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名前のない放課後  作者: えあな


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64/88

部屋

デートの帰り道、

予定より少しだけ時間がずれてしまった。


原因は本当に些細なことだった。

予約していたお店から連絡が入り、店主さんの体調が悪く急遽お店が営業できなくなってしまったらしい。

代わりを探して少し遠回りしただけ。


夕方にはまだ早い時間。

空は明るくて、街も賑やかで、

「もう帰らなきゃ」というほどでもない。



湊くんが、少しだけ視線を外して言った。


湊「……このあと、どうする?」


歩きながらの、何気ないトーン。


私「え?」


湊「まだ早いし……」

一拍、間があって、

「……俺ん家、寄る?」


一瞬だけ、様子を伺うような間。


(……え?)


頭より先に、胸がふわっとした。


”バイバイ”するにはまだ早くて…

もう少し湊くんと一緒にいたかった。

それに大好きな人のお家に行ってみたかった。


私「…うん。いいの?」


返事は、驚くほど簡単に出てしまった。


その時はまだ、

それがどういう意味を持つかなんて、

ちゃんと考えてなかった。



湊くんの部屋は、

想像していたよりずっと整っていた。



「どうぞ。」


そう言われて入った瞬間、

ドアが閉まる音が、やけに大きく聞こえた。


(……あ。)


部屋に招きいれられ


「その辺に座ってて」


そう言って湊くんは部屋を出て行った。


部屋の一周見渡した。


無駄なものがなくて、静かで、

“生活”の匂いがする空間。


(当たり前だけど湊くんの匂いで包まれてるみたい)


そう思ってニヤニヤ…


…そこでようやく気づいてしまった。


ここ、

密室だ。


二人きりだ。


湊「お待たせ」


私「…あ…うん」


湊「お茶でよかった?」


湊くんが私の前にコップを置いてくれた。


私「あ…ありがとう… 」


それまで普通に話していたのに、

急に言葉が詰まる。


私「湊くん…ところで…ご家族は?」


出されたお茶をすすりながら、目を合わさないで聞く。


湊「わからん…仕事だから、気にしなくていいよ?」


落ち着いた口調の湊くん。


私「……」


なのに私だけソファに座る距離も、

視線の置き場も、

全部がぎこちない。


湊くんは、いつも通りなのに。


私だけが、

急に心臓の音を意識し始めている。


(……なんで今さら……)


誘われた時は、

嬉しいしかなかったのに。


頭がいっぱいになる。


「どうした?」


何も言わない私の横に腰を下ろし、顔を覗き込んで心配そうな顔をする湊くん。


近い。

近すぎる。


指先が触れそうで、触れなくて、

その“触れない距離”が、逆に落ち着かない。


(……落ち着いて……)


なのに、

“男の人の部屋に来てる”

という事実が、遅れて押し寄せてきて。


私「……あの……」


声が、思ったより小さく震えた。


湊くん「もしかして…期待してる?」


こなれた手つきで肩に手を回し湊くんの方に引き寄せられた。


私「…あの…あの…」


もう、何を言ったらいいかわからない。


湊くんに求められるのは嬉しいはずなのに…


急だったからか上手く返事ができない。


嬉しいはずなのに、

胸の奥が追いつかなくて、

私はただ、言葉を失っていた。

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