手の温度が教えてくる
家に帰ってシャワーを浴びても、
まだ落ち着けなかった。
鏡に映った自分の顔を見て思う。
(……たぶん今、人生でいちばん顔ゆるんでる。)
どうしようもない。
止める方法がない。
部屋の灯りを落としてベッドに倒れ込む。
スマホを手に持ったまま、天井を見つめる。
さっきまで隣を歩いてた。
触れてた。
手の温度がまだ掌に残ってる。
(やべぇな……)
枕に片腕を乗せて、目を閉じる。
夕方の光、映画館の暗闇、横顔、笑う声。
全部が波みたいに押し寄せてきて胸の奥を熱くする。
スマホが震えた。
画面には短い文字。
|帰れたよ|
|こちらこそ……ありがと|
その「……」が可愛い。
何回も読み返す。
意味なんかないのに、いちいち嬉しい。
指が勝手に返信を打っていた。
|また行こ。
次は……映画じゃなくてもいい|
送ってから、少しだけ心臓が重くなる。
(返ってこなかったらどうすんの俺。調子乗ってんじゃねえぞ。)
ほんの数十秒なのに、永遠みたいに長い。
|うん。行こ。|
|……またとなり歩ける?|
その一文で息が止まった。
ゆなから来た言葉。
自分に向けてくれた言葉。
返信は迷わなかった。
|あたりまえ。
もう逃がすつもりないから。|
送ったあと、手のひらでスマホを覆う。
落ち着きたくて深呼吸するのに、逆に胸が鳴る。
しばらく既読がつかない。
でも焦れない。
むしろ——想像してしまう。
枕に顔埋めて悶えてんだろうな、とか。
呼び方練習してんだろ、とか。
そんなこと考えたら余計笑みが浮かぶ。
通知は来ない。
でも、画面を閉じる気にもならない。
手のひらを見つめる。
繋いだとき、少し驚いてた指。
でも途中から、ちゃんと絡んできた。
(……たぶん今日で、戻れない。)
今さら友達とか、曖昧とか、そんな立ち位置には。
もう無理だ。
目を閉じる。
浮かんでくるのは、さっきの声。
「……湊くん。」
その呼び方が、想像の何倍も甘くて柔らかくて、
胸の奥に直接落ちてくる。
息が漏れた。
(あれ言われた瞬間、俺終わったよな。)
湊はスマホを胸の上に置く。
暗闇の中、小さく呟く。
「……好き。」
声に出した瞬間、現実が確かになる。
そして、眠れない夜が静かに始まった。




