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名前のない放課後  作者: えあな


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28/49

同じ空の下

登校。

昇降口を抜けた瞬間、空気が昨日と違う。

光の加減も、足音の響き方も。

何も変わっていないのに、全部が少しやわらかい。



まだ半分ほどの席しか埋まっていない教室。

蛍光灯の光が、白く乾いている。


いつも通りの位置に鞄を置いた。

(いつも通り、のはずなのに)

机に座ってノートを広げても、ページが進まない。

黒板の上を見ては、何度も視線が戻る。


佐伯の席がまだ空いていることが、やけに気になる。

——昨日、“好き”って言葉が、耳の奥でまだ鳴っている。


教室のドアが開く音。

視線が自然とそっちへ向く。

入ってきたのは佐伯だった。


髪が少し揺れて、肩越しに光をまとっている。

目が合った。

ほんの一瞬だけ。

それだけで、息をするのを忘れる。


俺「おはよう」


言葉が先に出た。


佐伯は少し驚いた顔をして、

「……おはよう」って小さく笑った。

(声が、昨日より優しい)

それだけで心臓の鼓動がゆるむ。

同時に、机に置いた手のひらが熱を持つ。


誰も気に留めない”おはよう”を交わしただけなのに、世界中に見られたような気がした。

(俺、顔ゆるんでないかな)

咳払いをして、一旦表情を引き締め、何気なくノートをめくる。

(落ち着け)

柏木と久我がまだ来ていない。

それが妙にありがたかった。

(あいつら絶対ダル絡みするからな…柏木にまで絡まれるのは阻止したい)


ページの端に鉛筆を走らせながら、

視界の端に彼女の横顔が映る。


“恋人になった”——その言葉が現実になるには、まだ時間がいる。

無理に確かめようとしたら、壊してしまいそうで。

それでも、彼女が隣にいてくれる。

その事実だけで、今日の朝は完璧だった。


午前の授業。

先生の声は流し聞き。


昼休み。

柏木がやたらテンション高くて、

柏木「なー篠原、昨日お前展示残ってたろ?佐伯さんも一緒だったんじゃね?」

こんなだけど柏木はいつも妙に鋭いとことをついてくる。

久我「いや、どうせまた文化祭モードだろ」

他人に興味ない久我らしい。

俺「そんな感じ」

言いながら、できるだけ何でもない顔をした。

(ほんとは、昨日の夜のほうがよっぽど文化祭よりも事件だったけど)

昨日の出来事を思い出し、表情が緩む。

それに気付いてすぐに無理やり意識を今に連れ戻す。


佐伯は向こうの机で弁当の包みを開けていて、

親友の子と静かに話している。

笑ってる。

その笑い方が、昨日までより少し柔らかく見えた。


午後。

掲示の修正を任されて、黒板の前に立つ。

佐伯も同じ作業で近くにいるけど、

お互い言葉は交わさない。

けれど、呼吸のタイミングだけは自然に合っている。


“ぴた”。

貼り終えた紙が吸いつく音。

一瞬だけ、彼女と視線が合う。

それだけで、胸の奥が熱くなる。


放課後。

教室に残った数人のざわめき。

窓の外の空が夕方に変わっていく。

机の上の資料をまとめながら、

柏木が後ろで軽口を叩く。


柏木「水平警察、今日も安定運転だな」

俺「おう、取り締まりゼロ件」

そう返すと、久我が「明日、展示もう完璧だな」と笑う。

柏木が「佐伯ちゃんも助かってるだろ、あれ」と言って、

その名前を出した瞬間、心臓がわずかに動いた。


(やっぱ、バレてんのかな……いや、まだ平気)


俺「ま、チームワークっすよ」

軽く返して笑っておく。

柏木が「はいはい、篠原リーダー」って軽口を被せる。


この関係は、まだ俺たちだけのものにしておきたい。


窓の外、群青が滲む。

一日の終わりの空。

その色が、昨日と同じで、やっぱり少し違って見えた。


(まだ始まったばかりだ。焦らず、+2mmずつ)

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