フェンリル
バルトが駆け寄ってきた。
「どうした!」
「あいつ、【超獣】です……」
呆然としていたオレは問われて反射的に答えてしまった。
バルトも愕然とした。
「ただでさえ最強クラスのモンスターが【超獣】ジョブを……? 未曽有の大災害になるぞ……!」
フェンリルはオレたちに──いや、ティナに視線を据えた。
『熊王も……鷲王も……獅子王も……竜王も……我の敵ではなかった。ヒトの王よ、貴様こそが我に敵すべき唯一のモノ!』
そして弾かれたように飛び出したティナとフェンリルは真ん中で激突した。
「うおっ!」
激震が走った。激突の衝撃がオレたちの体を貫いて大地を揺るがした。
霞む二つの影が上空で行き違い、向かい合い、互いのすべてをぶつけ合っている。
竜人戦の比じゃない、今日のティナは最初からトップスピードだ。もう動きがまったく見えない。
【超獣】と【超獣】の前代未聞の戦いが人知れぬ森の奥で繰り広げられていた。
……お互い何をやってるのかはさっぱり見えない。マナバーストすら速すぎて一瞬の閃光にすぎない。
でも、一方が一方を追い詰め始めているのはわかった。
──駄目だ、あいつにはティナでも歯が立たない。同じ【超獣】でも基礎スペックが違いすぎる。
フェンリルがティナに嚙みついた。何をやっているのか初めて見えた。
ティナはかわした──なのに! 凄まじい激突音と衝撃がオレの耳を貫いた。
瞬発的なサイコキネシスだ! まずい、あいつスキルの使い方までティナより熟練している。
高速で殴りつけられたティナは地面に激突した。
とっさにシャルが息を大きく吸い込んで、放った。ミラクルボイスだ。
フェンリルが大きく口を開いて──嘘だろ、ミラクルボイス!
空中でミラクルボイスとミラクルボイスがぶつかった。
空が歪む、激突の余波にシェイクされてオレたちは全員転がった。森の木々もアルタミラの柵もだ。
壊れた空の上から高い声が轟いた。クソ、笑ってやがる……!
ミラクルボイスじゃ駄目だ、でもシャルには奥の手がある。
こっちを舐めてるうちにやらせてもらうぜ!
「シャル、[奪魂]だ!」
「え、ええ!」
シャルは腰に吊るしていたケースからピッコロを取り出した。
澄んだ音色が恐怖の森に高らかに響き渡る。[奪魂]スキルも同時に発動している。
『ぐっ……』
フェンリルは縛られたように硬直した。
[指向性音波]だ。奪魂がフェンリルだけを直撃している。
フェンリルは硬い体をぎこちなく揺るがしてこっちを見た。表情も苦し気だ。
『その歌を──やめろ!』
フェンリルはシャル目掛けて突進してきた!
でもさっきまでと全然違う、動きが見える。
フェンリルは[奪魂]にあらがおうとして抗しきれてない。明らかに効いている。
アメグリが迎撃に向かった。オレは自分のモンスターを呼んだ。
「ベガ! ドラ!」
二頭は駆けてきた。オレはシャルを抱え上げてベガの鞍の上に押し上げた。
「逃げろ! ドラ、アメリとグリを援護しろ!」
二頭は即座に舞い上がった。
『待て!』
シャルは無心にピッコロを吹いている。
ベガに乗って逃げ回りながら奪魂スキルを使っている。
オレはアルタミラを駆けながら空を見上げた。
アメリのライトアロー──全然効かない、シールドが硬い。
ライトジャベリン──マナバースト──フェンリルのシールドが砕け、苦し気な顔で追撃をかわした。
アメグリは今のところ互角に立ち回っている──奪魂のおかげで戦いになっている。
思考を奪うまではできていないが相当力を抑え込めているぞ、奪魂!
クソッ、ティナが戦ってるときにやっておけば……!
オレも相当気が動転していたらしい。頭が回らなかった。
横からドラのライトニング──駄目だ、柔らかな毛皮の上を滑るように弾かれて霧散した。
──プラズマブレイズ! ぺしん、前足ではたき落された。森の向こうが大爆発した。
うそーん……。
出入り口に着いた。また傾いてしまった門は開きそうにない。通用口も開かない──蹴飛ばしてこじ開けた。
外に出た。広場の真ん中にティナが倒れていた。
「ティナ!」
オレはティナを抱き起した。良かった、息はある。それに強力な回復スキルが働いて、すごいスピードで傷が治っている。
でも、治ったところで……。
宙を探ったティナの手がオレの腕をつかんだ。
「ウィル……」
「ここにいる!」
「──テイムして」
「……何だって?」
「私をテイムして」
「どうして……?」
「テイムされると、強くなるんでしょ? このままじゃ、勝てないから……」
何故そんなことを……。いや、どこかでそんな話をしたような気がする。
でも少し誤解がある。[魔力共有]スキルで魔力を融通できるだけだ。
オレは首を横に振った。
「嫌だ」
「なんで……?」
「ティナのことが好きだからだよ! 好きな子をテイムして言う事を聞かせるなんて最低じゃないか!」
「嬉しい……」
ティナがぎゅっと抱き着いてきた。
「私もウィルが好き。好きだから、お願い! これから先も一緒にいたいから……」
心が揺れた。
オレだってティナと一緒にいたい。デートして、抱きしめてキスして、笑顔が見たい。
でも、そのためには目の前のフェンリルを何とかしないと……。
クソ……他に手段はないのか?
迷っているうちにタイムリミットは迫っていた。
アメリとグリがすっ飛ばされた。ドラもだ。フェンリルがシャルに迫る。
畜生……!
オレはティナを抱きしめた。
「……ごめん」
ティナは首を振って抱き返してきた。
「私がして欲しいの」
テイム──
その瞬間、力が噴き上がった。
ティナの全身から、かつて感じたことのない力が。
髪が光を放って逆立った、というか全身発光している。
柔らかな感触が唇に触れた。
「えへへ……。行くね」
そしてティナは一瞬膝を溜め──次の瞬間暴風を残して姿が消えた。
ガツン! 激突音が響いた。シャルを目前にしたフェンリルの顎がカチ上げられた。ティナの頭突きだ。
仰向いたフェンリルの頭を追い越して顔面の前で宙返り、強烈な踵蹴りの二連発をお見舞いだ!
『ぐああああっ!』
フェンリルの苦痛の絶叫が初めて轟いた。
さらにティナは同じ方向からの左右の回し蹴りを二連発、フェンリルの頭が弾かれて横を向く。
フェンリルは激流の中の木の葉のように翻弄されている。
地上に降りたベガがへなへなと座り込んだ。
「シャル!」
滑り落ちたシャルを受け止める。シャルはオレの手をグッと握った。
「ご、ごめんなさい……。もう魔力が……」
「大丈夫だ」
オレは上空で戦う一人と一匹を見上げた。
フェンリルはまたあの巨体が霞むほどのスピードで動き回っている。奪魂が途絶えた今、フェンリルは本来の力を発揮している。
しかしティナはそれについていっている、負けていない!
相変わらず動きはさっぱり見えないがテイムした今は感じ取ることができる。
百人拳で瞬間だけ惑わし、でもその瞬間で充分! 空振りした前足に取り付いて腕挫ぎ十字固め──外された──いや、外した!
外そうとした動きの隙にフェンリルの背中へ飛びついて上でブレイキン、振り子みたいに弾みをつけて脇腹へ踵落とし!
『ごおっ!』
あれは肋骨が逝ったな? 苦し気に顔を歪めたフェンリルはさかさまになって宙を蹴って地上に自分を叩きつけた。
でも押し潰される前にティナは脱出、腹の上にマウントを取ってパンチ──これはシールドされた。
フェンリルは全身で跳ねてティナを弾き飛ばし後を追う。
回復スキルの光が全身を覆っている。折れた肋骨を癒しているな? でも……。
両者は再び上空へ、凄いスピードで飛び回り互い違いに入れ替わりながらの追撃戦を繰り広げた。
形勢は逆転した。ティナがフェンリルと互角に戦っている──いや、もうティナの方が強い!
スピードもパワーも反射もセンスも先読みもスキルも魔力も互角、でも技術はティナの方が上だ。
シャルが驚きに目を細めた。
「すごい……。一体何があったの?」
「ジョブが変わったんだ」
ティナと深くつながっている今ならわかる。
今のティナはもう【超獣】じゃない。「テイムされたら強くなる」と信じていたためだろうか? テイムした瞬間にティナのジョブは変化していた。
「ティナはもう【超獣】じゃない……。超獣を超えた獣人──【超獣人】だ!」
「そんなのあり?」
「行っけぇー!」
そうだ、力が互角になった今、ものを言うのは積み重ねだ。
半年間鍛え続けてきたティナの技術は伊達じゃない。
逆にフェンリルは今まで苦戦したことなんてないだろう。
ティナはフェンリルを圧倒し始めていた。
『があああああああっ!』
フェンリルが吠えた。
空が割れた。衝撃が走って地上のオレたちは全員がすっ飛ばされた。
「きゃっ」
むぎゅっ、慌ててかばったらオレはシャルに押し潰された。光栄だね!
今のはサイコキネシスだ。
また吹っ飛ばされたティナはしかし今度はきっちりガード、地上スレスレで踏みとどまっている。
大きく開いた口が天を向く。光がたゆたい、ほとばしる。
マナバーストだ──かつて見たことのない規模の!
発射される前から辺り一帯吹き飛ばされそうな威力がビンビンに伝わってくる。
ティナがふわりと着地した。オレは横に立った。
向かい合わせた両手の間に光が生まれる。フェンリルと同じだ。
オレはティナの肩に手を乗せた。
[魔力共有]でティナに魔力を送る。
「行こう」
「うん」
ティナは小さく頷いた。
『全員──滅びよォッ!』
そしてフェンリルは顎を振り下ろし、マナバーストを発射した。地上を、オレたちとアルタミラをまとめて消し飛ばすのに十分なそれを。
でもオレは、オレたちはもう準備も覚悟も完了している。
魔力全開ッ! くらえ、二人の初めての共同作業だ!
「やあっ!」
ティナもまたマナバーストを解き放った。オレの魔力も乗せた、フェンリルのそれを遥かに超えるマナバーストを。
空を覆い尽くすほどのマナバーストはフェンリルのマナバーストも悲鳴もフェンリルそのものも一息に飲み込んだ。
ほどなく光が収まるとそこには何も残っていなかった。晴天に太陽が輝いていた。
フェンリルも雲の欠片も残さず吹き飛ばし、ただ余波が生んだ暴風の吹き荒れる唸りだけが上空から鳴り響く。
……空の彼方から小さな黒い点が落下してきた。
点は次第に拡大しながら嵐を突き抜けてアルタミラ前の広場に激突した。
土煙を上げて地面を穿ったのはフェンリルだ。
オレはクレーターの底に倒れ伏すフェンリルに歩み寄った。
フェンリルは虫の息で小さく痙攣していた。
まあ回復スキルが働いてるんで死ぬことはないだろうけど。頑丈な奴だ。
復活してまた暴れられても迷惑だ。処理しておこう。
「お前はオレのテイムモンスター……モンスター? えーっと、ティナより弱い。つまりオレの下だ! オレに従え!」
──テイム!




