眠れない夜
部屋の灯りはもう消しているのに、
スマホの画面だけが柔らかく光っている。
布団に入ってから、たぶん…もう30分以上経ってる。
なのに、心臓の音だけがずっとうるさい。
湊くんと繋いだ手を逆の手で包み込む。
思い返すだけで、顔が熱くなる。
外では落ち着いてた“ふり”をしていたけど、
内側では叫びたいくらい幸せなドキドキでいっぱいだった。
歩いた距離なんてたいしたことないのに——
あの時間だけ、世界から騒音が全部消えてた。
信号、車、人の声。
全部遠くて。
聞こえてたのは、
湊くんの息。
繋いだ手の体温。
自分の心臓の音。
それだけ。
枕に顔を埋めて転がる。
(……もう無理、思い出すだけで死ぬ)
スマホが震える。
|今日はありがとう|
|ちゃんと帰れた?|
落ち着いて返したいのに、
文字を打つ手がうまく動かない。
|帰れたよ|
|こちらこそ……ありがと|
送信。
でもすぐ震える。
|また行こ。
次は……映画じゃなくてもいい|
その“次”が、
ちゃんと未来として存在してることが嬉しい。
鼓動がまた速くなるのがわかる。
|うん。行こ。|
|……またとなり歩ける?|
送ってから気づく。
(……これ、私から言うのめちゃくちゃ勇気出したやつじゃん……)
返信はすぐ来た。
|あたりまえ。
もう逃がすつもりないから。|
その一文で、心臓の奥がぎゅっとなる。
スマホを胸の上に置いたまま、天井を見る。
(……湊)
声に出してみる。
最初はぎこちなくて、
慣れてない音の形。
もう一回。
「……湊…くん。」
呼び捨てはやっぱりハードルが高くて、
”くん”をつけた。さっきより自然。
布団に潜り直す。
胸が苦しいのに、幸せすぎて眠れない。
つないだ手の温度がまだ残ってる気がする。
(湊くん…)
名前を呼んだだけで、世界がまた2ミリ近くなる。
ゆっくりまばたきが重くなっていく。
眠りにつく最後の意識の中、
「……好き………」
誰にも聞かれないまま部屋の空気に溶けた。




