スタンピード
翌朝またエンターで荷物を受け取って出発した。
もうルドルフのことは隠していないので大量の物資を詰め込んだ。
いつも通りテイムモンスターたちに乗って空をゆく。
先頭はアメリ、真ん中にシャルとアイラをガードして左翼がオレ。
「ふふ」
反対側、右翼のティナが口元を押さえて笑っている。
朝からずっと機嫌がいい、というかとんでもなく浮かれていて三人を不審がらせていた。
「うふふ。うふうへへへあはは……。キャッホォ──ゥ!」
ティナはひねりを入れてぐるんぐるん回りながら高いところまで飛んで行ってしまった。
空から見るアルタミラはすっかり新しくなっていた。
マックは相当頑張ったようだ。
櫓の上の冒険者がこっちを見て手を振った。
オレたちもそろって手を振り返して、泉の前の広場に着陸した。
「おお、お前ら! よく来たなぁ!」
「お久しぶりです」
オレは新築なった倉庫に物資を納入した。
それからバルトにあいさつに行ったんだが、途中で顔見知りの冒険者たちに捕まって身動き取れなくなってしまった。
やっぱりマックは頑張ってたみたいでいろんな話を聞かされた。
勝手に外に出て死にそうになった失敗談が多かったけど。
大工の腕の方は重宝されてて棟梁というあだ名がついていた。
帰ったらみんなに教えてあげよう。アメリがらんらんと輝く瞳で不敵な笑みを浮かべていたのは見なかったことにした。
夜までにはアルタミラの真ん中にステージが設営されてて、リクエストでまたライブをした。
シャルは例の新曲を演奏した。爆発するような大騒ぎだった。狂乱と言ってもいい。
「マルフォイ! マルフォイ! マルフォイ! マルフォイ!」
それにしても総員またマルフォイを連呼してるけど、どこに突撃するつもりなんだろう……?
ライブ後、オレはシャルを呼び出した。
帰ったらみんなに教えようとは思っていた。
でもシャルだけには早く話しておかないといけない、そう思ったんだ。
街灯もないアルタミラの宿舎の裏で、月の光を反射してシャルは凍れる宝石のように輝いていた。
「何か用?」
「うん。用というか……」
「何?」
シャルはいつものようにじーっと、猫のようにオレを見つめている。
「その、実は……ティナとつきあうことになったんだ」
「そう」
「え……? そ、そうなんだ」
「そう」
そしてシャルはにこやかにほほ笑んだ。
「良かった。ウィルはそういうことに興味がないかと思ってたから。話ってそれだけ?」
「え? あ、うん」
「そう。それじゃ、おやすみなさい」
シャルは何だか上機嫌で帰って行った。
心配することもなかったのか……?
んん……?
わ、わからない……。シャルが何を考えているのか本当にわからない!
翌朝バルトに呼び出された。
事務所にいるというのでそっちに向かう。途中で会った冒険者たちも事務所の中もまた慌ただしい。
何かあったんだろうか?
バルトはいつものように立ったまま指示を出していた。
お邪魔かな? と思ったんだが、こっちに気づいたバルトは軽く手を挙げた。
「おお、来たか」
「すいません、いつも忙しいところにお邪魔して」
「おかげで助かってる」
「それで、何のご用でしょうか」
「実はな、森の奥からモンスターたちが押し寄せているようなんだ」
「ええっ?」
「それも一斉にだ。メガラがどうなってるか確認に行ったパーティーが命からがら逃げ戻ってきた」
「一体何が起こっているんですか?」
「わからん。今周辺を偵察しているところだ。お前たちも頼む」
「はい!」
オレとティナとアメリは早速飛び立った。
柵と森の間には広い空間があるが、その真ん中辺りにアルタミラを取り囲むように火が焚かれていた。
モンスター避けかな? 焼け石に水だろうが、やらないよりはマシか。
いっそ森を燃やしちまえば──とも思ったんだが、どうもこの森燃えないんだよな。
何故かすぐ火が消える。
メガラ側は確認済み、ミランデラという北西側にある拠点には他のパーティーが向かってる。
オレたちは南西側に向かった。
「……あ、たくさんいる」
前方のアメリが呟いた。[索敵]に引っかかったみたいだ。
オレは[ジョブ看破]スキルを発動した。[スキル看破]と一緒に覚えたんだ。
【ファイター】【ファイター】【ウィッチ】【パラディン】【ウィザード】【ファイター】【スカウト】【ガーディアン】──。
……うわー。木の下に莫大な数のジョブを感じる。森の中を凄い数のモンスターが移動している。
アルタミラの方に向かっているのか? 微妙な方向だ。どっちかというと南西の山の方にズレてる。
ティナならなんとかできるかもしれないが、今は偵察隊だ。報告を優先しよう。
オレたちはアルタミラに帰還した。
「──なるほどな」
テーブルの上の地図にはいくつか矢印型の模型が置かれている。
バルトはオレたちの報告を聞いてそこに矢印を追加した。どうもモンスターたちは全体として北西側から南東側へと流れているようだ。
「ここを目指して進撃しているというわけでもなさそうだな。……しかし放っておくわけにもいくまい。ウェスタに向かったらコトだ」
そしてバルトたちは地図を眺めながらあれこれと相談し合っていた。
ほどなく方針が決まった。
アルタミラを壁にしてモンスターの集団を南~南西側に逸らす。
ウェスタへ向かうにはアルタミラから東へと続くルート、東西から重なり合う山嶺の山裾を縫って進む必要があるからだ。
仮に南東に向かっても、そちら側の山脈へぶつければほとんどはウェスタに向かうことなく樹海の中に散ってゆくだろう、ということだ。
「以前学校の近くまで地竜がやってきたことがあるんですが」
「地竜はまさにその道を通ってきて、学校西の山並みの端で南側に折れ込んだんだろうな。そういうことがないようにするためにここで蓋をしなければならない」
冒険者たちはエンターへ報告に向かうパーティーと迎撃するパーティーに分けられた。
本当はオレたちが行くのが早いんだが、ティナもアメリも貴重な戦力だ。そちらへ割くことができなかった。
「来るぞー!」
斥候を務めていた冒険者が全力で逃げ戻ってきた。
選ばれたパーティーが交代で前線に立って迎撃に当たった。ティナだけは出ずっぱりだけど。
ティナがいるだけで普通のモンスターは近寄って来ないからだ。来るのは竜類だけだ。
ティナは絶好調だった。[サイコキネシス]でちぎっては投げちぎっては投げ、パーティー十個分くらいの働きを一人でしている。
ズシン。地響きが轟いた。
ズシン。重い足音と共に梢が揺れた。
「オッ、オワアアアッ!」
「オッ、ヤッベ!」
森の際にいたパーティーが慌てて退避した。
そしてアルタミラの巨木の森のその上にそいつは頭を突き出した。
デ、デッケエエエッッ!
巨大、巨大すぎる! 背は森の木より高く頭はアルタミラの小屋より大きい、あまりにも巨大な竜が姿を現した。
「しゃあっ!」
瞬間、ティナが飛び出していた。
一瞬で巨竜の前へ、そして巨体を支える右脚に火を噴くようなローキック一閃!
凄まじい断裂音が響いた。つんざくような悲鳴を上げて巨竜は倒れた。
蹴られた脚が開放骨折してる、立てない。
巨竜はキック一発で沈んだ。
ジタバタもがく竜の巨体がうまい具合に壁になってる。
「ウッソだろ、おい……」
「スッゲ……」
冒険者たちは半ば呆れ気味だ。
うーん、今のティナは以前のティナより確実に強い!
一方オレたちは空を飛ぶモンスターの迎撃だ。
アメグリがメイン、シャルに後ろに乗ってもらってオレたちが支援する。
空を飛べる奴の方が自由度が高いんだろう。こっちに来ないでてんでバラバラに飛んで行く姿が遠目に見える。
それにしても凄い数だが。頭を使っている暇がない、近寄ってくる奴らを片っ端から叩き落とす。
そうやって半時間くらい戦っていたが先にオレたちが降りた。
交代で休憩だ、少し休んだらアメリと代わろう。
たき火の内側に降りてドラに水を取らせた。オレも浴びるようにして飲んだ。
しかしヤバいな……。今のところなんとかなってるが、数が多すぎる。後が続くか心配になってきた。
「……ん? 何だ?」
アメリの動きが変わった。森の上の同じところをグルグル旋回している。
いや、ちょっとずつこっちに近づいてるな……?
そして森の端から冒険者の一団が吐き出されてきた。あれを守ってたのか。
──あ、あれは竜滅の白刃隊の人たちだ!
以前オレたちに挑戦しに来たパーティーだ。北西側に行ってたってのは彼らだったのか。
竜滅隊はたき火の上を飛び越えてバラバラに駆け込んできた。
オレはドラを降りて彼らより先にアルタミラの通用口を叩いた。
「開けてくれ! 避難者だ!」
通用口が慌てて開いて、オレと竜滅隊は引っ張り込まれた。
白湯の支給を受けながら彼らは震えていた。
恐ろしいものを見たのだという。
「……巨大な白い狼とさらに巨大な黒い竜が戦っていた」
「モンスター同士が争っていたのか?」
「ああ。他のモンスターはその戦いから逃げるように移動していた」
「そいつらが元凶か」
竜滅隊の前衛は首を振った。
「そいつら、じゃない。そいつ、だ。白い狼だ。狼が竜を圧倒していた」
「あの狼は、多分話に聞くフェンリルだ」
「フェンリルだと……?」
それはもっとずっと奥の方にいるはずのモンスターだった。
冒険者たちによればかつて人類の誰も、冒険者でも軍隊であっても勝ったことがないという伝説のモンスターだ。
注進を受けたバルトもまた首を振った。
「それは無理だ。我々では対抗できない」
そしてバルトは沈痛の面持ちで指示を下した。
「アルタミラを放棄する。撤退だ。我々もだが、ウェスタ市民の避難を急がなければ」
それからの動きは迅速だった。
あるだけの薪を燃やしてアルタミラの周りに炎の壁を作って、冒険者たちは順次去って行った。
しんがりはオレたち、というかティナだ。
ウェスタの避難が完了するまでの時間を稼がなければならない。
こんな可愛い女の子に命運を任せるなんて……。
責任者として残っていたバルトは心底苦しそうだった。
「学生にこんなことを任せるのは本当に心苦しいが……仕方ない。フェンリルと戦える可能性があるのはティナしかいない」
「みんなも逃げていいよ」
「オレは残るよ」
「私も」
「私もよ。……怖いけど」
「パーティーだもんね」
「みんな……ありがとう」
アルタミラの真ん中でオレたちは待った。
オレの隣にティナ、反対側にシャル。シャルの隣にアイラ。アメリはグリと一緒に上空から監視だ。
でも、絶え間なく押し寄せていたモンスターの姿はもうどこにも見えない。
あんなにたくさんいたのに、何かを恐れるように逃げ去っていた。
「来た……!」
グリに乗りっぱなしのアメリが上から叫んだ。
オレにも見えた。そいつは空を駆けてきた。
迷いがない。高速でまっすぐにやってくる。
そしてそいつはアルタミラの上空に屹立した。
巨大な狼だ。全身が真っ白な毛で覆われて、空の上で日の光が透ける姿には神々しさすら感じる。
しかしそんな見た目の神々しさなんか吹っ飛ばしてしまうほどの凶悪な存在感があった。
全身に力が満ち満ちていた。体毛の一本一本の先まで。あの繊細な毛の一筋でもオレを貫くには充分だろう。
目が合ったら次の瞬間に食い殺されていそうな凄まじい殺気を放っている……空気がビリビリする、足が震える。
アイラはへなへなと座り込んでしまった。
『見つけたぞ……』
巨大な「声」が頭の中に直接とどろいた。実際にしゃべってるわけじゃない、こっちが勝手に翻訳してるだけだ。
フェンリルは[意思疎通]スキルを使っている。
オレはとっさに[ジョブ看破]スキルを使った。
使うんじゃなかった。愕然とした……。
「バカな……!」
そいつのジョブは【超獣】だった。




