」


湊くんは、少しだけ目を伏せてから、また前を向いた。


湊「……嬉しいなら、それでいい。」


それだけ。


でも、その横顔が、

今までで一番近く感じた。



歩き出す。


いつもと同じ道。

いつもと同じ帰り道。


なのに、世界が少し違う。


(やいてくれてたんだ……)


そう思った瞬間、

胸の奥に、あたたかいものが広がる。


それと同時に、

なぜか、ちいさな不安も芽生えた。


(……こんなふうに想われてるなら……)


——もし、湊くんが他の誰かを好きになっちゃったら…


その考えを、慌てて振り払う。


今はまだ、考えたくない。


この幸せを味わっていたい。



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