安心して眠れる夜
部屋の灯りを落とす。
カーテン越しに街灯の光が薄く滲んで、
天井にぼんやり影をつくっていた。
布団に入って、スマホを胸の上に置く。
今日は——
ちゃんと、帰れた。
湊くんと並んで歩いて、
手を繋いで、
アイスを食べて、
「また明日」って言って別れた。
それだけなのに、
胸の奥が、静かであたたかい。
(……久しぶりに、ちゃんと呼吸できてる)
数日前まで、
夜になるたび不安で、
考えないようにしても、
どうしても思い出してしまって。
嫌われたのかもしれない、とか。
距離を置かれた理由がわからないままとか。
布団の中で、
何度もスマホを手に取っては、
結局なにも送れずにいた。
でも今日は違う。
画面が震えた。
|無事着いた?|
たった一行。
でも、それだけで胸がゆるむ。
|着いたよ|
|今日は、ありがとう|
送信して、
すぐに返事が来る。
|こちらこそ|
|ちゃんと話せてよかった|
“ちゃんと”
その言葉が嬉しくて、
思わず画面を見つめたまま笑ってしまう。
|……ね|
|また明日、普通に話していい?|
少しだけ、勇気を出して送った。
返事は、間を置かずに。
|もちろん|
|むしろ、俺の方が話したい|
心臓が、きゅっと鳴る。
(……ずるい)
顔が熱くなって、
布団に潜り込む。
|じゃあ|
|おやすみなさい|
少し迷って、
もう一言。
|……好きです|
送信。
一瞬、既読がつかなくて、
その数秒がやけに長く感じられた。
でもすぐに——
|俺も好きだよ|
短い。
でも、迷いがない。
胸の奥が、すっと静かになる。
スマホをそっと置いて、
目を閉じる。
今日の帰り道。
繋いだ手の温度。
名前を呼ばれた声。
全部が、ちゃんとここにある。
(……大丈夫)
理由がなくても、
説明がなくても、
今は、そう思えた。
不安で眠れなかった夜とは違う。
胸の奥に、
“帰る場所”がある感覚。
それが、こんなにも心を軽くするなんて。
ゆっくり、まぶたが重くなる。
最後に浮かんだのは、
明日の朝、
また「おはよう」って言えること。
その当たり前が、
今はとても、特別だった。
「……おやすみ」
小さく呟いた声は、
誰にも届かないまま、
やさしい眠りに溶けていった。
——安心して眠れる夜が、
ちゃんと戻ってきた。




