第7話:涙の正体と、孤児院にいた“ただ一人の友”
王城から西へ三十リーグ──
寂れた町の外れに、ひっそりと建つ石造りの建物がある。
王家の庇護下にある孤児院。
そしてそこに、アメリア・ヴェルンシュタインが“唯一通っていた場所”があった。
「彼女が……ここに?」
王子レオナルトは、ローブをまとい、ひとり馬を降りた。
孤児院の庭では、数人の子どもたちが小さな手で花を植えていた。
土にまみれながら、笑い合う姿。
その中に、ただひとり──年若い女性がいた。
茶色の髪を三つ編みにした、質素な服装の娘。
目元にやわらかい陰影を持つその少女は、王子の姿に気づくと、驚いたように立ち上がった。
「……王子様……?」
彼女の名は、ノア・クレメンティア。
元は貴族の妾腹として生まれ、家を追われたあとこの孤児院で育ったという。
そしてかつて、週に一度だけ、
“アメリア”が密かに通っていた相手──それがノアだった。
「アメリア様は、いつも仮面をかぶっていました。
“外の世界では絶対に見せられない顔”だと笑って……
でも、ここに来ると、子どもたちと泥だらけになって遊んだり、絵本を読んだり……」
ノアは、静かに過去を語った。
「一度だけ、“自分は悪役なの”って言ったんです。
“人から嫌われる役目が自分には似合ってる”って。……本当は、寂しいだけなのに」
レオナルトは、拳を握る。
(そんな一面が、あったのか……)
「そして、数ヶ月前──突然、彼女は来なくなった。
それからまもなく、“彼女が処刑される”と聞いて……
私……いてもたってもいられなくて、彼女に……あることをしました」
ノアはポケットから、ひとつの小瓶を取り出した。
透明なガラスに入った、薄い青色の液体。
「これは、“一時的に記憶を封じる薬”。
……アメリア様が昔、自分の心を守るために調合していたものです」
「君が……使ったのか?」
「はい。最後に一度だけ、彼女に会わせてほしいと牢番に頼みました。
そのとき、私はアメリア様にこの薬を……」
ノアの目が、涙でにじむ。
「怖かったんです……。
死ぬ前に、彼女が“自分は悪だった”と信じたまま終わってしまうことが……
だからせめて、“全部忘れて、ただの女の子として”……」
レオナルトは、その告白にただ耳を傾けた。
その夜。王城では、アメリアが静かに日記をつけていた。
──今日も温室でルミナと話せた
──リオンさんが小さな花を持ってきてくれた
──私は誰かを好きになるって、どんな感じだったっけ?
そんな記録の最後に、彼女は一行書き加える。
「もし私が誰かにとって、赦されるべき人間だったなら──
それを、信じてもいいのかな」
窓の外では、風が静かに吹いていた。
その風が、遠く離れた孤児院にもそっと届く。
ノアはひとり空を見上げていた。
「……きっとあなたは、もう“悪役令嬢”なんかじゃない。
あなたが知らない、あなたの涙を──私はずっと、覚えてるよ」
──次回、最終話
「あなたが泣いたあの日から、私の世界は変わりはじめた」