世界樹
朝日が世界を照らし出した。
オレたちは再びロボに乗って空へと駆け上がった。
そしてオレは自分がとてつもなく巨大な世界の中の小人であることに気づいた。
何もかもがデカい!
森の木々はアルタミラ辺りのそれよりさらに数倍も背が高い。
その巨木の作る森の上に巨大な竜が頭を突き出している。
あっちに頭が見えてるのは、あれは象か? あっちを動いてる頭は牛? か?
そしてさらに巨大な建築物がそびえ立っている。
飾り窓のついた尖塔は森の木よりさらに高く天を目指して立っている。
苔と蔦に覆われた石壁が朝日を遮り影を落としている。
森に埋もれたこの遺跡はどうやら昔の、古王国時代の王城みたいだ。
オレが野営したのはその城の中庭だった。
古王国崩壊後にここまで到達した人類はオレたちが初めてだろう。
しかしその城すら霞むほどの存在がそこにはあった。
ウィナも目をまんまるにしてポカンと口を開いている。
「なんだこりゃ……」
『どうだ?』
ロボは得意げな顔だった。
昨夜は暗くて気づかなかった。でも気づかなかったのがおかしいくらいだ。
遺跡のはるか北側に聳え立つ一本の巨木──いや、巨木なんて言葉ではこのスケールは表せない。
幹の太さはどれだけあるのか見当もつかない。
木の太さの表現でよく「大人の腕で何人分」なんて言い方をするけど、そんな言葉ではとても言い表せない。
あえて言うなら訓練場のトラック一周分だ。いや、もっとかな?
梢の先は見上げる遥か彼方で雲を貫いている。
枝葉ときたらウェスタの町の二つ三つ、いや五つ六つ、七つ八つ──とにかくたくさん! 余裕で覆い隠せてしまうだろう。
この大きさを表現するなら世界だな。世界樹だ。
『これが「強い者と戦いたければ日の昇る方へ向かえ」と我に教えたのだ』
「何言ってるんだよ。木がしゃべるわけないだろ」
その木へ近寄りながらロボが与太話をした。
こいつは時々わけのわからないことを言う。
「……なんだ?」
オレは目を細めてそれを眺めた。
巨大な木の枝の上に黒と灰色の入り混じった得体の知れないモノが留まっていた。
虫? いや、見た瞬間そう印象を受けたが、全然形が違うな。
そいつらは妙にカクカクしていた。エセ芸術家の作った、斬新をはき違えたカニや蝶の機械のようなフォルムだ。
どう見たって生き物じゃないが金属的な感じもしない。素材は不明、そしてひとつひとつ全部形が違う。
とにかくその形容しがたい存在は近づくオレたちに気づいたようだ。
そして気づくと同時に襲ってきた!
木のあまりの巨大さのせいでスケールを見誤っていた。
デカい。近くで見るとそいつらはロボよりデカかった。
「ロボ!」
『うろたえるな臆病者め! あの程度、我の敵ではない!』
次の瞬間無数のマナバーストがわけのわからん連中を貫いていた。
全弾命中だ。
そいつらはロボの一撃で霧散して消えた。……やっぱこいつ強ぇー。
「──っ……!」
突然、頭の中に衝撃が走った。甲高い音が弾けるような感覚だ。
呼ばれた。オレはそう直感した。
その木から『こちらに来て』という強い意志を感じた。
「ロボ、あの木に近寄ってくれ」
『言われずともそのつもりだ』
木は近くだと幹の端すら見えなかった。ここまでデカいと木だか崖だかわからんな。
オレはロボに横づけさせてゴツゴツした幹に触れた。
「な、なんだ?」
頭の中に何かが流れ込んでくる。
木は意志を持っていた。言葉じゃない、イメージでもない。それでも意志を持って語り掛けてきた。
言葉に訳せば『あなたを待っていました』というところだ。
『そのためにフェンリルをそそのかした』とも。
「……何故オレを?」
木は言葉によらず語った、『自分と意志を交わし合い、そして自分の望みをかなえられる存在を待っていた』のだと。
つまりテイマーを、だ。
その木は長い長い樹生の始まりに──十五歳の誕生日に神から【世界樹】のジョブを授かった。
オレが直観した通りのジョブだ。
世界樹はそのジョブとスキルをもって世界を木々で満たそうとした。
一夜にして古都を森に変え、十日を待たずして人の世界を緑で埋め尽くした。
古王国の滅亡はこいつのせいか……。
しかし世界樹は長く生きすぎた。
強くなりすぎたスキルを使うたびに生まれる世界のひずみが樹を蝕んでいる。
それがさっきの変な奴らだ。
『もしそのよどみを祓ってくれるのなら、代わりにあなたの望むものを何でも授けましょう』──世界樹はそう伝えてきた。
……と言われても、オレにも家族と生活とがあるんだが。
世界樹の意図するところはつまりさっきのアレと戦えってことなんだろうけど。
そりゃまあティナとロボがいれば戦うことはできるだろうけど、そのためにはせっかく作った村を放棄してここに住まなきゃならなくなる。
「もし、それをしなかったら──どうなる?」
しかしそれに答えたのは世界樹ではなかった。
突然オレの意識は現実から切り離されて花と香りと妙なる楽の音に満たされた空間に移動していた。
そして降り注ぐ柔らかな、しかし色とりどりの光と共に降りてきたそいつはオレに具体的なイメージを見せた。
その光景の中で世界樹は枯れ果てていた。
周りの森もだ。世界樹の力で支えられていた森はすっかり荒廃して、白く枯れた骸骨のような立ち木に満たされた大地が世界の果てまで続いていた。
森の恵みに支えられていた動物やモンスターたちも無惨な屍をそこかしこに晒していた。
森が力を失って人々は喜んでいただろうか? とんでもない! 森の外の土もまた地力を失って、農作物は全て真っ黒に枯死した。
大量の餓死者の発生、そして残されたわずかな食料を巡って起こる最終戦争──
それは世界の終焉のヴィジョンだった。
「……どうすりゃいいんだ」
『それはあなた次第です。その意思と人格と才能のために、あなたに【テイマー】のジョブを授けたのですから』
意思? 十五歳のオレってそんな大それたこと考えてたっけ?
『この状況下でのテイマーは終わりへと向かう人類の生の流れを逆転させる力です』
「いや、そんなこと願ったっけ? まったく覚えがないんだけど!」
そういや何だか人生一発逆転とかそんなことを願ってたような気はするけど、ちょっとニュアンスが違うと思うんですけど!
『後は全てあなた次第──』
そして去り行く神はオレにテイムとは別の[契約]というスキルを授けてきた。
同時に現実に引き戻されたオレの前で世界樹は嬉しそうに意志の波動を細かく震わせた。
「ちょっと待って、みんなと相談してから──」
ドクン!
遅かった。
否定も肯定もする暇なく、強制的に契約が成立していた。
オレは世界樹のパートナーに選ばれた。
マジかよ……。突然の展開に頭がついていかない。
ゆっくりと振り返ってみる。
王都よりずっと大きな古代都市の跡と、それすら飲み込む果てのない森が見える。
あまりにも広大な景色に頭がクラクラする。
「やらなきゃ世界の破滅か……」
だって、ヤバイことに……。
さっきのあの神という存在は人間の言葉をしゃべっているわけじゃなかった。ロボや世界樹と同じく意志を直接伝えてきていた。
それをこっちが受け取って自分の言葉に翻訳してたわけだが……。
その意志には『別に世界が滅亡しようと関知するところではないが、それを防ぎたいという者がいれば支援するのもやぶさかではない』くらいのニュアンスが含まれていた。
つまり神は何もしてくれない。人間の中に事情を理解して役割を果たす者がいなければ、世界は本当に滅ぶ。
そして今の場合はオレがそれだ。
オレはどうやら世界樹を守り、そしてここを開拓して生きていかなければならなくなってしまったようだ。
「ウィナ……」
「なぁに?」
オレは半ば呆然としながら前に座る娘を抱きしめた。
ウィナのピンクの頭が仰向いてオレを見た。
「お父さん、ここにお引っ越しすることになっちゃったんだ。ウィナはどう思う?」
「ロボはー?」
「もちろん一緒だ」
こいつがいないと多分死ぬし。
「じゃあひっこすー!」
「そうか……ありがとう」
『フフン』
ウィナの耳がピコピコ跳ねた。
前に見えるロボの口の端がニヤリと歪むのも見えた。
クソッ、クソッ……悔しいっ!
誰だったか……そうだ、教官だ。「冒険者と開拓者は表裏一体」と言っていた。
どうやらオレは冒険者も開拓者も辞められない運命らしい。
あー、何てことだ……人生は想像もしないことの連続だ。
その想像もできない未来を切り拓いて生きてゆく──人生は、つまりそのまま冒険だ!
そう、つまり──オレたちの冒険はこれからだ!
これにてこの『外れジョブ【テイマー】~(初期タイトル)』は完結です。
元々10万文字くらいで終わるだろうと高を括って始めた話だったのですが、気づけば倍以上の文章量になっていました。
分量が増えたのもタイトルやあらすじがコロコロ変わったのも、ひとえに先のことを考えていなかったせいです。自分の計画性のなさに呆れます。
読者の皆様方におかれましてはその無計画な話にこんなにも長い間お付き合いいただき本当にありがとうございました。
またいつか次の話でお目にかかれることを願っております。
それではこの度はこの辺りで。
末筆ではございますが重ねて感謝申し上げます。
ご愛読ありがとうございました!




