触れた手の重み
家に着いて靴を脱いだ瞬間、
今日一日の出来事が一気に胸に押し寄せた。
玄関灯の下、手のひらを見つめる。
ほんの数分前まで、
そこには佐伯の手があった。
指先、柔らかくて、
手のひらは小さくて、
なのに、離した瞬間の空白がやけに大きい。
(……やばいな)
息をひとつ吐く。
笑えるくらい、心臓がまだ落ち着かない。
ポケットでスマホが震く。
通知。
|うん。こちらこそ。|
|……楽しかった。|
スクリーンの文字が光ってるだけで、
呼吸が少しだけ深くなる。
(俺も、だよ。)
当たり前のように返信したけど——
本当はもっと言いたかった。
“もっと隣にいたかった”とか
“帰り道、手を離したくなかった”とか
“触れた距離のまま、一日終わりたかった”とか
そういうこと全部。
でも言ったら、きっと重い。
焦らせたくない。
佐伯の歩幅を追い越したくない。
だからあの二文字で限界だった。
|……俺も。|
送信してスマホを伏せる。
けど、伏せた画面越しでも
自分がにやけてるのがわかる。
(……終わってからの方が緊張するって何だよ)
ベッドに倒れて天井を見ながら思う。
学校じゃ距離を測って、
話す言葉選んで、
周りの空気気にして。
でも帰り道のあの沈黙は、
気まずさじゃなくて——
安心だった。
歩幅が揃って、
黙ってても許されて、
名前呼ばなくても隣にいて。
“恋人”って言葉にしただけで、
世界の見え方がほんの少し変わった。
(……名前)
思い出す。
信号待ちのとき、
触れそうになった前髪。
手を伸ばしかけた自分。
あれも、
呼びたいと思ったからかもしれない。
“佐伯”じゃなくて。
ちゃんと、名前で。
でも言葉が止まった。
今言ったら、俺の気持ちばっかり前に出る。
(……でも)
次会えたら、
たぶんもう我慢できないかもしれない。
触れた手の温度が、
ずっと離れないみたいに残ってるから。
そっと、手を握ってみる。
あの帰り道の感触が、
ゆっくり思い出として馴染んでいく。
息を小さく吐いて、目を閉じる。
(明日も、隣にいれたらいい)
ただそれだけで、今日は十分だった。




