第4話:監視役の騎士と、少女の涙
奉仕活動の二日目。
私はまた城内の掃除や給仕を任されることになった。
そしてその間、ずっと私を“見張っている”人物がいた。
「……何かあったら、すぐ報告します。これは王子からの命令ですから」
リオン・グレイス。
元護衛騎士であり、今は私の“監視役”。
けれど彼の目には、敵意ではなく、どこか探るような気配が宿っていた。
「昨日、手紙を見つけたんです。昔の私が書いたやつ。……怖かった」
「……そうか」
「でも、少しだけ、嬉しかった。
“昔の私は、感情がなかったわけじゃない”って、分かった気がして」
リオンは黙って私を見つめていたが、やがてふっと目を細めた。
「君の中には確かに、“かつてのアメリア”が残っている。
……でも、同時に“今の君”も、嘘じゃない」
「それって……私が変わったってこと?」
「あるいは、“本来の君”が現れ始めたのかもしれないな」
昼過ぎ、私は城の東翼にある“庭園の温室”に向かうよう命じられた。
「花の手入れだそうです。温室の責任者が、あなたに用があると」
案内された先には、花に囲まれたひとりの少女がいた。
華奢で、白いワンピースのような服に身を包んだ少女。
彼女は、私を見るなり、手にしていたじょうろを落とした。
「……アメリア、様……!」
(……誰?)
だが、彼女の目には明らかな恐怖が浮かんでいた。
「ごめんなさい……私、またあなたに……何か……」
「ち、違うの……っ!」
思わず私は手を振った。
「私、あなたに何かしたの? ……いえ、きっとしたんだよね。
でも……私はその記憶がないの。だから……ごめんなさい」
彼女は戸惑ったように、口をぱくぱくと開けたあと、静かに頷いた。
「わたし……温室係のルミナです。以前、あなた様のドレスに花粉を……落としてしまって……。
そのせいで、お母様に叱られて……解雇されかけて……」
「……そんなことで?」
「そのとき、あなたは……笑ってました。『下賤な者に罰を与えるのは当然』って……」
私は震えた。
けれど、それと同時に強く思った。
「……今の私は、もうそんなこと絶対に言わない。
あなたの花、すごく綺麗だから。こんなに大切に育ててるなんて、すごいよ」
ぽたり、と。ルミナの目から涙がこぼれた。
「そんなふうに……言ってもらえるなんて……」
「泣かないで。……本当にごめんなさい」
私は自然に、彼女の手を取っていた。
その小さな手は、たくさんの花に触れてきた優しい手だった。
その後、私は庭園の掃除を手伝い、泥だらけになりながら温室を磨いた。
夕方、リオンが迎えに来たとき、私の姿を見て絶句した。
「……君、本当に変わったな」
「私……昔、ひどいことばっかりしてたみたい。
でも、今は……誰にも怖がられたくないの。誰かに、優しくしたい」
リオンはしばらく黙っていたが──
ふと、小さくつぶやいた。
「……やっぱり、君はもう“昔の君”じゃない」
それが褒め言葉だったと、私は思いたい。
その夜。
ルミナが、小さな花束と手紙を部屋の前に置いてくれていた。
「アメリア様へ。
今日、あなたと話せて嬉しかったです。記憶がなくても、あなたは優しい人です。
また、お花の話……できたら嬉しいです」
私はその手紙を胸に抱いて、涙を流した。
たった一日で、誰かと心を通わせられた。
それが、とても嬉しかった。
──けれど、影は近づいていた。
王宮の片隅で、誰かが呟く。
「“優しくなったアメリア”か……。
ふん。おかしいな。あいつは、そんな女じゃなかったはずだ」
──次回、第5話「“彼女の変化”を疑う者たち」