第2話:王子との再会と、私の知らない罪
朝の陽光が、やけにまぶしい。
私はリオンに付き添われて、重たい扉の向こうへと進んでいた。
まるで処刑場に向かうような気分──だけど、今はまだ、歩くことが許されている。
「リオンさん、王子殿下って……どんな方?」
私は小声で尋ねた。
記憶を失っている以上、王子がどんな人なのか分からないのだ。
「君の元婚約者だ。名はレオナルト=アーデルバート。
誠実で、国民思いだが……君には非常に厳しい」
「私に……?」
「ああ。君が数々の“悪行”を重ねたことで、彼は君との婚約を破棄した。
それは、王家としての威信をかけた決断だった」
(そんなこと、私には何の実感もない……でも、過去の私は確かに……)
「でも、今の君を見て、王子は再審を求めた。
だから今日のこの場がある」
リオンのその言葉に、小さく息を吸う。
私は、王子に何をしてしまったのだろう。
豪奢な玉座の間。そこには十数人の貴族たちと、中央の王子がいた。
レオナルト王子──
金髪に碧眼、凛々しい横顔。気品と威厳をまとい、視線ひとつで場が引き締まる。
だが、その瞳が私をとらえた瞬間──
一瞬、何か迷いの色が宿った。
「……アメリア・ヴェルンシュタイン」
彼は私の名を呼ぶと、ゆっくりと席を立った。
「本来ならば、君には死罪が下されて然るべきだった。
だが、記憶を失ったという現状を鑑み、今日この場にて問う」
「はい……」
私は緊張で指先まで固まっていた。
「君は、“記憶喪失”と称しているが──それは真実か?
それとも、自らの罪から逃れるための嘘か?」
「……本当です。私は目覚めたとき、自分の名前も、罪も、何も分かりませんでした」
貴族たちがざわめく。誰かが「芝居だ」と嘲笑した。
だが、リオンは後ろから支えるように、静かに言った。
「答えは演技ではない。“今のアメリア様”には、あの頃の傲慢さが微塵も感じられません」
「……ふん」
王子はゆっくりと私に歩み寄ってきた。
そして至近距離で私の目をのぞき込む。
「君は……昔のアメリアではない」
「……?」
「以前の君なら、私に一歩でも近づけば“私の足を踏み台にしても構わない”?と言ったはずだ」
(そんなこと、本当に言ったの……!?)
「だが今の君は、私の目を見るだけで、声が震えている。
……記憶を失ったというのなら、それはつまり“君が犯した罪も知らぬ”ということになる」
「……はい……」
「だが──その“無知”が、罪を消す理由にはならない。
記憶をなくしても、“罪そのもの”が消えるわけではないのだから」
私は、言葉を失った。
でも、そんな私に、王子は続けた。
「それでも……私は、見極めたい。
“君がどんな心を持っているのか”を。今の君が、どんな人間なのかを」
王子の瞳には、確かに怒りではない何かがあった。
迷い。希望。もしかすると──
「だから猶予を与える。君は今日より、我が城内にて監視下に置かれながら、奉仕の務めにつくがいい。
己が“本当に変わった”というのなら、その姿で証明してみせよ」
私は、震える声で頷いた。
「……はい。私、きっと……後悔しないように、生きてみます」
そして私は、処刑から“仮の自由”を得た。
だがその日から、私の前には──
「アメリア様! まさか戻ってくるとは……!」
「おや、悪女様が今さら奉仕活動ですか?」
「あなたに、どれだけ泣かされたか、覚えてませんよねぇ?」
──“私が傷つけた人たち”が次々に現れた。
記憶のない私は、ただ立ち尽くすしかない。
でも、それでも。
私は、この人生を無駄にはしたくなかった。
(たとえ“本当に悪役だった”としても──今の私は、誰かを傷つけたりしない)
そう、決意するしかなかった。
──次回、第3話「意地悪な侍女と、“昔の私”が残した手紙」