ホメオスタシスシンドローム──杉田──
───『真意が知りたい』
なんて、カクテルに込めてみた。
勢雄さんを、半ば脅すように連れていって貰ったバー。
前日にね、勉強したのよ、カクテル言葉。
真意……
折角、ちゃんとファンしようとしてたのに。
接点を持ってきたのは、勢雄さんなんだからね。
色恋の頭数に入ってないだけなんだろうけど。
でも、だからこそ───『真意が知りたい』
…………
触り慣れない感触に、違和感を覚える。
冷たい、硬いシーツ。
家…ではないな、ならどこなんだ?
恐る恐る、薄目を開ける。
睫毛の隙間から、視界情報を集めてみる。
大きな窓から、明るい光が差し込んでる。
夜…だったはず。
どう見ても、夜が明けている。
ん。知らない天井。病院…じゃないか、ホテル?ホテル?!
シーツの感覚がダイレクトに肌に当たってるんだけど…壁に、着ていたはずのスーツを見つける。
ご丁寧に、ハンガーに掛けてある。
えっとぉ…
一人掛けのソファーに座り、眠っている勢雄さんが目に入る。
やっちまったんでしょうか?
自分を確認すると、大きなTシャツを着ている。中は自分のタンクトップで、…………パンツは履いてる。
……
記憶を辿るが、二杯目に口をつけた所でぷっつりと途切れている。
「気分はどうだ?吐き気はないか?」
「どわっ!だから、耳元はやめてくださいって!」
「ん、元気そうだな。良かった」
いつの間にか目を覚ましていた勢雄さんが、ベッドに腰かけた体勢で座っていて。
あたしの耳元で惜しげもなく商売道具で囁く。
ありがたや…じゃない。
「すいません!ご迷惑をおかけしました!」
ベッドの上で、土下座する。
「いや、俺の監督不行き届きだろ。具合悪くなければいいさ。あ、親御さんには連絡しといたぞ」
「親…どうやって?」
「ん?入院中に交換したぞ?知らなかったのか?」
「知りません!…っの、母め…いつの間に」
「それより、姿勢は崩し給え。あちこちから、色々覗けるぞ?」
勢雄さんの言葉に、自分の姿を見ると、大きなTシャツの首から胸が丸見えで、太股も晒している。
「……がっ!お、お粗末様ですっ!」
と、慌てて肌掛けにくるまる。
「なんだそれ」
笑いたければ笑えば良いさ。
「喜んで頂き、ありがたき幸せでございますぅ」
頭からすっぽり被ってしまった肌掛けの隙間から勢雄さんを見れば、笑いながらあたしを見てる。
ねぇ?そんな顔されたら期待しちゃうよ?
「俺はシャワー浴びてくるから、着替えちまいな。劇場版入りの三時までなら遊んでやる」
「夜の時って、三時入りなんですか?!ご迷惑じゃないですか?!」
「迷惑なら提案しないさ。楽な格好がいいなら買いに行ってもいい」
「え、いや。着てきた服で結構です」
ふっ、と笑い声をあげて勢雄さんはベッドから立ち上がり、スーツを渡してくれた。
浴室からの水音を聞きながら、スーツを眺める。
……着替えさせて、くれたんだよね……
今更ながら、顔が赤くなる。
けど、改めて色恋の頭数に入ってないことを、実感した。
あーあ。
ダメじゃん……
てかさ。思うのよ。
恋人でもない男の人に、こんな風に扱われちゃって、この先あたしは別の人と恋愛できるのかしら?
基準が勢雄さんになっちゃうのって、どうなんだろ。
いっそ。
いっそ、貰ってくれたらいいのに────なんてね。
スーツに着替えて、大きくため息を吐いた時、勢雄さんが浴室から現れた。
幾分湿った髪だけど、きちんと浴室で身支度して出てきた。
「なんだ?大きなため息だな。幸せが逃げていくぞ?」
「…ふっ、勢雄さんだけあたしのパンツ姿を見て、ズルいなって思ったんですよ」
「俺のパンツが見たいのか?」
「そう言う訳でもないですけどね」
我ながら、訳の分からないことを言ってるのは自覚してます。
「で?どうすんだ?なにする?なにしたい?」
矢継ぎ早に聞かれて、特にしたい事もないのに気づく。
あたしもシャワー浴びたいけど、それは家に帰ってからしろ、って止められた。
気持ち悪いかもだけど、我慢しとけって。
やっぱり、勢雄さんはズルいな。
「勢雄さんって、何でバツイチなの?」
「儲け話を避けたからじゃないか?ただでさえ不安定な職で、安定から逃げたからな」
「ふぅん…大人は大変だね」
「君もその大人の仲間入りしたんだろ?」
「そうだった…!」
馬鹿話が楽しい。
打てば返るって、こんなことなのかな。
心地好い遣り取り。
「メシでも、茶でも、取りあえず出るか」
「このままここで、おしゃべりでもいいですよ?」
少し間を空けて、言葉を掴んだ勢雄さんが言う。
「いや、出掛けよう。腹へった」
その姿に、なんかもやっとした。
いらっとかな?
「人目を避けたいんですか?二人きりは避けたいんですか?どっちなんです?」
いつもの余裕綽々の表情は、勢雄さんが手で隠している。
指の隙間から、あたしを見てるから、睨み付けてやる。
エアコンの自動風量の強さが変わる音がして、冷たい空気が止まる。
あたしは、勢雄さんをソファーに押し倒して、キスしてやった。
軽く、触れるだけのキス。
こんなんで、何か変わるなんて思ってない。
そんな簡単に堕ちる人ならばこんなにも抉らせてはいない。
ただ、貴方を想っているのだと、刻みつけたかった。
深く、深く刻み付けることが出来ればいいと浅はかなのは百も承知。
「やめとけ」
冷静な勢雄さんの声。
大好きな、勢雄さんの声。
こんな、困った顔をさせたかった訳じゃない。
自分の意思とは関わり無くかってに流れ出る涙。
「なんで、どうして…あたしは、ファンでいたかったのに…どうして…試すみたいな…握手会なんかしたんですか!」
「あー…それは、謝る。すまん。久しぶりにおまえさんと話したかったんだ。申し訳ない」
「へっ…?」
「…ぐぉ!」
素直に謝られて腰が抜けて、あたしは勢雄さんのお腹の上に体重を落としてしまった。
「ごめんなさいっ!」
「…勘弁してくれよ。夜公演あんだぞ?」
そう言って、勢雄さんの手はあたしの頬に延びた。
尻餅で止まった涙の跡を拭ってくれてる。
「おまえさんが、二十年早く生まれてきてくれてたらな」
「それなら、勢雄さんが二十年遅く生まれてきてくれてもよかったんじゃないですか?」
て、言ったあと、
「「でもそれじゃ絶対会ってない」」
あたしたちは大笑いした。
「そろそろ下りて貰えませんかね」
て言う勢雄さんに、なんだか悔しいから想いっきり抱きついてあげた。




