押し寄せる夜
玄関のドアを閉めた瞬間、
部屋の静けさが一気に押し寄せた。
さっきまで隣にあった体温が、嘘みたいに消えている。
靴を脱いで、電気をつけて、
いつも通りの動線で部屋に入る。
……なのに。
ソファに置いたままのクッションとか、
由奈が座ってた場所とか、
どうでもいいはずのものばかり目に入る。
(……はぁ。)
息を吐いて、ソファに腰を下ろした。
まだ早い時間だ。
夜というほどでもない。
なのに、体だけが少し重い。
欲がなかったわけじゃない。
正直、それははっきりしてる。
触れたかったし、
抱き寄せたかったし、
その先だって、自然な流れだと思ってた。
——でも。
泣きそうな顔で、
必死に言葉を探してた由奈を思い出す。
逃げなかった。
拒否もしなかった。
ただ、追いつこうとしてた。
(……あの顔で進んでたら、最低だな。)
テーブルに置いたスマホを手に取る。
由奈からの通知は、まだない。
別に責めてるわけじゃない。
でも、連絡を待つ自分に気づいて、
少しだけ苦笑した。
(重いな、俺。)
でも、それをやめる気もない。
今日は、踏み込まなかった。
我慢した、というより——選んだ。
勢いで進むより、
ちゃんと欲しいって思っただけだ。
由奈の「ありがとう」を思い出す。
袖を掴んだ指の力。
離れる前の、迷いのある目。
……全部、可愛すぎる。
ベッドに横になって、天井を見る。
もし今日、進んでいたら。
たぶん、後悔はしなかった。
でも、
由奈が“ちゃんと選べた夜”にはならなかった。
それは、俺が欲しい形じゃない。
(次は。)
次は、
由奈が迷わない時に。
不安じゃなくて、
覚悟じゃなくて、
ちゃんと「欲しい」って言える時に。
その時は、
もう遠慮しない。
そう決めたら、
胸の奥が少しだけ静かになった。
スマホを置いて、目を閉じる。
今日選ばなかった夜は、
たぶん、間違ってなかった。
——次の夜のために。




