第6話:魔術か、それとも赦しか──心を揺らす審問の影
王宮内で、静かに囁かれ始めた“疑惑”。
──あれは本当に記憶喪失なのか?
──何かの魔術にかけられているのではないか?
王子レオナルトが与えた「奉仕活動による更生の機会」は、
一部の貴族からは“寛容すぎる”と批判されていた。
そんな中、王城奥深くにある“魔術審問所”に、
アメリア・ヴェルンシュタインの名が上がる。
「アメリア様。……王子殿下より、正式なご命令です」
リオンが固い表情で口を開く。
「……審問所にて、“あなたが魔術にかけられていないか”を調査することが決まりました」
「魔術……?」
「一部の者が、あなたの変化を“不自然”と判断し、“外的要因”を疑っている」
アメリアは、じっと自分の手のひらを見つめた。
(私が“誰かの魔術”でこんなふうに変わったなら──それって、今の私は“偽物”なの?)
不安が、胸を締めつける。
魔術審問所──
王城内でも特に閉鎖的で厳粛な場所。
ここでは、魔術に関するすべての調査と処罰が行われる。
アメリアは椅子に縛られ、四方から淡い光が照射される中、
三人の審問官に囲まれていた。
「記憶を失った経緯を、詳しく話していただきたい」
「はい……目が覚めたら、牢の中で。自分の名前も、何も分からず……」
「ふむ。記憶喪失は魔術の副作用としてもしばしば報告されている。
貴女が“術者”か、あるいは“術をかけられた者”である可能性も否定できない」
アメリアは驚いた。
「私が……術をかけた?」
「過去の貴女は、“対人支配系魔術”を研究していた記録がある。
特定の人物を従わせる、“魅了”に近い効果を狙ったものだ」
「…………!」
「さらに言えば、“記憶封鎖の薬”を保管していた記録も……
“自分自身に用いた”可能性も、ある」
(そんなこと……本当に私が……!?)
だが、審問官の一人がふと首を傾げた。
「……奇妙ですね。魔力の痕跡が、ほとんどない」
「普通、術にかけられた者の周囲には、わずかな魔力残留がある。
だが、貴女の周囲からは“術の影響をまったく感じない”」
「では……私は、魔術のせいではないと?」
「現段階では、そう判断せざるを得ない」
審問官たちは互いに顔を見合わせた。
「……記憶喪失は、むしろ“精神的ショック”による可能性が高い。
何か強い“後悔”や“恐怖”が、貴女の記憶を封じたのかもしれない」
──魔術ではない。けれど、“過去の自分”に起因する。
それは、アメリアにとって魔術以上に恐ろしい結論だった。
その日の夜、アメリアは部屋で深くうつむいていた。
リオンが静かに言った。
「記憶を失ったのは、君自身の心が、過去を閉ざしたからかもしれない。
だが──その心が、今の君を形づくっている」
「……それって、私は……過去の自分が怖くて、自分で逃げただけってこと?」
「違う。……君は、変わりたいと思ってる。
それは“逃げ”じゃない。“再出発”だ」
アメリアは、そっと目を閉じた。
温室で笑ってくれたルミナのこと。
掃除中にそっと助けてくれたリリーナのこと。
そして、かつての自分が書いた──あの手紙。
「……じゃあ、私はこれから、証明する。
魔術じゃない、誰のせいでもない、“私の意志”で──変わろうとしてるって」
そのとき、リオンの頬に、ふと微笑が浮かんだ気がした。
「君が変わるのなら、俺は……それを信じていい気がする」
だが、王子レオナルトのもとには、別の“報告”が届いていた。
──ある人物が、アメリアの“記憶喪失”に関与している可能性がある。
──それは、“過去のアメリア”が唯一心を許していたとされる、王都外れの“孤児院”の少女──
王子はゆっくりと立ち上がった。
「真相があるなら、必ず明らかにしよう。
“彼女”が……本当に変わったのか、俺は知りたいんだ」
──次回、第7話「涙の正体と、孤児院にいた“ただ一人の友”」