君を想う
御影蓮と話し合った後、
朝の光が差し込む廊下で、由奈の姿を見つけた瞬間——
胸が自然に、切ないほど温かくなる。
声をかけたい。
昨日「待って」と伸ばした手を、今日は届かせたい。
そう思ったのに。
(……約束したんだろ。)
足が止まる。
その場で、指先が冷たくなる。
近づけば、距離は近くなる。
触れれば、喉の奥まで言葉が溢れる。
でもそれは、御影蓮との約束を破ることでもある。
由奈が、少しだけ悲しそうに足を止めた気配が背中に刺さる。
全身がそっちへ向かいそうで、喉が震えた。
(……触れたい。話したい。抱きしめたい。)
でも、今日は振り返らない。
それが、今の俺が「守る」ということだから。
⸻
昼休み。
女子たちがいつも通りわっと寄ってくる。
以前なら適当にあしらって、雰囲気を壊さない距離で流していた。
でも今日は違う。
女子A「ねぇねぇ篠原くん、今日帰り——」
湊「無理。」
女子B「え、まだ何も言ってな……」
湊「無理だって言ったろ。」
声が低く落ちると、空気が一瞬で冷えた。
女子たちが、少し怯んだように後ずさる。
女子C「……なんか今日冷たくない?」
湊「用ないなら、離れて。」
一瞬の静寂。
それから、女子たちは散っていく。
冗談でも相手にしたら、由奈を不安にさせる。
昨日の由奈の寂しい笑顔が、そのまま胸に張りついている。
近づかせない。
誤解もさせない。
そのためなら、周囲に嫌われても構わない。
⸻
そんな俺を見て、柏木と久我はすぐ気づいた。
柏木「おま、今日どうした!?冷蔵庫入ってきたんか!?」
久我「……由奈ちゃんと何かあった?」
湊「別に。」
久我は瞬時に察した目で、じっと俺を見る。
久我「距離置いてるの、お前の本意じゃないだろ。」
湊「……」
柏木「なんで!?由奈ちゃん泣くぞ!?」
湊「……それは、わかってる。」
久我の声が静かに落ちる。
久我「……大事にしたいなら、やり方考えろよ。」
その言葉は痛かった。
でも正しい。
だから、反論できなかった。
⸻
放課後。
教室には残らず、俺は自習室へ向かった。
静かな空間。
鉛筆の音と紙の擦れる音だけが響く。
女子の視線も、
噂話も、
ここには一切ない。
ただ机と、鉛筆と、
約束だけが残る場所。
(……トップじゃなくて、満点。)
誰にも文句言わせない結果を。
御影蓮が納得せざるを得ない点を。
それが一番早く、
一番正確に「由奈を守る証明」になる。
腕が痛くなるまで問題集を解いた。
視界が滲むまで英文を読み、
眠気をごまかすために手を握ったり開いたりした。
それでも、集中力は切れなかった。
(……ゆなのためだろ。)
ひとりの静けさの中で、
胸の奥にずっと灯ってるのは、
名前ひとつで救われる愛しさだった。
⸻
そして、教育実習最終日の小テスト。
答案を提出する瞬間、
鉛筆を置いた指がわずかに震えていた。
(大丈夫。全部解けた。)
休み時間、
御影蓮が教室にテスト結果を持って現れる。
視線がぶつかった瞬間、
あの人の目がわずかに細くなった。
蓮「……満点。」
一枚の紙が俺の机に置かれる。
蓮「やるね。」
声は驚くほど静かで、
でも奥にある評価は隠しきれていなかった。
俺は顔を上げる。
湊「……当然です。」
蓮「満点で来るとは思わなかったよ。」
湊「満点取れば、その上はいないでしょ?」
御影蓮は微かに笑った。
その笑いは、初めて向けられた“敵意ゼロ”の笑み。
蓮「……ゆなのこと、本気なんだね。」
湊「ずっと言ってるじゃないですか。」
蓮「そうだね。」
御影蓮はテストを返して歩き出す。
と、
廊下の向こうで——
泣きながら御影蓮を見上げている由奈の姿が目に入った。
そこで、胸が一度大きく跳ねた。
(——由奈。)
その瞬間、
約束も試練も、
線引きも全部飛んだ。
(もう……十分だろ。)
心の声がひどく優しくて、
どうしようもなく強かった。




