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当世流行りの異世界顛末生  作者: 有城 沙生
付属淑女育成計核(デイムメイカー)
30/41

6話 顛末融合回・後

 向かい合ったままの姿勢で、私は言葉を失っていた。


 ニリィガさんが、目から外した緑色の硝子を私に渡した。


 薄い凸型の小さな緑色の硝子。

「こんなの目にいれて、痛くないの?」

「慣れるまでは痛かったけど。今訊くの、それ?」

 申し訳なさそうにしてた顔に、苦笑が浮かぶ。


「色々、訊きたいけど、いいの?」

 さっきより腕に力が入ってる。


「いや」

 あれ?ニリィガさんって、こんな駄々っ子だったっけ?


「話をしても?」

 私を抱きしめているけれど、視線を合わせようとしない。


「……訊きたいんでしょ?」

 と、悪戯がばれた子供みたいな投げ遣りな口調。


「話したくないの?」

「うん、まだ、どう話していいか分からない」


「じゃあ、一つ……二つだけ訊かせて。一つめ、貴方はアイテール君?」

 言葉にはせずに、小さく頷く。


「貴方は、私の事が好きなの?」

「勿論」

 即答し、より一層、私を抱き締める。


「いつか」ちゃんと訊かせてくれるよね?そう言いたかったのに、噛みつく勢いで降ってきた接吻に負けて、言うことは出来なかった。


 いつも以上に攻撃的な口付け。

 頭をしっかりと押さえ込まれ、私の力では動かせない、けど、このままじゃ埒が明かない!

 思いきって形勢を立て直す。


「いい加減、起きませんか?」

 ニリィガさんが、ゆるゆると私の体から手を離す。


「シャワーでも浴びて、目覚めてくださいな」

 そう言うと、ニリィガさんはベッドに座ったまま、立っている私の腰に抱きついてくる。


「私が逃げ出すとでも?そんなに信用無い?」

「マーリアは逃げないけど。ボクが…臆病なだけ」

 まるで叱られた子供だ。

 ニリィガさんの旋毛を見ながらそう思う。


「ねえ?私は貴方の事を何と呼べばいいのかしら?」

「…ニリィガと。さんは要らない」

「分かった」

 そう言ったまま、私のお腹に顔を埋めている。

 何だろう、“アイテール君”に吐かれた嘘より、“ニリィガ”への愛しさが募って……頬が緩む。


「……私が洗ってあげましょうか?」

 そう言った私に、彼は一瞬驚いたように瞬きし、それから無言で手を取り立ち上がった。


 バスルームの中で、泡立てた指先を髪にくぐらせる。

 泡が混ざると、染料が溶け出し、淡く金色を帯びた髪が覗く。


「……こんな色だったね」

 懐かしい、金の房。


「…見ないで」

「見るわよ」


 小さく笑って、私は丁寧に泡を流す。

 偽りの色が流れ落ちるたび、頬の温度が上がっていく気がした。


 幼い頃の面影だけを残した青年が現れる。


 濡れている髪に、指をくぐらす。

「アイテール君……」

 彼は、私のその手を自分の頬に当てると、自分の手で覆い懐かしむように瞼を閉じた。

「ごめんね」


 その謝罪は、待たせたこと?

 騙したこと?


「もう、嘘はない?」

「嘘は…ない。話してないことなら有るけど」

「嘘がなければ良いよ。いつか、話してくれるよね?」


 頷くでもなく、言い訳するでもなく、ただ私を捕らえた蒼い瞳は、困惑を秘めているように揺らいでいる。


「だからもう、自分を傷付けないで」


 朝からの拗ねたような行為は、私を追い詰めることで、自分を傷付けようとしているのだと感じた。

 だからこそ私は、逆らわず身を任せていた。


 彼は見開いた眼を静かに伏せ、大きな溜め息をつくと、糸が切れたように私の肩に頭を乗せた。


「適わないな…」

「取り敢えず、髪を拭こう」


 テーブルの椅子を引いて、座ってもらう。


 彼の肩にかかったタオルを取り、髪を拭く。

 

 前よりちょっと固くなったかな?


 子供の時はこんな風に触ったことはないけど。


「なに?思い出し笑い?」


 彼は、私の腕を取って、自分の膝に座らせる。

 幼い子をだっこするように、私を自分の腕の中で閉じ込め、彼はぽつりぽつりと重い口を開き始めた。


 父親の商いはここメルクの街に来る前、──バンドの街で既に巧く行かなくなっていたらしい。

 メルクの街へは、事業拡大ではなく一念発起。


 どうせやるならメルクリオス家を潰すつもりで来たらしいが、太刀打ち出来ず、潰すつもりがすっかり吸収されてしまった。

 プライドが傷ついた父親は立ち直れず、自ら命を断ち逃げた。


 それからの彼は、母親の故郷のマルドへ移り、父親の意思を継ぐか、別の道を歩むかで迷いながら、贅沢に慣れた母親の生活のために働いていて、その時にフラウヴァ先生と行ったデツンブロの町で再会した。


「羨慕した。嫉妬よりも羨ましい気持ちが大きくて妬ましかった。ボクの場所に他人がいる」


 デツンブロの町で、絵を描いていた師匠と出逢って、母親が身罷り、絵で糊口を凌ごうとしたらしい。


「商売では自分に向いてないって、思ったんだ。偶然にも描く才を見出だして貰ったから」


 風の噂で私が美術館に勤めた事を知ったのも決心を後押ししたと。


「で?何故(なにゆえ)、変装?」


 それまで、淡々と話していた口はつぐみ、目が泳ぎ、なぜか指は私の髪を弄り出す。


「言いたくないの?」

「…いや、言う。今を逃すと、無理」

 けれど、彼の口は重い。


「あのね、」と、漸く語り始める。


 父親は、本当に《《王国》》を目指していたらしい。

 自分がこの世の中を動かす人物を夢見ていて。


 シャマシュ家は、アイテール君が産まれて暫くは、──少なくともバンドの街での商いは、巧くいっていた。


「テルルの嵐」で、メルクリオス家に、他の街の商家に、出遅れて、テルルの町の信用を得られなかった事が打撃となった。

 私達が五つの時か。


 それからのシャマシュ家は勢いを失い……とはいえ、標準的生活は保てるのだから、それ以上の贅沢をしなければいいだけなんだけど……贅沢に慣れたシャマシュ家は、メルクリオス家を羨むことでプライドを保っていたらしい。

 逆恨みだ。


 夢を棄てきれなかった父親から、呪いのように王子様と聞かされていたときに私に出逢ったと。


 ニリィガは私の胸に顔を埋め、上げようとしない。


過去(あの時)が恥ずかしかったんだ」

 のそのそと視線をあげるその顔は真っ赤だ。

 “ニリィガさん”と出逢った時を思い出した。


「それで、瞳の色まで変えて変装?」

「君に会わす顔が無くて、でも君の傍に居たくて…それで…苦肉の策で…」


「“ニリィガさん”が他人のようだったのは?」

「初めて入れた硝子が痛くて……見えてなかった」

 成程ね、合点がいったわ。


「私の事を想って、と言うことで良いのかしら?」

 今度は食い気味に頷く。


「後、言い残したことはあって?」

「愛してる」


「ずっと、ずっと愛してる」

 蒼い瞳が、私を瞬ぎもせず魅入る。


 彼の腕に深く入り込み、耳許に口を寄せた。


「ずっと、ずっと待ってた」

 消えるような声で伝えると、引き寄せて唇を落とそうとする彼を遮り、

「でも今日は、もう帰る」

 と言い放ち、名残惜しそうなその手を振り払った。


「今度こそ、ちゃんと結婚しよう」

 ニリィガの言葉に涙ぐみそうになる。


「約束だよ」

 それだけ言って家路についた。



 後日、滞りなく婚約を済ませ“あの”指輪を貰った。

 蒼い石のはめられた、指輪。


 彼が瞳に入れていた緑色の硝子は、何故か私の手に有り、蒼い石に重ねると藍緑色と変わるのを眺めていた。


 藍緑色―――青緑………

 影が落ちるように、不安に刈られる。


 七日後に結婚式を控えたその日、影は現実となり、私の前に現れた。

 私は二十才になっていた。




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