表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

薄紅色の卒業証書

 日一日と暖かくなる3月。

 ここは心療内科・黒石クリニックの2階にあるデイケアスペース。メンタルを病んだ人たちが様々なプログラムをこなして職場復帰に備える場所だ。

「よっ」「おはよう」「早いね」

 橋本さん、上野さん、木山さん。先に来て机でだべっている、クラスメイトのようないつもの仲間たち。

 約2年、ほぼ毎日通ったこの施設もそろそろ卒業する頃合いだ。

 じわりと涙が滲んでくる。卒業したらきっともう、この人たちと会うことはない。

 俺は熱くなった目頭を押さえながら非常口から外の階段に出る。

 すると階段では、四十がらみで頭はボサボサ、黒縁メガネの男性が電子タバコを吹かしていた。

「どうしたんですか、村田さん」

 このクリニックの院長・黒石先生だ。

「いや、何でも……」

 戸惑う俺。

 少し涙を乾かしてこよう。

 俺は階段を降りた。

 と、1階の診療室から出てきた一人の女性と鉢合わせになる。 

「あ、村田さん。今日は遅刻してないですね。えらいえらい」

 女性職員の堀さんだ。このデイケアのオアシス的存在だと密かに思っている。

 卒業しちゃうと、もうこの人とは会えなくなる。

 いつまでもここにいるわけにはいかないけれど、でも、この人とは別れたくないなぁ。

 俺はとっさにスマホを出した。

「ね、堀さん。連絡先、教えてくれませんか」

 困ったような顔をする堀さん。

 ああ、そうだよな。俺なんかと仲良くなったって何のメリットもないよな。

 そうさ、どうせ俺なんて……。

 時が止まる。

「困りますね、村田サン。ルールは守ってもらわないと」

 黒石先生だった。

「第一、堀さん嫌がってるじゃありませんか」

「私嫌がってなんか……」

 戸惑う堀さんの声。

 ああ、わかってる。わかってるさ。だったら……。

 先生の黒縁メガネの奥の瞳を、俺はギリっと睨んだ。

「だったらどうしたらいいんだよ」

 俺は先生の白衣の両肩を掴んだ。

「助けてくれよ、先生だろ!」

 俺の目から堪えていた涙がぽたりと落ち、地面に黒い点を描く。

 先生は俺の手に自分の手を添え、優しく笑った、ような気がした。

「これでいいんですよ」

「え?」

「最後まであなたに欠けていたチカラ、それは『自分の思いを言葉にすること』『人とぶつかること』そして『助けてほしいと言えること』」

 先生はメモ帳を取り出して何かを書く。

「来週から思い切って薬の量を減らしますか」

「それってつまり」

「おめでとう。卒業です」

 早咲きの桜の花びらが、俺の頭にふわりと乗った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ