答え
条件を出したとき、
僕は冷静だったと思う。
少なくとも、そう振る舞えていた。
「距離を置くこと」
「結果で示すこと」
「女子との距離感を改めること」
どれも、感情論じゃない。
由奈を守るための、妥当な条件だったはずだ。
……はず、だった。
⸻
距離を置いてから数日。
廊下で由奈を見かけるたび、
僕は足を止めそうになるのを必死でこらえた。
声をかければ、笑って返してくれる。
それくらい、わかっている。
でも——
由奈は、以前より静かになった。
笑顔はある。
挨拶も、返事も、いつも通り。
ただ、どこか——
“気を張っている”笑顔だった。
昼休み。
窓際でひとり本を読んでいる背中。
誰かに話しかけられても、
すぐに「大丈夫」と言って距離を保つ仕草。
(……あれ?)
胸の奥に、わずかな違和感が生まれる。
僕は、
「由奈が傷つかないように」
距離を取らせたはずだった。
でも、今の由奈は——
守られているというより、
耐えているように見えた。
⸻
そして、篠原湊。
彼は驚くほど、条件を守っていた。
廊下で女子に声をかけられても、
距離を取ったまま、短く返す。
冗談で触れようとする手を、
自然な動きで避ける。
由奈を探す視線を、
必死で抑えているのが、
僕にはわかってしまった。
成績も、態度も、
条件を出した僕が言うのもおかしいが、
真剣すぎるほど真剣だった。
それが——
少し、怖くなった。
(……もし、僕が間違っていたら?)
守るつもりで出した条件が、
由奈を一番苦しめているのだとしたら。
⸻
テストを返す日。
篠原湊の答案を見たとき、
思わず笑ってしまった。
満点。
一位どころじゃない。
逃げ道を完全に潰す点数。
彼は、結果で黙らせに来た。
(……やるね。)
正直に、そう思った。
そして——
廊下の先で泣く由奈を見た瞬間、
すべてが繋がった。
耐えていたのは、由奈。
試されていたのは、湊。
そして——
試していたつもりで、
一番迷っていたのは、僕だった。
⸻
篠原湊が言った。
「由奈のこと……人生で一番大事です。」
その声に、迷いはなかった。
由奈を見つめる目に、
独占欲より先に
覚悟があった。
(……ああ。)
守るために、
自分を削れる男だ。
⸻
「——今回は認めるよ。」
そう言った瞬間、
胸の奥がすっと軽くなった。
疑ってしまったことを、
少しだけ後悔した。
でも同時に——
確認できてよかったとも、思った。
由奈を泣かせる男なら、
どんなに想っていても許さない。
でも、
由奈の涙を止めるために
ここまでやれる男なら。
……任せてもいい。
⸻
廊下を去りながら、
ふたりの背中を見る。
手を繋ぐ距離。
呼吸が揃う距離。
(……大丈夫だな。)
それでも、最後に言わずにはいられなかった。
「また泣かせたら、全力で邪魔する。」
それは脅しじゃない。
約束だ。
——優しすぎる男は、不安になる。
でも、
優しさを証明できる男なら、
信じてみてもいい。
そう思えた教育実習の、最終日だった。




