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異世界の盤屋

作者: fulhause

第一章:非効率な異世界**


油と埃の匂いが染みついた作業着。蛍光灯の白い光が、無数に並ぶ配線と金属の箱を照らし出す。俺、牧奈まきな こうは、眼前のでかい制御盤と睨めっこしていた。納期は明日。最後の調整とチェックに余念がない。端子台のネジを締め、リレーの動作音を確認し、PLCのラダープログラムを最終確認する。カチリ、カチリと響くリレーの音は、俺にとって心地よい音楽のようなものだ。


「よし、これで完璧だ」


額の汗を拭い、満足げに頷く。この制御盤が工場に設置されれば、生産ラインはより効率的に、より安全に稼働する。それが俺の仕事であり、誇りだった。中小企業とはいえ、技術力には自信がある。大手にも負けない、きめ細やかな設計と確かな品質。それが俺たちの売りだ。


「牧奈さん、お疲れ様です!もう上がりですか?」

「ああ、キリがいいからな。お先」


後輩に声をかけられ、タイムカードを押す。外はすっかり暗くなっていた。疲労感はあるが、それ以上に大きな達成感が体を満たしている。明日の納品が楽しみだ。コンビニで買った缶コーヒーを片手に、夜道を歩く。ふと、夜空を見上げた。星が…やけに少ない。まあ、都会の空なんてこんなものか。


その時だった。


目の前の交差点で、信号無視のトラックが猛スピードで突っ込んできた。けたたましいクラクションとブレーキ音。眩いヘッドライト。避けようとしたが、足がもつれる。衝撃。体が宙に舞う感覚。そして、急速に意識が遠のいていく。


(嘘だろ…? 明日の納品…まだ…)


それが、俺の最後の記憶だった。


***


次に意識が浮上した時、俺は硬い石畳の上に横たわっていた。


「…痛てて…」


全身が軋むように痛む。特に頭がガンガンする。ゆっくりと目を開けると、そこは見慣れたアスファルトの道路ではなく、古びた石造りの建物が立ち並ぶ、まるで中世ヨーロッパのような街並みだった。空は…驚くほど青く澄み渡り、空気もどこか違う匂いがする。土と、緑と、そして…なんだろう、甘いような、不思議な香りが混じっている。


「…どこだ、ここ?」


状況が全く飲み込めない。トラックに撥ねられたはずだ。病院のベッドの上ならまだしも、こんな場所にいる理由が分からない。周りを見渡すと、人々が俺を奇異な目で見ていた。服装が違う。俺のような作業着姿の人間は一人もいない。麻や革で作られたような、簡素だが機能的な服を着た人々。中にはローブのようなものを纏った者や、腰に剣を差した屈強な男もいる。耳の尖った、エルフのような種族もちらほら見える。


(…ファンタジー? いやいや、まさか…)


頭を振って混乱を追い払おうとするが、目の前の光景は現実だ。しばらく呆然としていると、衛兵らしき鎧姿の男が二人、こちらに近づいてきた。


「おい、お前。何者だ? 見ない顔だな。身分を示すものはあるか?」


厳つい顔で尋ねられる。身分を示すもの? 免許証や保険証なら財布に入っているが、それがここで通用するとは思えない。


「えっと…その…」


言葉に詰まっていると、衛兵は怪訝な顔を強める。まずい。不審者として捕まるのは避けたい。


「…旅の者です。途中で荷物を失くしてしまって…」


咄嗟に嘘をついた。衛兵たちは訝しげな視線を向けてきたが、それ以上追及する気はないらしい。


「そうか。まあいい。この街、エールブルグに入るなら、門でちゃんと手続きをしろよ。それと、その妙な服は目立つぞ。早く着替えるんだな」


そう言って、衛兵たちは去っていった。助かった…のかもしれないが、状況は何も変わっていない。俺は完全に異世界に迷い込んでしまったらしい。いわゆる、異世界転生、あるいは転移というやつだろうか。トラックに撥ねられた衝撃で死んで、ここに生まれ変わった…? いや、この体は間違いなく俺自身のものだ。となると、転移か。


とにかく、情報収集が必要だ。この世界のこと、この街のこと、そして、どうすれば生きていけるのか。幸い、言葉は通じるようだ。日本語ではない、全く知らない言語のはずなのに、なぜか理解できるし、話せる。これは転生・転移者へのボーナススキルというやつだろうか。


ふらつく足取りで街を歩き始める。石畳の道は歩き慣れないが、活気のある街の様子に少しだけ気分が紛れる。露店が軒を連ね、様々な品物が売られている。見たこともない果物、干し肉、革製品、そして…奇妙な輝きを放つ石や、複雑な模様が刻まれた金属製の道具。


「へえ…これが魔道具ってやつか?」


露店の一つで売られていた、手のひらサイズのランプに目が留まる。店主に尋ねると、それは「魔灯」と呼ばれるもので、中に込められた「マナ」――この世界で言うところの魔力――を消費して光るのだという。


「この魔灯、一ついくらですか?」

「おう、兄ちゃん。そいつは銅貨30枚だ。マナは満タンにしてあるぜ」


銅貨30枚。それが高いのか安いのか見当もつかない。そもそも俺は一文無しだ。


「マナがなくなったら、どうするんですか?」

「そりゃ、マナを補充するのさ。街の魔術師ギルドに頼むか、自分でマナポーションを使うかだな。まあ、ギルドに頼むのが一番手っ取り早いが、金がかかる」


なるほど。魔力はこの世界ではエネルギー源として広く使われているらしい。それはいい。問題は、その供給方法だ。魔灯一つ一つに魔力を込める? まるで乾電池式の懐中電灯と同じじゃないか。


さらに街を歩き、情報を集めていくうちに、この世界の魔力利用の実態が見えてきた。洗濯機のような魔道具、冷蔵庫のような魔道具、調理用の魔道具…便利な道具は確かに存在する。しかし、そのどれもが個別の「魔力電池」のようなものを内蔵しており、定期的に、あるいは使用するたびに、手動で魔力を補充しなければならないのだ。大規模な施設や裕福な家庭では、専門の魔力供給業者や魔術師を雇っているらしいが、一般家庭では、その手間とコストが大きな負担になっているようだった。


「…非効率すぎるだろ」


思わず呟きが漏れる。現代日本の電気インフラを知っている身からすれば、この状況は信じがたいほど原始的だ。個々の機器に個別にエネルギーを供給するなんて、どれだけ無駄が多いことか。電力網のように、一か所で発電(この世界で言えば魔力生成か?)し、それを送電線(送魔線?)で各家庭や施設に分配し、必要に応じて使えるようにする。それが当たり前だと思っていた。


「待てよ…?」


その瞬間、俺の頭の中に稲妻が走った。


制御盤。


そうだ、俺がずっと作ってきたもの。電気の流れを制御し、分配し、安全に、そして効率的に使うための装置。あれと同じような仕組みを、この世界の魔力に応用できないだろうか?


魔力を電力に見立てる。魔力源から魔力を引き込み、それを必要な場所へ、必要な量だけ、安全に供給するシステム。遮断機(魔力遮断機?)で過剰な魔力の流れを止め、開閉器(魔力開閉器?)でオンオフを切り替える。タイマーやセンサーと組み合わせれば、自動制御だって可能になるかもしれない。


「魔力制御盤…!」


そのアイデアが頭に浮かんだ瞬間、全身に鳥肌が立った。これだ。これなら、俺の知識と経験がこの世界で活かせるかもしれない。いや、活かせるはずだ。この非効率な魔力インフラを、俺の手で変革できるかもしれない!


異世界に来てしまった絶望感が、一気に興奮と期待感に変わる。目標ができた。やるべきことが見えた。


まずは、拠点となる場所と、開発に必要な資金、そして協力者が必要だ。無一文の俺には、どれもハードルが高いが、諦める気はなかった。制御盤屋としての魂が、再び燃え上がり始めていた。


***


**第二章:工房の娘と最初の設計図**


とはいえ、現実は厳しい。日雇いの力仕事で食いつなぎながら、安宿に寝泊まりする日々。異世界の労働は想像以上に過酷で、体はすぐに悲鳴を上げた。それでも、夜になると宿の薄暗い魔灯の下で、持っていたメモ帳(幸い、作業着のポケットに入っていた)に、魔力制御盤の構想を書き溜めていった。


必要になるであろう部品。遮断機構、開閉機構、魔力流量の調整機構、そしてそれらを収める筐体。素材は何がいい? この世界の金属や鉱石の特性は? 魔力に対する耐性は? 疑問は尽きない。情報を集めようにも、図書館のような施設を利用するには身分証明や金が必要で、今の俺には縁遠い話だった。


そんなある日、仕事帰りに街の外れにある寂れた地区を歩いていると、小さな工房を見つけた。看板には「エリアナ魔道具工房」と古びた文字で書かれている。中を覗くと、若い女性が一人、黙々と作業をしていた。歳の頃は俺と同じくらいだろうか。亜麻色の髪を無造作に束ね、作業着には油汚れが付いている。しかし、その真剣な眼差しと、手際の良い動きには、確かな技術が感じられた。


工房の中には、作りかけの魔道具や、修理依頼らしき品々が雑然と置かれている。どれも実用本位の、華やかさはない道具ばかりだ。壁には、古びた工具が掛けられている。


「あの…すみません」


思い切って声をかけると、女性は驚いたように顔を上げた。少し警戒したような表情。


「はい、なんでしょうか? 修理のご依頼ですか?」

「いや、そういうわけじゃ…ちょっと、魔道具についてお聞きしたいことがあって」


俺は、自分の身の上(異世界から来たことは伏せて、旅の途中で無一文になった駆け出しの職人だと偽った)を簡単に話し、魔力や魔道具の素材について質問を始めた。女性――エリアナと名乗った――は、最初は訝しげだったが、俺の質問が具体的で専門的であることに気づくと、少しずつ警戒を解き、丁寧に答えてくれるようになった。


「マナの流れを制御する…ですか? 普通は、魔石の大きさや質、刻む術式で調整しますけど…もっと精密に?」

「ええ。例えば、一定以上のマナが流れたら自動で供給を止めたり、時間や条件に応じて供給を開始したり停止したり…そういう仕組みを作りたいんです」

「それは…かなり高度な術式か、複雑な機構が必要になりますね。正直、うちみたいな小さな工房で扱えるような技術じゃ…」


エリアナは困ったように眉を寄せた。やはり、この世界では俺が考えているような「制御」という概念自体が、あまり一般的ではないのかもしれない。魔術師が使う高度な術式か、あるいは失われた古代技術の類だと考えられているようだ。


「もし、そういう仕組みを、術式ではなく、物理的な装置の組み合わせで実現できるとしたら、どう思いますか?」

「物理的な装置で…? マナの流れを、ですか?」


エリアナは目を丸くした。信じられない、という表情だ。俺は懐からメモ帳を取り出し、走り書きした魔力制御盤の概念図を見せた。遮断機や開閉器の簡単なスケッチも添えてある。


「例えば、こういう部品を組み合わせて…」


俺が説明を始めると、エリアナは食い入るようにメモ帳を見つめた。最初は半信半疑だった彼女の目に、次第に好奇心と興奮の色が浮かんでくる。


「…すごい。こんな発想、聞いたことがありません。マナを通す素材と、遮断する素材を組み合わせる? それを機械的に動かすことで、流れを制御する…? 理論上は、可能かもしれません…!」


エリアナの声が弾んでいる。彼女もまた、既存の魔道具の限界を感じていたのかもしれない。寂れた工房、旧態依然とした技術。そこに、俺という異質な存在が現れ、全く新しい可能性を示したのだ。


「もし、本気でこれを作るつもりなら…私、協力します!」

「えっ、いいんですか?」

「はい! 正直、うちの工房も仕事が少なくて困っていましたし…何より、面白そうです! こんなにワクワクするのは久しぶりです!」


エリアナは満面の笑みで言った。その笑顔は、薄暗い工房をパッと明るく照らすようだった。


こうして、俺はエリアナという強力な協力者を得ることができた。彼女の工房を拠点として、本格的な魔力制御盤の開発に着手できることになったのだ。エリアナは魔道具職人としての知識と経験、そしてこの世界の素材に関する情報を提供してくれた。俺は制御盤設計のノウハウと、電気工学の知識を提供する。最高のパートナーシップだ。


「まずは、基本的な部品から試作してみましょう。マナを確実に遮断できる素材と、効率よく通す素材の選定。それと、それらを組み合わせる機構の設計ですね」

「はい! 父が遺してくれた素材や工具が色々あります。使えるものがあるか、探してみます!」


エリアナは工房の奥をごそごそと漁り始めた。俺は改めてメモ帳に向き合い、より詳細な設計図を描き始める。遮断機の構造、開閉器の接点、それらを連動させる仕組み。頭の中にある電気制御の知識を、この世界の魔力という未知のエネルギーに置き換えていく作業は、困難だが、とてつもなくエキサイティングだった。


異世界に来てからの苦労が、ようやく報われる時が来たのかもしれない。いや、まだ始まったばかりだ。これから、多くの試行錯誤と困難が待ち受けているだろう。それでも、俺の胸は希望に満ち溢れていた。


制御盤屋マキナ・コウの、異世界での挑戦が、今、始まる。


**第三章:試作と失敗、そして師との出会い**


エリアナの工房は、俺、マキナ・コウにとって理想的な開発拠点となった。広さこそないものの、基本的な工具は揃っているし、何よりエリアナという心強い協力者がいる。彼女は魔道具職人としての勘と経験、そしてこの世界の素材に関する知識を惜しみなく提供してくれた。俺は、現代日本の電気工学と制御盤設計の知識を、この世界の法則に合わせてアジャストしていく。


最初の目標は、魔力制御盤の心臓部となる基礎部品――魔力を確実に「切り」「繋ぐ」ための装置、つまり遮断機ブレーカー開閉器スイッチの魔力版を開発することだった。


「コウさん、この『ミスリル銀』はどうでしょう? 魔力伝導率が非常に高いことで知られています。高価ですが…」

「ふむ、伝導率が高いのは良いことだ。電気で言えば銅線のようなものか。問題は、それをどうやって確実に『切る』かだな…」


俺たちは工房の作業台に様々な鉱石や金属片を並べ、議論を重ねた。魔力をよく通す素材、逆にほとんど通さない素材。エリアナの知識は、この世界の物質が持つ「マナ親和性」や「マナ抵抗」といった特性に基づいていた。それは電気抵抗の概念に似ていたが、完全に同一ではない。マナには指向性や属性のようなものも存在するらしく、単純なオンオフ制御だけでも一筋縄ではいかなかった。


「遮断材としては、『黒曜石』の一種である『シャドウ・オブシディアン』がマナをほとんど通しません。ただ、加工が非常に難しいのと、強いマナの流れに長時間晒されると劣化する可能性があります」

「劣化か…それは困るな。遮断機は安全の要だ。頻繁に交換が必要になるようでは実用的じゃない」


俺たちは試作品を作り始めた。エリアナが持つドワーフ製の精密なヤスリやタガネを借り、時には彼女自身の手を借りて、金属や鉱石を削り、組み合わせる。最初の試作開閉器は、単純なレバー式だった。ミスリル銀の接点を、シャドウ・オブシディアンの台座上で接触させたり離したりする構造だ。


「よし、まずは弱いマナで試してみよう」


工房の隅にある、練習用の微弱なマナを放出する魔石に、試作開閉器を接続する。レバーを「入」に倒すと、接続した先の小さな魔灯がポッと灯った。


「おおっ!」

「ついた…!」


思わずエリアナと顔を見合わせ、笑みがこぼれる。小さな一歩だが、確実な前進だ。しかし、喜びも束の間、問題が発生した。


「もう少し強いマナで試してみよう」


今度は、工房の作業用魔力供給ライン(これも個別の大型魔石から供給されている)に接続してみる。レバーを入れた瞬間、バチッ!という嫌な音と共に、接点部分から火花が散った。


「うわっ!」


慌ててレバーを切る。焦げ臭い匂いが漂い、ミスリル銀の接点が見事に溶けていた。


「ダメか…接点がマナの奔流に耐えられないんだ」

「これしきのマナで…やはり、マナの流れを物理的に制御するなんて無謀だったんでしょうか…」


エリアナが不安そうな顔をする。いや、諦めるのはまだ早い。電気の世界でも、大電流を扱うスイッチや遮断器の接点には、耐アーク性や耐摩耗性に優れた特殊な合金が使われる。この世界にも、それに適した素材があるはずだ。


「接点の素材を変えてみよう。それに、接触面積や形状も工夫する必要がある。アーク放電…この世界で言う『マナ漏れ』や『暴走』を防ぐための消弧(マナ消散)機構も必要かもしれない」


俺はメモ帳に新たなスケッチを描きながら説明する。エリアナは目を輝かせながら聞き入っていた。


「マナ消散…? そんなことまで考えているんですか?」

「ああ。安全第一だからな。それに、この仕組みが普及すれば、もっと大きなマナを扱うことになる。今のうちから対策を考えておかないと」


その後も、俺たちは試行錯誤を繰り返した。様々な金属合金を試し、鉱石の組み合わせを変え、機構を改良する。エリアナが古い文献を調べてきてくれたり、知り合いの鉱物商に珍しい素材を問い合わせてくれたりした。それでも、満足のいく性能の部品はなかなか完成しなかった。特に、一定以上のマナが流れた際に自動で回路を遮断する「魔力遮断機」の開発は難航を極めた。熱で変形するバイメタル(魔力版)を使う方法、マナの流量に応じて電磁石のように引き付けられる金属(魔力感応金属?)を使う方法など、様々なアイデアを試したが、安定性と信頼性に欠けるものばかりだった。


「くそっ、何が足りないんだ…?」


開発は壁にぶつかっていた。資金も底をつき始め、焦りが募る。エリアナも心なしか元気がなく、工房には重い空気が漂い始めていた。


そんな時、エリアナが一つの提案をしてきた。


「コウさん、バルカス様に相談してみませんか?」

「バルカス様?」

「はい。街の外れにある塔に住んでいらっしゃる、引退された元宮廷魔術師の方です。とても博識で、特に魔力と物質の関係については右に出る者がいないと言われています。…少し気難しい方ですけど」


元宮廷魔術師。いかにも頼りになりそうだが、同時に厄介そうな響きもある。しかし、背に腹は代えられない。俺たちは藁にもすがる思いで、エリアナの案内でバルカスの塔を訪ねることにした。


塔は、街を見下ろす小高い丘の上に、ひっそりと建っていた。蔦の絡まる古びた石造りの塔で、いかにも魔法使いが住んでいそうな雰囲気だ。扉を叩くと、しばらくして、中からゆっくりと扉が開かれた。現れたのは、長い白髭を蓄え、ローブを纏った小柄な老人だった。見た目はドワーフにも似ているが、エリアナによると人間らしい。鋭い眼光が、俺たちを射抜くように見つめている。


「…なんじゃ、エリアナ。珍しいな、お前が儂を訪ねてくるとは。隣の若いの…見ない顔じゃな」


バルカスと名乗る老人は、低い、だがよく通る声で言った。エリアナが恐縮しながら事情を説明し、俺を紹介してくれた。俺も頭を下げ、魔力制御盤の構想と、開発で行き詰っている点を正直に話した。試作した部品や設計図も見せた。


バルカスは、俺の話を黙って聞いていた。時折、鋭い目で設計図を睨みつけたり、試作品を手に取って矯めつ眇めつしたりしている。


「…ふむ。マナの流れを、術式ではなく、物理的な仕掛けで制御しようというのか。前代未聞じゃな。面白いことを考える若造もおったもんじゃ」


バルカスは、意外にも馬鹿にするような素振りは見せなかった。むしろ、その目には知的な好奇心が宿っているように見えた。


「それで、遮断機構で詰まっておる、と。どれ、見せてみろ」


俺たちは、失敗した試作品の中でも最もマシだったもの――マナの熱で変形する金属板を使った遮断機――を見せた。バルカスはそれを手に取り、ルーペのような道具で細部を観察し始めた。


「…なるほどな。着眼点は悪くない。じゃが、これでは素材の耐久性と反応速度が足りんじゃろう。マナの奔流は、お前が思うよりもずっと強力で、気まぐれじゃぞ」


バルカスはそう言うと、工房の奥から一つの金属塊を持ってきた。鈍い銀色の、見た目は何の変哲もない金属だ。


「これは『雷銀らいぎん』と呼ばれる合金じゃ。儂が若い頃に、雷の魔力を研究しておった時に偶然作り出した代物でな。特定の波長のマナに対して、瞬間的に強い反発力を示す性質がある。ただし、加工は非常に難しい。普通のやり方ではまず無理じゃろう」


雷銀。その名前に、俺のエンジニアとしての勘が反応した。特定の波長のマナに瞬間的に反発する? それは、過電流を検知して瞬時に回路を遮断する、現代の遮断器のトリップコイルの仕組みに応用できるかもしれない。


「バルカス様、その雷銀、少し分けていただくことは可能でしょうか? それと、加工について何かヒントを…」

「ふん、儂の貴重な合金を、そう易々とくれてやるわけにはいかん。じゃが…お前のやろうとしておることは、実に興味深い。成功すれば、世の中が大きく変わるやもしれん。よし、試してみるがよい」


バルカスは、小さな雷銀の欠片を俺に手渡した。そして、加工のヒントとして、ドワーフの秘伝の鍛造技術や、特定の魔術触媒を使った軟化方法などを教えてくれた。どれも俺にとっては未知の技術だったが、その原理を聞いているだけでワクワクした。


「ありがとうございます、バルカス様!」

「礼には及ばん。ただし、この儂の知恵を借りたからには、必ずやその『魔力制御盤』とやらを完成させてみせい。中途半端な結果に終わったら、承知せんぞ」


バルカスは厳しい口調で言ったが、その目には期待の色が浮かんでいた。俺たちは深々と頭を下げ、バルカスの塔を後にした。


「やりましたね、コウさん!」

「ああ! これで先に進めるかもしれない!」


工房に戻った俺たちは、バルカスから授かった知識と雷銀を元に、再び遮断機の開発に取り組んだ。エリアナが持つドワーフの工具の知識と、俺の精密加工の知識、そしてバルカスのアドバイス。それらを組み合わせ、何度も失敗を繰り返しながら、ついに俺たちは安定性と信頼性を備えた魔力遮断機の試作品を完成させることに成功したのだ。雷銀を使った感応機構は、設定した以上のマナが流れると瞬時に作動し、確実に流れを遮断した。開閉器も、接点素材や消弧機構を改良し、十分な耐久性を持つものが完成した。


長かった開発期間。しかし、その苦労は無駄ではなかった。ついに、魔力制御盤の心臓部となる部品が、俺たちの手の中にあった。


***


**第四章:灯る光、広がる波紋**


基礎部品の開発に成功した俺たちは、いよいよ最初の「魔力制御盤」の製作に取り掛かった。まずは小規模なもの。エリアナの工房内の魔力供給を管理するための、実験的な一台だ。


設計は俺が担当し、部品の製作と筐体の加工はエリアナと分担して行った。筐体には、耐久性と絶縁性に優れた『石化木せっかぼく』という素材を選んだ。盤面には、試作した魔力遮断機と、複数の魔力開閉器スイッチを取り付ける。内部で各部品を接続する配線(魔力線)には、魔力伝導率が高く、柔軟性もある『竜銅りゅうどう』という特殊な銅線を用いた。これもエリアナが古い在庫の中から見つけてくれたものだ。


数日後、ついに最初の魔力制御盤が完成した。大きさは、現代日本の家庭用分電盤より一回り大きいくらいだろうか。石化木の落ち着いた木目の箱に、鈍い銀色の遮断機と、カチリと小気味よい音を立てる開閉器が整然と並んでいる。見た目は武骨だが、機能美のようなものを感じさせる仕上がりになったと自負している。


「できた…!」

「ついに、やりましたね、コウさん!」


俺とエリアナは、完成した制御盤を前に、感慨深く頷き合った。しかし、本当の勝負はこれからだ。実際に魔力を流し、意図した通りに動作するかどうか。


深呼吸をして、俺は工房の主電源(巨大な魔石)から魔力線を引き込み、制御盤の主遮断機に接続した。そして、制御盤から工房内の複数の魔灯と、エリアナが使う研磨用の小型魔道具へと魔力線を配線していく。


「よし、エリアナ。準備はいいか?」

「はい!」


緊張した面持ちでエリアナが頷く。俺は主遮断機のレバーをゆっくりと押し上げた。カチッ、という確かな手応え。制御盤内部で、微かなマナの流れが始まるのを感じる。


次に、魔灯に繋がる開閉器のスイッチを入れた。


パッ!


工房の天井に取り付けられた複数の魔灯が一斉に、それも以前より安定した明るさで点灯した。


「おおーーっ!!」


俺とエリアナは、同時に歓声を上げた。成功だ! スイッチ一つで、複数の魔灯を同時に、しかも安定して点灯させることができた。これまでは、一つ一つの魔灯に個別にマナを込めるか、それぞれに小さな魔石を取り付ける必要があったのだ。


次に、研磨用魔道具のスイッチを入れる。ウィーン、という軽快な音と共に、魔道具が安定して回転を始めた。


「すごい…! いつもみたいに、途中でマナが不安定になったりしない…!」


エリアナが感動の声を上げる。これまで彼女は、作業中に何度も魔道具のマナを調整し直す手間を強いられていたのだ。


さらに、俺は遮断機のテストを行った。意図的に魔道具に過負荷をかけてみる(エリアナには少し反対されたが、安全のためだ)。すると、設定した通り、バチン!という音と共に遮断機のレバーが下り、魔道具へのマナ供給が瞬時に停止した。


「遮断機も正常に作動した! これで安全性も確保できる」


実験は大成功だった。この魔力制御盤があれば、工房内の魔力管理は劇的に楽になる。もう、毎日のように魔灯や魔道具にマナを補充する必要はない。スイッチ一つでオンオフでき、万が一の時も安全が確保される。


「コウさん…ありがとうございます! これで、作業がずっと楽になります!」


エリアナは目に涙を浮かべて喜んでくれた。その姿を見て、俺も胸が熱くなった。自分の技術が、誰かの役に立てた。これほど嬉しいことはない。


その日から、エリアナの工房の様子は一変した。これまでマナの補充や調整に取られていた時間がなくなり、彼女は本来の魔道具製作や修理作業に集中できるようになった。作業効率は目に見えて向上し、工房には以前よりも活気が戻ってきた。


そして、その変化は、やがて周囲の人々の知るところとなる。


「なあ、エリアナんとこの工房、最近明るくなったと思わねえか?」

「ああ、そういえば。夜遅くまで煌々と魔灯がついてるし、昼間も魔道具の音がよく聞こえるようになった」


近所の住民や、工房に出入りする商人たちが、エリアナの工房の変化に気づき始めた。そして、その原因が、俺が作った奇妙な「箱」――魔力制御盤にあることを知る。


「なんだって? あの箱一つで、魔力の補充がいらなくなる?」

「スイッチ一つで全部の明かりがつく? しかも安全?」


噂は瞬く間に広がった。最初は半信半疑だった人々も、実際に工房を訪れて制御盤の便利さを目の当たりにすると、驚き、そして強い興味を示した。


「うちの店にも、その『まりょくせいぎょばん』とやらを設置してくれんか?」

「我が家にもぜひ! 毎日のマナ込めは本当に大変なんだ!」


予想以上の反響だった。小さな商店の店主、パン屋の主人、裕福な家の家令などから、次々と設置依頼が舞い込み始めたのだ。俺とエリアナは、嬉しい悲鳴を上げることになった。


「どうしましょう、コウさん。こんなに依頼が来ても、私たち二人だけじゃ…」

「ああ、量産体制と、設置作業の人手が必要だな…」


新たな課題が浮上した。しかし、それは嬉しい悩みでもある。俺たちの技術が、この世界で確かに必要とされている証拠なのだから。


そんな折、一人の男が工房を訪ねてきた。身なりの良い、精悍な顔つきの若い男だ。見るからにただ者ではない雰囲気を漂わせている。


「君が、マキナ・コウ君かね? 例の『魔力制御盤』を作ったという」


男は、鋭い目で俺を見据えながら言った。


「私が、新興商会『シルクロード』の会頭、レオードだ。君の技術に、少々興味があってね」


脇役、レオードの登場だった。彼の出現は、俺たちの魔力制御盤事業を大きく前進させるきっかけとなるのか、それとも新たな波乱を呼ぶことになるのか。中盤の物語は、新たな局面を迎えようとしていた。



**第五章:シルクロードの風**


新興商会「シルクロード」の若き会頭、レオードの登場は、俺たちの魔力制御盤事業に大きな転機をもたらした。彼は、俺、マキナ・コウが持つ技術の本質と、それが秘める巨大な市場価値を瞬時に見抜いていた。


「マキナ・コウ君、君の『魔力制御盤』は革命だ。このエールブルグの、いや、世界中の魔力利用の常識を覆す可能性を秘めている」


レオードは、工房で実際に稼働する制御盤と、俺が書き溜めていた更なる構想――より大型の盤、自動制御機能の追加、遠隔操作の可能性など――を熱心に聞き取った後、確信に満ちた口調で言った。


「我がシルクロード商会が、君の事業を全面的にバックアップしよう。資金、人材、材料の調達ルート、そして販売網。全てを提供する。その代わり、利益の配分については、相応の条件を提示させてもらうがね」


彼の目は、商人特有の鋭い光を放っていた。計算高く、抜け目がない。しかし、その提案は非常に魅力的だった。俺とエリアナだけでは、急増する需要に応えることも、技術をさらに発展させることも限界が見えていたからだ。


「…分かりました。協力をお願いします。ただし、いくつか条件があります」


俺は、技術開発の主導権は俺たちが握ること、品質と安全性を最優先すること、そして不当に高価な価格設定はしないことを条件として提示した。レオードは少し考えた後、にやりと笑って頷いた。


「いいだろう。君のような実直な技術者は嫌いじゃない。その条件、呑もう。ただし、利益が出なければ商売は成り立たない。効率化とコスト意識は常に持ってもらいたい」


こうして、俺たち「マキナ工房(仮)」とシルクロード商会の提携が始まった。レオードは約束通り、潤沢な資金を投入し、街の中心部に近い一角に、新しい工場と事務所を用意してくれた。エリアナの工房の数倍の広さを持つ、本格的な生産拠点だ。さらに、シルクロード商会から、経理や営業を担当する人材、そして手先の器用な職人たちが派遣されてきた。


俺は設計と技術開発の責任者となり、エリアナは製造部門のリーダーとして、派遣されてきた職人たちへの技術指導と品質管理を担当することになった。最初は戸惑っていたエリアナも、持ち前の明るさと真面目さで、すぐに職人たちの信頼を得ていった。


「コウさん、見てください! 新しい旋盤、すごく精度がいいです!」

「ああ、これなら部品の加工精度も格段に上がるな。量産体制も整ってきた」


新しい工場には、レオードが手配した最新の(といってもこの世界の基準だが)工作機械が導入され、魔力制御盤の生産能力は飛躍的に向上した。俺は、より多くの需要に応えるため、制御盤の標準化とモジュール化を進めた。小規模な家庭用から、商店や工房向けの中規模、そして工場などで使われる大規模なものまで、いくつかの基本モデルを設計し、顧客の要望に応じてカスタマイズできるようにしたのだ。


エリアナは、品質管理マニュアルを作成し、職人たちに徹底させた。一つ一つの部品の検査基準、組み立て手順、そして最終的な動作テスト。安全性に関わる製品だからこそ、妥協は許されない。彼女の厳しい目は、製品の信頼性を確固たるものにしていった。


レオードは、その辣腕を発揮し、シルクロード商会の販売網を通じて、魔力制御盤をエールブルグ市内だけでなく、近隣の都市にまで広めていった。「マキナ工房の魔力制御盤」は、その革新的な利便性と安全性によって、瞬く間に評判となり、注文が殺到した。


「コウ君、次は貴族街への納入が決まったぞ。あそこの連中は金払いがいいからな、期待している」

「さらに、王都の魔道具ギルド本部からも問い合わせが来ている。これは大きなチャンスだ」


レオードが持ってくる報告は、景気の良いものばかりだった。事業は順調に拡大し、俺たちの生活も以前とは比べ物にならないほど安定した。しかし、俺は現状に満足していなかった。


「レオードさん、個別の設置だけじゃなく、もっと根本的なインフラを整備できないでしょうか? 例えば、この街区全体の魔力を一括で管理するような…」


俺は、街区単位での魔力供給ネットワークの構想をレオードに提案した。各家庭や店舗に小型の制御盤(子機)を設置し、それらを統括する大型の制御盤(親機)をエリアごとに設置する。これにより、より効率的で安定した魔力供給が可能になり、将来的には魔力使用量の計測や、遠隔でのメンテナンスも可能になるかもしれない。


「ほう、街全体の魔力網か…それは壮大な計画だな。面白い!」


レオードはそのアイデアに sofort飛びついた。彼の商人としての嗅覚が、そこに巨大なビジネスチャンスを感じ取ったのだろう。彼は早速、市の有力者や貴族たちへの根回しを始めた。


しかし、俺たちの快進撃を快く思わない者たちもいた。


***


**第六章:忍び寄る影、ゲルハルトの策謀**


魔力制御盤の普及は、人々の生活を便利にする一方で、既存の権益構造を揺るがし始めていた。特に危機感を募らせていたのが、魔術師ギルドの一部と、古くから魔力供給に関わる利権を持つ保守的な貴族たちだった。


彼らにとって、高価な魔道具や、専門の魔術師による魔力供給サービスは、大きな収入源であり、権力の源泉でもあった。安価で、誰でも簡単に扱える魔力制御盤の登場は、その根幹を脅かすものだったのだ。


その筆頭格が、魔術師ギルドの幹部であり、魔力に関する評議会の重鎮でもあるゲルハルトという男だった。彼は表向きは穏やかな紳士を装っていたが、裏では強い権力欲と保守的な思想を持つ人物として知られていた。


「あの忌々しい『盤屋』め…平民が作った鉄の箱ごときが、我々魔術師の領域を侵すとは…!」


ゲルハルトは、自身の豪華な執務室で、部下からの報告を聞きながら、苦々しげに呟いた。魔力制御盤の評判は彼の耳にも届いており、その影響力の拡大に強い警戒心を抱いていた。


「レオードの若造が後ろ盾になっているようですが、しょせんは成り上がりの商人。技術を持っているのは、あの異邦人…マキナ・コウとかいう若者だけのようです」

「ふん、ならば潰すのは容易い。まずは、あの忌々しい箱の信用を失墜させるのだ」


ゲルハルトは、様々な妨害工作を画策し始めた。


最初に起こったのは、流通する素材への圧力だった。魔力制御盤の重要な部品である雷銀や竜銅などの特殊な金属が、市場から姿を消し始めたのだ。ゲルハルトが、懇意にしている鉱山主や卸売業者に圧力をかけた結果だった。


「コウさん、困りました! 雷銀が全く手に入りません! これでは遮断機が作れません!」


エリアナが悲鳴に近い声を上げる。工場の生産ラインは停止寸前に追い込まれた。レオードが奔走し、他のルートからの調達を試みるが、ゲルハルトの影響力は予想以上に大きく、困難を極めた。


「くそっ、ゲルハルトめ…汚い手を使いやがる」


レオードが悪態をつく。俺たちは、代替素材の研究を急ピッチで進めるしかなかった。幸い、バルカス様の助言もあり、いくつかの代替案を見つけることができたが、性能やコスト面では雷銀に劣るものだった。


次にゲルハルトが仕掛けてきたのは、技術的な妨害だった。設置された魔力制御盤の一部で、原因不明の誤作動や故障が報告され始めたのだ。調査すると、特定の魔術的な波長による干渉を受けていることが判明した。ゲルハルト配下の魔術師が、遠隔から妨害工作を行っているらしかった。


「なんて卑劣な…! 人々の生活を危険に晒してまで!」


エリアナが憤慨する。俺はすぐに対策に取り掛かった。制御盤の筐体に魔術的な干渉を防ぐシールド加工を施し、内部回路にもノイズフィルターのような機構を追加した。幸い、俺の電気工学の知識と、バルカス様の魔術的な知識を組み合わせることで、妨害を防ぐことができたが、既存の設置済み制御盤への改修作業に追われることになった。


さらに、ゲルハルトは政治的な圧力も強めてきた。魔術師ギルドや貴族院を通じて、「平民が作った得体の知れない装置」の危険性を訴え、魔力制御盤の設置に厳しい規制を設けようとしたのだ。安全基準の策定という名目で、意図的に達成困難な基準を設けたり、許認可のプロセスを遅延させたりといった嫌がらせが続いた。


「このままでは、街区全体の魔力網計画どころか、事業そのものが潰されかねません…」


レオードが苦渋の表情で報告する。俺たちの事業は、順風満帆から一転、大きな逆風に晒されていた。工場には在庫が積み上がり、従業員たちの間にも不安が広がり始めていた。


「諦めるわけにはいかない…!」


俺は拳を握りしめた。ここで引き下がれば、ゲルハルトたちの思う壺だ。そして、魔力制御盤がもたらすはずだった、人々のより良い生活も実現できなくなる。


「エリアナ、バルカス様、レオードさん。俺たちで、この状況を打開しましょう。俺たちの技術が、まがい物ではないことを証明するんです」

「はい!」

「うむ」

「…ああ、やるしかないな」


エリアナ、バルカス、レオードが力強く頷く。俺たちは、ゲルハルトの妨害に屈せず、技術の優位性と安全性を証明するための反撃を計画し始めた。それは、エールブルグの未来を賭けた、大きな戦いの始まりだった。


***


**第七章:光と影の対決、そして未来へ**


ゲルハルトの妨害は執拗だったが、俺たちは諦めなかった。レオードは持ち前の交渉力と情報網を駆使して、ゲルハルト派閥に対抗する貴族や商人たちを味方につけ、政治的な圧力を跳ね返そうと動いた。バルカス様は、その深い知識で魔術的な妨害への対策を助言し、時には自ら防護結界を張ってくれることもあった。エリアナは、製造現場のリーダーとして、品質管理を徹底し、従業員たちの士気を高め続けた。そして俺は、さらなる技術改良と、ゲルハルトの不正を暴くための証拠探しに奔走した。


転機となったのは、王都で開催されることになった「次世代魔道具技術展覧会」だった。これは、王国全土から最新の魔道具や技術が集まる大規模なイベントであり、王族や有力貴族、各ギルドの代表者たちが臨席する重要な機会だった。レオードはこの展覧会で、魔力制御盤の大々的なデモンストレーションを行い、その革新性と安全性を公の場で証明しようと計画したのだ。


「ゲルハルトも必ず会場に来るはずだ。奴の目の前で、我々の技術の優位性を見せつけてやろう」


レオードは不敵な笑みを浮かべる。俺たちは、この展覧会のために、最新型の魔力制御盤と、それによって実現される未来の生活をイメージした展示ブースを準備した。街灯の一括制御システム、工場の自動化ラインの模型、そして一般家庭の魔力利用を快適にするデモンストレーション。


展覧会当日、会場は多くの人々で賑わっていた。王族や貴族、魔術師、商人、そして一般市民。誰もが新しい技術に期待の眼差しを向けている。俺たちのブースも注目を集め、多くの来場者が足を止めて説明に聞き入っていた。エリアナが、流暢な説明で制御盤の仕組みと利便性を解説し、俺が技術的な質問に答える。


「素晴らしい! これがあれば、毎日の面倒なマナ込めから解放されるのか!」

「安全性も高いと聞く。ぜひ我が領地にも導入を検討したい」


好意的な反応が多く、俺たちは手応えを感じていた。しかし、ゲルハルトが黙って見ているはずはなかった。


デモンストレーションの最中、事件は起こった。俺たちのブースに設置された、街灯制御システムの大型制御盤が、突然火花を散らして異常な音を立て始めたのだ。会場が騒然となる。


「見たまえ! やはり危険な代物だったのだ! あのような鉄の箱に、聖なるマナの流れを委ねるなど、冒涜も甚だしい!」


ゲルハルトが、ここぞとばかりに大声で叫ぶ。彼の配下の者たちが、事前に制御盤に何らかの細工をしていたのだ。会場には不安と不信の空気が広がり、俺たちのブースに向けられる視線が厳しくなる。


「くっ…!」


俺は咄嗟に制御盤に駆け寄り、内部を調べる。巧妙に仕掛けられた、微細な妨害術式が発動していた。通常の安全装置では検知できない、悪質なトラップだ。


(まずい、このままでは…!)


その時だった。


「慌てるでない、若いの」


声の主は、いつの間にかブースに来ていたバルカス様だった。彼は冷静な目で暴走する制御盤を見つめ、杖を軽く掲げた。


「邪なる細工は、打ち払うまでよ。『浄化パージ』!」


バルカス様が呪文を唱えると、制御盤から放たれていた不快な魔力の波が霧散し、装置は急速に安定を取り戻した。会場から、どよめきが起こる。


「なっ…! バルカス殿、なぜ貴殿が奴らに肩入れを…!」


ゲルハルトが驚愕の声を上げる。


「ゲルハルトよ、お前の小細工は度が過ぎたようじゃな。儂はただ、真に価値ある技術が、私利私欲のために葬り去られるのを見過ごせんだけじゃ」


バルカス様は、威厳に満ちた声で言い放った。元宮廷魔術師であり、魔術界の長老でもある彼の言葉は重い。会場の空気は一変し、今度はゲルハルトに疑惑の目が向けられる。


「それに」と、俺は続けた。「この程度の妨害工作で、私たちのシステムが完全にダウンすることはありません。見ていてください」


俺は、予備の回路に切り替えるスイッチを操作し、バックアップシステムを起動させた。制御盤は完全に正常な状態に戻り、街灯システムのデモンストレーションは滞りなく再開された。さらに、俺はゲルハルトが仕掛けた妨害術式の痕跡を解析し、その悪質な手口を会場の人々に説明した。


「このような卑劣な手段を使ってまで、我々の技術を貶めようとする。一体、誰が利を得るのでしょうか?」


俺の言葉に、会場の人々はゲルハルトを非難するような視線を送る。彼の顔は怒りと屈辱で赤く染まっていた。


決定打となったのは、レオードが用意していた「証拠」だった。彼はゲルハルトが鉱山主や卸売業者に圧力をかけていた際の密約書や、妨害工作を指示した際の通信記録(魔術的なもの)を入手していたのだ。それらが会場で公表されると、ゲルハルトの悪事は完全に白日の下に晒された。


「ゲルハルト! 貴様、ギルドの名を汚すだけでなく、王国の発展を妨げるつもりか!」


臨席していた王族の一人が激怒し、その場でゲルハルトの拘束を命じた。彼の権力は失墜し、長年にわたる悪行に終止符が打たれた。


この事件により、魔力制御盤の安全性と有用性は、王国中に広く知れ渡ることとなった。妨害がなくなり、王家からの後押しも得られたことで、俺たちの事業は再び急速な発展を遂げた。


エールブルグの街には、計画通り魔力供給ネットワークが整備され、街灯は夜通し安定した光を放ち、各家庭や商店では、人々が手軽に魔道具を使えるようになった。工場の生産性は向上し、新しい産業も生まれ始めた。俺たちの魔力制御盤は、人々の暮らしを豊かにし、社会を変える原動力となったのだ。


俺は「異世界の盤屋」として、あるいは「魔力インフラの父」として、多くの人々から感謝され、尊敬されるようになった。エリアナは、マキナ工房の重要な柱として、製造部門をまとめ上げ、多くの後進を育てた。いつしか俺たちは、仕事上のパートナーとしてだけでなく、人生のパートナーとして、互いをかけがえのない存在だと認識するようになっていた。


バルカス様は、時折工房に顔を出しては、俺たちの新しい技術に目を細め、助言をくれた。レオードは、シルクロード商会を王国屈指の大商会へと成長させ、俺たちの技術をさらに広範囲へと普及させていった。


異世界に転生し、途方に暮れていたあの日から、ずいぶんと遠くまで来たものだ。制御盤への情熱が、俺をこの場所まで導いてくれた。そして、エリアナをはじめとする、多くの素晴らしい仲間たちとの出会いが、それを可能にしてくれた。


俺たちの挑戦は、まだ終わらない。より安全で、より効率的な魔力利用を目指して。そして、この世界のさらなる発展のために。


空を見上げると、かつて見慣れた都会の空とは違う、どこまでも青く澄み渡った異世界の空が広がっていた。その下で、俺は確かに生きている。制御盤屋としての誇りを胸に、愛する人々と共に、未来を築いていくのだ。


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