届かない理由
昨日の帰り道のことを思い出すと、
胸の奥がまだきゅっとなる。
蓮お兄ちゃんは、怖い顔で私の腕を引いて、ただ黙って家まで送ってれた。
でも、家の前に着いた瞬間。
蓮「……ゆな、また明日、学校でね。」
その声は、昔から知ってる優しい声だった。
頭をそっと撫でられて、
追及や小言なんて一つもなくて、
それだけ言って歩いていった。
(……怒ってるわけじゃ、ないんだよね?)
玄関で靴を脱ぎながら、
胸の奥に不安の影が残った。
⸻
翌日。
湊くんに謝らなきゃ。
そう思って、
教室に入ると――湊くんの席が空。
(まだ来てないんだ……)
少し胸がしゅんとする。
2時間目の後、やっと姿を見つけたけど、
誰より真剣な顔でノートを書いていた。
声をかけようとして、一歩、近づいた瞬間。
柏木「篠原〜、これ今日の提出分だぞ!」
湊「ああ……サンキュ。」
湊くんは振り向かない。
その横顔が“話しかける隙がまったくない顔”で、
足が止まった。
(……忙しいのかな。)
昼休みも、
湊くんはずっと久我くんとプリントを広げて勉強していた。
いつもなら視線だけ私に向けて微笑むのに。
今日は、一度も目が合わなかった。
⸻
放課後。
下駄箱の前で待ってみた。
湊くんがどこからか見つけてくれるんじゃないかと
期待してしまったから。
けれど――
|しばらく、一緒に帰れない。|
|ごめん。|
短いLINEが届いた。
心臓がどくん、と跳ねたのに、
次の瞬間すぐ重くなる。
(……そっか。)
既読をつける指が震える。
昨日、蓮お兄ちゃんに連れて行かれて——
約束を守れなかったから?
怒ってるのかな……
呆れたのかな……
(嫌われちゃったのかな……)
そんな弱い言葉が、
心の中で初めて浮かんだ。
⸻
それから数日。
湊くんとは必要最低限の会話どころか、目を合わせる事すらできないでいた。
全部が“距離”みたいで、胸が苦しい。
蓮お兄ちゃんの教育実習が始まってから、
私は蓮お兄ちゃんと廊下ですれ違うことが多くなった。
蓮「ゆな、今日も頑張ってるね。」
私「……うん。」
蓮「疲れてない?」
私「大丈夫。」
本当は大丈夫じゃないけれど。
蓮「……無理しないように。」
その声が、逆に胸に刺さる。
(無理……してるよ。)
(だって湊くん、ずっと遠いままだよ……)
そんな湊くんとの距離の中、今日は教育実習、最終日。
3限目が終わったあと、
蓮お兄ちゃんが教室に来た。
いつもの柔らかい笑顔で。
蓮「ゆな。少しだけいい?」
私「……うん。」
廊下に出る。
蓮「今日で実習終わりなんだ。
最後だから挨拶しておきたくて。」
私「……来てくれてありがとう。」
蓮「ゆなの頑張ってる姿、いっぱい見られてよかったよ。」
その言葉が胸に落ちた瞬間——
それまで堪えていたものが、全部揺れた。
蓮「……ゆな?」
顔が勝手に歪む。
涙がにじむ。
蓮「どうしたの……?」
優しい声を聞いた途端、
堤防みたいに張っていた気持ちがほどけた。
私「……湊くんが……」
蓮お兄ちゃんが驚いたように目を見開く。
私「……ずっと遠いの……
話そうとしても、避けられてるみたいで……
一緒に帰れないって言われて……」
涙がぽろっと落ちる。
私「……嫌われちゃったのかなって……
私、なにか……悪いことしたのかなって……」
蓮お兄ちゃんは、ただ、そっと肩に手を置いてくれた。
蓮「ゆな。悪いのはゆなじゃないよ。」
その優しさに依存したくなるほど、
胸が弱くなっていく。
私「……どうしたらいいのか、わからないよ……」
ずっと会いたかった人に避けられて、
理由も教えてもらえなくて、
ただ涙があふれる。
蓮「大丈夫。ゆなは悪くない。」
その言葉が、
逆に湊くんの不在を浮き彫りにして苦しかった。
蓮お兄ちゃんの実習が終わる廊下で、
私は静かに泣いてしまった。
理由も知らないまま、
届かない距離だけが増えていく。




