手と余白
PC室の前を通ると明かりがついていた。
エラーを示すブザーみたいな音と、紙が詰まる音。
何気なく目を向けると、「え、うそ」。世界一可愛い声。
困り顔の、今人生で一番好きだと思える彼女の姿。
(迷う余地なし)
他の子なら勘違いされたら面倒だし、普通はスルー。
でも佐伯にはちゃんと意識してほしくて、秒で声をかけた。
俺「貸して」
青レバー、二つ。角を傷めない角度で抜く。
(トナー、薄いな)
トナーも交換。
印刷が無事に終わると、佐伯から予想どおり可愛い「ありがと」。
俺が「ん」と短く返したら――今度は予想外。
「今日は助けてもらってばっかりだね」
って、特大の笑顔の佐伯。
俺「……っ」
不意打ちの満開の笑顔に言葉が出ない。
(破壊力えぐすぎ……うまく返せない俺、ダサすぎんだろ)
印刷し終えた紙たちを切り出す。
印刷に時間がかかったからか、失敗を恐れてか、彼女の手が少し震えた。
俺「定規、紙の内側に置くといいよ」
失敗を避けるための最短アドバイス。
(失敗しても、また一緒にやり直すし、全然大丈夫なんすけどね)
見出しは左寄せ。確認して、俺も手伝う。
二人、無言で切り出し台に向かう。
出来上がった物を廊下へ。
一枚目は彼女が貼る。背伸びして一生懸命、きれいに貼ろうとしてるの、かわいい。
(二枚目が二ミリ下がる)
テープの耳を取って、音を殺して持ち上げる。
貼り直し——よし。一直線になった。
佐伯「ごめん、ありがとう」
俺「ん。この位置だと貼りづらいでしょ」
(高めの位置の貼り込みは、俺がやったほうがいいな)
三枚目が終わる。
PC室の明かりが消える音。時間切れ。
俺「今日はここまで」
佐伯「——うん」
帰り支度。ポケットのスマホを指で確かめる。
階段の前で、一拍だけ間をとる。
俺「……遅くなった。駅まで、送らせて」
佐伯「え?」
俺「暗いし、ついで。…女の子一人じゃ危ないでしょ」
佐伯「……うん、ありがとう」
**ありがとうはこっちのほう。**まだ一緒にいられる。
昇降口のドアが開く。夕方の匂い。
並ぶ前、半歩だけ歩幅を合わせる。
まだ繋げない手は、ポケットに突っ込んだ。




