朝の教室
駅を出たところでスマホが震えた。
(写真)黒板横の見出し/床テープ
確認用
(朝から……仕事、速)
指が勝手に動く。
OKです。ありがとうございます
(用件だけ。短く。ルールを守った)
昇降口。空気が少し冷たい。
教室の扉を開けると、もう篠原くんがいた。
養生テープの端を小さく折って、持ち手をいくつも作っている。
篠原「おはよう」
私「……おはよう」
鞄を置いて見出しの袋を出す。
(タイトル、+2mm……言おう)
と思った瞬間、先に言われた。
篠原「タイトル、+2mm」
私「言おうと思ってた」
篠原「だろうな」
二人で黒板横のタイトルを持ち上げる。
私「このくらい?」
篠原「ぴったり」
指が離れて、紙が止まる。
「ぴた」。音が小さく決まる。
机に戻ろうとして、彼の指先に薄い紙の線を見つけた。
(カッターで少し、やったやつだ)
ポーチから小さな絆創膏を出して差し出す。
私「……念のため」
篠原「大丈夫」
私「念のため」
一拍置いて、彼が素直に受け取る。
後ろで柏木くんの無駄な口笛、久我くんのニヤニヤ。聞こえないふり。
(気持ちが顔に出ちゃうからやめて〜)
スマホのケースがどうなっているのか、今日はまだ見えない。
ちょっとだけ、残念。ちょっとだけ、安心。
ホームルームまでの数分、見出しの袋を整える。
隣に立った彼が小さく言う。
篠原「端、押さえて」
私「うん」
テープの持ち手を受け取って、角を押さえる。
息が同じリズムになっていく。
チャイム。
席に戻る途中、スマホが一度だけ震えた。
了解。助かる
(さっきの「OKです」への返事だ。……用件だけ。えらい)
(でもほんとは、“おはよう”も“ありがとう”も、全部送りたい)
机に座って、深呼吸。
(ルール三つ。用件だけ/短く/期待しない)
(——今日一日、守れるかな)
黒板のタイトルは、+2mm。
パネルの端は一直線。
朝のざわめきの中、少しだけでも気持ちも揃えばいいなって、そっと願ってしまった。




