特別な帰り道
放課後のチャイム。
文化祭も、実習も、
あの数日間のざわつきが嘘みたいに、
教室はいつもの空気に戻っていた。
机を引く音。
誰かの笑い声。
窓の外から入る、少し冷えた風。
——そして。
隣に由奈がいてくれる。
それだけで、胸の奥が落ち着く。
湊「……一緒に帰ろ」
由奈は一瞬だけ目を見開いて、
それから、少し照れたみたいに頷いた。
由奈「……うん」
下駄箱までの廊下。
肩が触れそうで触れない距離を、
保って歩く。
靴を履き替えて、外に出る。
夕方の空気が、思ったよりやさしい。
門を出たところで、
由奈が少しだけ躊躇ってから、
俺の服の袖をつまんだ。
由奈「……手、いい?」
その聞き方が、由奈らしくて。
湊「……もちろん。よろこんで」
そう言って、
自然に指を絡める。
繋いだ瞬間、
お互い少しだけ息を吸ったのがわかって、
それが可笑しくて、笑いそうになる。
しばらく、会話はない。
でも沈黙が重くない。
足音と、風の音と、
繋いだ手の温度だけで、
全部足りていた。
由奈「……あのね」
湊「ん?」
由奈「この前のこと……」
言いかけて、止まる。
俺は立ち止まって、由奈を見る。
湊「うん…由奈を泣かせることは2度としません。」
由奈「……え?」
湊「本当にごめんなさい。あと呆れないでくれてありがとう。」
由奈の目が、少し潤む。
由奈「……でも」
湊「そもそも…」
少しだけ言葉を選ぶ。
湊「由奈が不安になったの、俺のせいだし」
即答だった。
湊「これからは、ちゃんと言う。
忙しくても、離れるなら理由も言う。
勝手に我慢させない」
由奈は小さく息を吸って、
ゆっくり頷いた。
由奈「……じゃあ、私も」
湊「ん?」
由奈「寂しいって、ちゃんと言う」
その一言で、
胸の奥がじんわり熱くなる。
湊「……それ、かなり嬉しい」
由奈が照れて、
少しだけ手に力を込めた。
帰り道の途中、
いつも寄るコンビニの前を通る。
湊「なんか買う?」
由奈「えっと……アイス」
湊「寒くない?」
由奈「……でも、食べたい」
その即答に、思わず笑う。
湊「はい。おおせのままに」
二人でアイスを選んで、
店の前で並んで食べる。
由奈が寒そうにしながら、
ちょっとずつ食べてるのを見るだけで、
どうしようもなく可愛い。
湊「……ほんと、普通だな」
由奈「え?」
湊「こういうの。放課後」
由奈は少し考えてから、
小さく笑った。
由奈「でも、特別」
湊「……だな」
繋いだ手を、もう一度ぎゅっと握る。
特別なことは、なにもしてない。
ただ一緒に帰って、
アイスを食べて、
同じ空を見てるだけ。
それなのに。
(……やっぱ、由奈の隣がいちばん落ち着く)
そう思えることが、
何よりの答えだった。
別れ道。
由奈が名残惜しそうに立ち止まる。
湊「また明日」
由奈「……うん。明日」
一瞬、迷ってから、
由奈の額に軽く額を寄せた。
湊「ちゃんと、好きだから」
由奈の顔が一気に赤くなる。
由奈「……ずるい」
湊「え?何?」
わざと由奈の顔を覗き込んだ。
(可愛すぎてずるいのは由奈の方だ)
笑って手を離す。
由奈が振り返りながら、
何度も手を振る。
その背中を見送りながら、
胸の奥が静かに満たされていく。
——久しぶりの、普通の放課後。
でも、
今の俺たちには、
これ以上ないくらい大切な時間だった。




