出会いの日
篠原くんは、クラスの中心にいるのに、いつも少し遠くにいるような人だった。
誰かに囲まれていても、そこだけ空気が違う。
笑っていなくても、言葉が少なくても、
彼がいると教室のざわめきがほんの少しだけ静まる。
運動神経が良くて、成績も上位。
顔立ちも整っていて、女子の間では“校内トップ3”の常連。
けど、噂のわりに彼のことを本当に知っている人はいない。
男子A「篠原、今日も塩対応〜」
男子B「また柏木と久我以外に興味なさそうだよな」
そんな声がよく聞こえてきた。
でも、彼は気にも留めない。
めいいっぱいに口を開けて豪快に笑う柏木や、面倒くさそうに気怠くツッコむ久我とだけ、
ごく自然に言葉を交わす。
その距離感が“信頼”ってこういうものかもしれないと思わせるほどだった。
(無関心、ってこういう人のことを言うんだろうな)
そう思っていた。
あの日、私が彼と二人きりになるまでは。
放課後の教室は、もうすぐ夕暮れに染まりそうだった。
机の上に散らばったプリントをまとめながら、私は小さくつぶやく。
私「……あれ、ノートがない」
数Aのノートが見当たらない。
カバンの中にも、机の下にもない。
そのとき、背後から静かな声が落ちてきた。
篠原「何探してるの?」
振り返ると、篠原湊が立っていた。
整った顔立ちに、相変わらずの無表情。
でも、声のトーンは思ったより柔らかかった。
私「えっと……数Aのノート。どこやったかなって」
少し緊張しながら答えると、篠原くんは短く「あぁ」と息を吐いた。
篠原「ごめん。昨日借りたままだった」
そう言って、自分のカバンを開け、そこから私のノートを取り出した。
ノートの角が少しも曲がっていなくて、彼がどんなふうに持っていたかが伝わる気がした。
私「あ、ありがとう」
自分のほうが貸したのに、なぜか反射的にそう言ってしまった。
篠原くんはほんの少し眉を動かし、息を抜くように小さく笑う。
篠原「別に……。つーか、お礼を言うのはこっちでしょ?」
目が合った一瞬、空気が止まった。
その言葉の意味を考える前に、心臓の音だけがやけに響いた。
篠原くんはすぐに視線を外し、窓の外を見た。
夕陽がその横顔にかかって、表情がわずかに読めなくなる。
篠原「気づかなくてごめん。……助かった」
その小さな声に、胸の奥が静かに熱を帯びた。




