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福利厚生

 今年の正月特番完結です。お読みいただきありがとうございました。

 次回からマーク君の学園生活再開します。

 ダイソン球はとにかく巨大だ。普通の惑星であれば、とんでもない重力で自壊してしまうほどに。


「天津箱舟から地上に降りた当初は、生存圏の確保が最優先だった。山脈に囲まれた窪地をシェルター代わりに呼吸可能な大気を()めて、酸素濃度を一定に保つことから始めたと伝わっている。惑星全体で呼吸可能になるまで三世代、ざっと百年かかった。天津箱舟からの酸素供給が不要になるまで、さらに千年だ」


 天津箱舟に搭載された過去の叡智は利用不可。自給自足で立ち上げた文明では、おのずと限界がある。

 微生物から肉食獣までそろった生態系が完成して、草原と大森林が広がっても、人類の生存圏はごく限られた範囲に留まった。


「その頃には、天津箱舟は御伽噺になっていた。この世界に命をもたらした存在など荒唐無稽、消えた歴史、忘却の彼方だ」


 教官の言葉に、講習会に参加した近衛騎士たちは大きく(うなず)いた。

 数時間前まで、御伽噺としか思っていなかった彼らだ。

 いや、床に広がる惑星を見てすら、信じられないという思いが先に立つ。


「例外が我々だ。我々にはこの塔載艇が残されていた。天津箱舟が実在すると証明するれっきとした証拠だ」


 言われて、スウェン・カスターは広間を見渡した。

 材質すら分からない壁。見慣れない形状。継ぎ目も釘の跡も見当たらない。そして床。


「天津箱舟の乗組員の子孫である以上、船の操縦技術を継承する責務がある。いつの日か天津箱舟に手が届いても、動かし方が分かりませんじゃ意味がない。訓練用の塔載艇を持ち出したはいいが、大きな問題があった。塔載艇は乗組員しか操縦できない。乗組員の登録が出来ず、無用の長物に成り果てた歴史がある」


 教官はクスリと笑った。

「卿らの疑問は(もっと)もだ。今、なぜ(そら)()べるのかだろう。順を追って説明する。まあ、聞け」 


「天津箱舟には、様々な仕事を疑似体験できる子供用の遊具施設があった。そこは(くだん)のテロ被害を受けていなかった。そこの訓練用シミュレーターなら持ち出せたわけだ。かなりの簡易版だが、一通りの操縦技術は習得できる仕様だった」


 シミュレーター? 何だそれ。

 そう思ったら、教官と目が合った。ヤバい。口に出てたか。


「シミュレーターは、そうだな。訓練用の木馬と言ったら分かるか。本物の馬と同じ大きさで、細部までそっくりに作り込まれた彫刻を思い浮かべてくれ。走らせることは出来ないが、鞍や手綱を付けたり、(またが)って姿勢を正したりは出来るだろう」


 それならまあ、想像できる。


「ただし、元が遊具だ。利用料金が掛かる。なのに天津箱舟と切り離されたせいで、料金支払いの方法が無くなってしまった。抜け道は一つ。乗組員の福利厚生として、本人の三等親までの血縁者なら無料で利用できた。実際は三等親でなくても、遺伝子の一致率、つまりは血の濃さが基準に達していればよかった」





 長い長い歳月。本物の塔載艇を動かせる当てもなく、技術だけを儀式のように継承することに疲れ、多くの血筋が薄まり消えて行った。


 このままでは継承が途絶えてしまう。危機感から、血統保持を目的とした貴族制度が作られた。それが二千年前。

 デルスパニア王国の建国だった。


 船長の子孫が王家。

 幹部乗組員の子孫が公爵家。

 一般乗組員の子孫が侯爵家。


 血統維持のための貴族制度。

 貴族制度を維持するための封建社会。

 封建社会を維持するためのデルスパニア王国。


 どの国よりも長い歴史を持ち、大国として君臨してきた背景には、口伝で伝えられた天津箱舟の叡智(えいち)があった。


「シミュレーターで訓練すると、上空からの絵を見ることが出来る。国境のない大地を見下すんだ。我が国でクーデターが起きない一番の理由だろうな」


 世俗の権力争いがちっぽけに思えてしまうから。


 言葉にならなかった言葉を、スウェン・カスターはしっかり受け取っていた。


「さて、我が国で最重要なのは、近衛騎士だ。別名、天津箱舟乗組員見習い。操縦技術を継承する唯一の集団だ。王家が滅びても代わりの王が立つ。近衛騎士が全滅すれば二度と天津箱舟を操縦できなくなる。そうなれば建国の理由と理念が失われる。ここまで理解できたな」


 それは分かったけど。

 騎士爵でしかない僕らが近衛騎士になってるのは、なんでだ。


「先日、聖女様が現れた。聖女様は失われた天津箱舟との絆を結び、再び乗員登録が出来るようにして下さった。聖女様は今上(きんじょう)の天津箱舟船長閣下だ」


 は、はああぁぁ。


「船長の子孫でしかない国王より、聖女様ははるか上。我ら近衛騎士を全員正式な乗組員として登録して下さった。分かるか。先祖代々の悲願だった塔載艇の操縦ができるようになったのだ。それにもう、血統に(こだわ)る必要は無い。貴族制度も封建社会だって過去の遺物に出来る」


 いや、待って待って。


「五千年にわたって停滞していた惑星開発プログラムを推し進められる。新しい社会、人類繁栄、これぞ我らの本懐」


 教官、何かハイになってませんか。落ち着いてください、どうどうどう。


「それには圧倒的人手不足。正規の乗組員を早急に育成せねばならん。心配するな。もはや血統は必要ない。この講習が終われば、全員乗組員として登録する予定だ。表向きは近衛騎士のままだが、任務は多岐にわたる。期待しているぞ」








 

 王家と高位貴族が自らの特権を放棄するという異常事態は、社会の大転換を起こした。 

 その只中に居た近衛騎士たちの混乱と困惑は、スウェン・カスターの残した手記に詳しい。


 ここ、試験に出ますからね。しっかり勉強するように。





 長くなりました。

 書いてて、フリーズ。回復待ってたらブラックアウト。再起動する羽目になりました。

 ページの回復が成功して、本当によかったです。


 参考文献 彼男シリーズ本編

   第四章 近衛騎士は驚愕する

   第六章 ミリアちゃんの船長権限

   第八章 軍需は産業革命の夢を見るか


 お星さまとブックマーク、よろしくお願いいたします。


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― 新着の感想 ―
PCは情報量に圧倒されたスウェン君に引っ張られたんだよ 多分
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