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名前のない放課後  作者: えあな


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59/88

安心して眠れる夜

部屋の灯りを落とす。


カーテン越しに街灯の光が薄く滲んで、

天井にぼんやり影をつくっていた。


布団に入って、スマホを胸の上に置く。


今日は——

ちゃんと、帰れた。


湊くんと並んで歩いて、

手を繋いで、

アイスを食べて、

「また明日」って言って別れた。


それだけなのに、

胸の奥が、静かであたたかい。


(……久しぶりに、ちゃんと呼吸できてる)


数日前まで、

夜になるたび不安で、

考えないようにしても、

どうしても思い出してしまって。


嫌われたのかもしれない、とか。

距離を置かれた理由がわからないままとか。


布団の中で、

何度もスマホを手に取っては、

結局なにも送れずにいた。


でも今日は違う。


画面が震えた。


|無事着いた?|


たった一行。

でも、それだけで胸がゆるむ。


|着いたよ|

|今日は、ありがとう|


送信して、

すぐに返事が来る。


|こちらこそ|

|ちゃんと話せてよかった|


“ちゃんと”


その言葉が嬉しくて、

思わず画面を見つめたまま笑ってしまう。


|……ね|

|また明日、普通に話していい?|


少しだけ、勇気を出して送った。


返事は、間を置かずに。


|もちろん|

|むしろ、俺の方が話したい|


心臓が、きゅっと鳴る。


(……ずるい)


顔が熱くなって、

布団に潜り込む。


|じゃあ|

|おやすみなさい|


少し迷って、

もう一言。


|……好きです|


送信。


一瞬、既読がつかなくて、

その数秒がやけに長く感じられた。


でもすぐに——


|俺も好きだよ|



短い。

でも、迷いがない。


胸の奥が、すっと静かになる。


スマホをそっと置いて、

目を閉じる。


今日の帰り道。

繋いだ手の温度。

名前を呼ばれた声。


全部が、ちゃんとここにある。


(……大丈夫)


理由がなくても、

説明がなくても、

今は、そう思えた。


不安で眠れなかった夜とは違う。


胸の奥に、

“帰る場所”がある感覚。


それが、こんなにも心を軽くするなんて。


ゆっくり、まぶたが重くなる。


最後に浮かんだのは、

明日の朝、

また「おはよう」って言えること。


その当たり前が、

今はとても、特別だった。


「……おやすみ」


小さく呟いた声は、

誰にも届かないまま、

やさしい眠りに溶けていった。


——安心して眠れる夜が、

ちゃんと戻ってきた。

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