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当世流行りの異世界顛末生  作者: 有城 沙生
補綴 余人安生諸順(ほてつ よにんのあんじょうしょじゅん)
38/41

テルルにて、

セロラが、初めて子供を生んだ日、「出る幕がなかったねえ……アタシが取り上げた中でも三本の指に入る、安産だったよ。」と、産湯を使いながら産婆が言った。


セロラ自身も、汗を滲ませながらも、ちょっと運動した、くらいの面持ちだ。

そんな、セロラに労いの言葉をかける。


「あの…えっと…ご苦労様でした?」

「ぷっ…!ラシン、なに?それ」


一仕事終えたかのような言葉しか思い付かなかったおいらに、セロラは笑いながらそう言った。


「ごめん、なんか違うのはわかるんだけど、何て言っていいか分からなくて…ああ、産んでくれてありがとう」

「どういたしまして」


極上の笑顔を返してくれたから、間違ってはないと云うことで良いのかな?


「……ラシン!大変だよ!」

子供を洗っていた、産婆が声を上げる。


「何を騒ぎ立ててるんだ?銀のスプーンでも握ってたのかい?」

安産だったとはいえ、今は休ませたいんだけど。

セロラには余計な不安を与えないよう、笑みを作って産婆の方へ歩いた。


……これは……


「ねぇ?セロラ?君はメルクリオス家と親戚ではなかったよね?」

「……?あんな貴人(あてびと)と親戚な訳無いじゃない。何があったの?」


おいらは、きれいになった赤ん坊を抱いて、セロラの元に戻った。


「……え?」


自分の腕に渡された、赤ん坊にセロラはただ目を丸くする。


ゆっくりとおいらに、目を合わせてくるセロラ。


「何で……」

二の句が継げないでいるセロラ。

産婆は、じゃ、後は夫婦で話し合いな、後片付けもそこそこに足早に家を出ていった。


バタン…と、音はしたけど背中で聞いた。

不貞?なんてあり得ないのは分かってる。

貴人(メルクリオスさん)は確かに気さくではあるけれど、気安くはない。

だいたい、メルクリオス家の主人は、何年か前に亡くなっているし、新しい主人もまだ幼子だ。


だからこそ、何故、メルクリオス家の証しでもある、『銀髪』の子供がここにいるのだろう。


けど、おいら以上にセロラが戸惑っている。

折角、安産で産まれたのに、これではちっとも休まらない。


ぐるぐると言葉を探して、ようやっと見つけた言葉は、

「キレイな子供だね…」

という、なんとも頓珍漢な言葉だった。


セロラとおいらの子供に間違いないんだ。

それだけは、間違いないんだ。

おいらは自分に言い聞かせた。


ぷつっ、と音が聞こえた気がした。

セロラがぽろぽろと泣きながら笑ってる。

「そうね、あたしたちには勿体ないくらいキレイだわ」

セロラも、自分に言い聞かせてる気がする。


「ねえ?セロラ。提案なんだけど、テルルの町に引っ越そうか。さっきの産婆の様子を見るに、きっと噂話のネタにされてる。誰も知らない所で、三人で暮らそう?」

「ラシン……」


子供を産んだばかりの女性に聞くことじゃないのは分かってる。

でも、ここにいちゃいけない気がしたんだ。


───


テルル───真ん中の街。


………違和感が付きまとう。

何だろう?

認知の齟齬。

予測の認識エラー。


なんだ、それ?


───


移住の相談を役場に持ち掛けてみる。

逃げ出す訳じゃない。

ちゃんと手続きは踏もう。


ついでに、住民登録はしておこう。

ちゃんと、生まれたことを認めておこう。


「今日は何のご用ですか?」


小さな少年に声をかけられる。

五-六…七歳くらいか?

濃い銀色の髪。

「え?メルクリオスさん?!」

「そうですよ?クリストファー・メルクリオスです。僕はまだ、お仕事は出来ないので、ご案内します」


「では…住民登録…子供が生まれたので登録したいのだけど」

「それは、おめでとうございます!こちらです!」


メルクリオス家は、街の全てを整えているのだから、役場にいても間違いないだろう。

学校は…休みの時期か。

それで彼なりに家業を手伝っているのだろう。


窓口で子供の名前を登録して、移住について尋ねる。

「テルルでは現在、移住者を募っているので大歓迎ですよ。いつ頃可能ですか?」

思ったより、簡単に行きそうだ。


セロラに相談をしなければいけないので、一旦持ち帰ることにする。


───


「メルクリオスさんに会ったよ」

おいらはセロラに伝えた。


「へぇ…どうだった?」

「おいらたちの子供の方がキレイだと思った」


すると、セロラは目を丸くして、笑いだした。

「なにそれ」

「親の…欲目?」

「ぷっ…!くふふ」


「それと、引っ越しはわりと簡単そうだっけど、どうする?」


ふっと、セロラの目が光を失う。

ほんの、一瞬。

そして、おいらを見ると、

「そうなのね、良かった」

って、ほほえんだ。


「家も家具も用意されるから、身一つでも大丈夫らしいよ」


すると、セロラの目がまた泳ぐ。

ほんの、一瞬。

「そうなんだ」


「……行きたくない?なら、ここで暮らす?」

「分かんないけど…多分それは、ダメ。行かなきゃ行けないと思う」

「うん。そうだよね。多分、行かなきゃダメだ」


きっと、おいらの目も泳いでいたと思う。


そう、行かなきゃ行けないんだ。



───


おいらたちは子供に“セイレン”と名付けた。

二人して、他には考えられないと言わんばかりに。


ひとつのテンポをそのまま過ごして、おいらたちはテルルへと移住した。

用意された家は、回りに住む人がいない一軒家だった。


人が住んでいたみたいに整っているけど、人の気配はない。

セロラが無言で部屋を見回して、おいらと視線を合わせる。


認知と認識。


「やっぱり《《我が家》》は落ち着くわね」


認識と修正。


「そうだな。《《我が家》》だな」


おいらたちは、親の代から住み慣れた我が家で、セイレンを隠すことに決めた。




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