テルルにて、
セロラが、初めて子供を生んだ日、「出る幕がなかったねえ……アタシが取り上げた中でも三本の指に入る、安産だったよ。」と、産湯を使いながら産婆が言った。
セロラ自身も、汗を滲ませながらも、ちょっと運動した、くらいの面持ちだ。
そんな、セロラに労いの言葉をかける。
「あの…えっと…ご苦労様でした?」
「ぷっ…!ラシン、なに?それ」
一仕事終えたかのような言葉しか思い付かなかったおいらに、セロラは笑いながらそう言った。
「ごめん、なんか違うのはわかるんだけど、何て言っていいか分からなくて…ああ、産んでくれてありがとう」
「どういたしまして」
極上の笑顔を返してくれたから、間違ってはないと云うことで良いのかな?
「……ラシン!大変だよ!」
子供を洗っていた、産婆が声を上げる。
「何を騒ぎ立ててるんだ?銀のスプーンでも握ってたのかい?」
安産だったとはいえ、今は休ませたいんだけど。
セロラには余計な不安を与えないよう、笑みを作って産婆の方へ歩いた。
……これは……
「ねぇ?セロラ?君はメルクリオス家と親戚ではなかったよね?」
「……?あんな貴人と親戚な訳無いじゃない。何があったの?」
おいらは、きれいになった赤ん坊を抱いて、セロラの元に戻った。
「……え?」
自分の腕に渡された、赤ん坊にセロラはただ目を丸くする。
ゆっくりとおいらに、目を合わせてくるセロラ。
「何で……」
二の句が継げないでいるセロラ。
産婆は、じゃ、後は夫婦で話し合いな、後片付けもそこそこに足早に家を出ていった。
バタン…と、音はしたけど背中で聞いた。
不貞?なんてあり得ないのは分かってる。
貴人は確かに気さくではあるけれど、気安くはない。
だいたい、メルクリオス家の主人は、何年か前に亡くなっているし、新しい主人もまだ幼子だ。
だからこそ、何故、メルクリオス家の証しでもある、『銀髪』の子供がここにいるのだろう。
けど、おいら以上にセロラが戸惑っている。
折角、安産で産まれたのに、これではちっとも休まらない。
ぐるぐると言葉を探して、ようやっと見つけた言葉は、
「キレイな子供だね…」
という、なんとも頓珍漢な言葉だった。
セロラとおいらの子供に間違いないんだ。
それだけは、間違いないんだ。
おいらは自分に言い聞かせた。
ぷつっ、と音が聞こえた気がした。
セロラがぽろぽろと泣きながら笑ってる。
「そうね、あたしたちには勿体ないくらいキレイだわ」
セロラも、自分に言い聞かせてる気がする。
「ねえ?セロラ。提案なんだけど、テルルの町に引っ越そうか。さっきの産婆の様子を見るに、きっと噂話のネタにされてる。誰も知らない所で、三人で暮らそう?」
「ラシン……」
子供を産んだばかりの女性に聞くことじゃないのは分かってる。
でも、ここにいちゃいけない気がしたんだ。
───
テルル───真ん中の街。
………違和感が付きまとう。
何だろう?
認知の齟齬。
予測の認識エラー。
なんだ、それ?
───
移住の相談を役場に持ち掛けてみる。
逃げ出す訳じゃない。
ちゃんと手続きは踏もう。
ついでに、住民登録はしておこう。
ちゃんと、生まれたことを認めておこう。
「今日は何のご用ですか?」
小さな少年に声をかけられる。
五-六…七歳くらいか?
濃い銀色の髪。
「え?メルクリオスさん?!」
「そうですよ?クリストファー・メルクリオスです。僕はまだ、お仕事は出来ないので、ご案内します」
「では…住民登録…子供が生まれたので登録したいのだけど」
「それは、おめでとうございます!こちらです!」
メルクリオス家は、街の全てを整えているのだから、役場にいても間違いないだろう。
学校は…休みの時期か。
それで彼なりに家業を手伝っているのだろう。
窓口で子供の名前を登録して、移住について尋ねる。
「テルルでは現在、移住者を募っているので大歓迎ですよ。いつ頃可能ですか?」
思ったより、簡単に行きそうだ。
セロラに相談をしなければいけないので、一旦持ち帰ることにする。
───
「メルクリオスさんに会ったよ」
おいらはセロラに伝えた。
「へぇ…どうだった?」
「おいらたちの子供の方がキレイだと思った」
すると、セロラは目を丸くして、笑いだした。
「なにそれ」
「親の…欲目?」
「ぷっ…!くふふ」
「それと、引っ越しはわりと簡単そうだっけど、どうする?」
ふっと、セロラの目が光を失う。
ほんの、一瞬。
そして、おいらを見ると、
「そうなのね、良かった」
って、ほほえんだ。
「家も家具も用意されるから、身一つでも大丈夫らしいよ」
すると、セロラの目がまた泳ぐ。
ほんの、一瞬。
「そうなんだ」
「……行きたくない?なら、ここで暮らす?」
「分かんないけど…多分それは、ダメ。行かなきゃ行けないと思う」
「うん。そうだよね。多分、行かなきゃダメだ」
きっと、おいらの目も泳いでいたと思う。
そう、行かなきゃ行けないんだ。
───
おいらたちは子供に“セイレン”と名付けた。
二人して、他には考えられないと言わんばかりに。
ひとつのテンポをそのまま過ごして、おいらたちはテルルへと移住した。
用意された家は、回りに住む人がいない一軒家だった。
人が住んでいたみたいに整っているけど、人の気配はない。
セロラが無言で部屋を見回して、おいらと視線を合わせる。
認知と認識。
「やっぱり《《我が家》》は落ち着くわね」
認識と修正。
「そうだな。《《我が家》》だな」
おいらたちは、親の代から住み慣れた我が家で、セイレンを隠すことに決めた。




