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名前のない放課後  作者: えあな


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57/88

答え

条件を出したとき、

僕は冷静だったと思う。


少なくとも、そう振る舞えていた。


「距離を置くこと」

「結果で示すこと」

「女子との距離感を改めること」


どれも、感情論じゃない。

由奈を守るための、妥当な条件だったはずだ。


……はず、だった。



距離を置いてから数日。


廊下で由奈を見かけるたび、

僕は足を止めそうになるのを必死でこらえた。


声をかければ、笑って返してくれる。

それくらい、わかっている。


でも——


由奈は、以前より静かになった。


笑顔はある。

挨拶も、返事も、いつも通り。


ただ、どこか——

“気を張っている”笑顔だった。


昼休み。

窓際でひとり本を読んでいる背中。


誰かに話しかけられても、

すぐに「大丈夫」と言って距離を保つ仕草。


(……あれ?)


胸の奥に、わずかな違和感が生まれる。


僕は、

「由奈が傷つかないように」

距離を取らせたはずだった。


でも、今の由奈は——

守られているというより、

耐えているように見えた。



そして、篠原湊。


彼は驚くほど、条件を守っていた。


廊下で女子に声をかけられても、

距離を取ったまま、短く返す。


冗談で触れようとする手を、

自然な動きで避ける。


由奈を探す視線を、

必死で抑えているのが、

僕にはわかってしまった。


成績も、態度も、

条件を出した僕が言うのもおかしいが、

真剣すぎるほど真剣だった。


それが——

少し、怖くなった。


(……もし、僕が間違っていたら?)


守るつもりで出した条件が、

由奈を一番苦しめているのだとしたら。



テストを返す日。


篠原湊の答案を見たとき、

思わず笑ってしまった。


満点。


一位どころじゃない。

逃げ道を完全に潰す点数。


彼は、結果で黙らせに来た。


(……やるね。)


正直に、そう思った。


そして——

廊下の先で泣く由奈を見た瞬間、

すべてが繋がった。


耐えていたのは、由奈。

試されていたのは、湊。

そして——

試していたつもりで、

一番迷っていたのは、僕だった。



篠原湊が言った。


「由奈のこと……人生で一番大事です。」


その声に、迷いはなかった。


由奈を見つめる目に、

独占欲より先に

覚悟があった。


(……ああ。)


守るために、

自分を削れる男だ。



「——今回は認めるよ。」


そう言った瞬間、

胸の奥がすっと軽くなった。


疑ってしまったことを、

少しだけ後悔した。


でも同時に——

確認できてよかったとも、思った。


由奈を泣かせる男なら、

どんなに想っていても許さない。


でも、

由奈の涙を止めるために

ここまでやれる男なら。


……任せてもいい。



廊下を去りながら、

ふたりの背中を見る。


手を繋ぐ距離。

呼吸が揃う距離。


(……大丈夫だな。)


それでも、最後に言わずにはいられなかった。


「また泣かせたら、全力で邪魔する。」


それは脅しじゃない。

約束だ。


——優しすぎる男は、不安になる。


でも、

優しさを証明できる男なら、

信じてみてもいい。


そう思えた教育実習の、最終日だった。


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