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名前のない放課後  作者: えあな


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16/49

朝の教室

駅を出たところでスマホが震えた。


(写真)黒板横の見出し/床テープ

確認用


(朝から……仕事、速)

指が勝手に動く。

OKです。ありがとうございます

(用件だけ。短く。ルールを守った)


昇降口。空気が少し冷たい。

教室の扉を開けると、もう篠原くんがいた。

養生テープの端を小さく折って、持ち手をいくつも作っている。


篠原「おはよう」

私「……おはよう」


鞄を置いて見出しの袋を出す。

(タイトル、+2mm……言おう)

と思った瞬間、先に言われた。


篠原「タイトル、+2mm」

私「言おうと思ってた」

篠原「だろうな」


二人で黒板横のタイトルを持ち上げる。

私「このくらい?」

篠原「ぴったり」


指が離れて、紙が止まる。

「ぴた」。音が小さく決まる。


机に戻ろうとして、彼の指先に薄い紙の線を見つけた。

(カッターで少し、やったやつだ)

ポーチから小さな絆創膏を出して差し出す。

私「……念のため」

篠原「大丈夫」

私「念のため」

一拍置いて、彼が素直に受け取る。


後ろで柏木くんの無駄な口笛、久我くんのニヤニヤ。聞こえないふり。

(気持ちが顔に出ちゃうからやめて〜)


スマホのケースがどうなっているのか、今日はまだ見えない。

ちょっとだけ、残念。ちょっとだけ、安心。


ホームルームまでの数分、見出しの袋を整える。

隣に立った彼が小さく言う。

篠原「端、押さえて」

私「うん」

テープの持ち手を受け取って、角を押さえる。

息が同じリズムになっていく。


チャイム。

席に戻る途中、スマホが一度だけ震えた。


了解。助かる


(さっきの「OKです」への返事だ。……用件だけ。えらい)


(でもほんとは、“おはよう”も“ありがとう”も、全部送りたい)


机に座って、深呼吸。

(ルール三つ。用件だけ/短く/期待しない)

(——今日一日、守れるかな)


黒板のタイトルは、+2mm。

パネルの端は一直線。

朝のざわめきの中、少しだけでも気持ちも揃えばいいなって、そっと願ってしまった。

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