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日常の終わり

 オレは突如窮地に陥っていた。

 柔らかな緑の香りと午後の光の差し込む寮の部屋で片隅へと追い詰められていた。


 だって、目の前で、ティナが、ティナが……


 ----------


 前にも言ったように、退学になって寮を退去させられたレインはうちに住み着いている。

 住むところがないと学校に訴えたらここなら黙認すると、言明はされなかったが言外に示されたので厚意に甘えている。


 でもまあ、男二人の同居生活というのも案外悪いもんじゃない。

 メシはうまいし暇なとき遊べるし言うことなしだ(レストランの仕事がない時には気を使ってかメシを作ってくれる)。


 休日の前になると学校から他の連中も遊びに来る。

 彼女いない組ばかりだけど。


 いる奴らも「たまには遊びに来ないか」って誘ってみるんだが……。

 彼女がいたら休日は忙しいよな。レパードもマルスもまだ一、二回しか来てない。

 ルークなんか彼女が二人もいるとなかなか体が空かないようで、一回も泊りに来たことがない。

 モテすぎるのも考え物だな。


 今日はマックのお疲れ様会だ。

 半月も向こうで頑張ってたからな。オレたちより大変だ。


 主役を上座に据えてつらつら慰労の言葉を述べて、オレはコップを掲げた。


「──というわけでお疲れ様でした! マックの奮励努力を賞して、乾杯!」

「カンパーイ!」


 誰かが持ち込んだ酒で乾杯!

 オレが下手なギターを弾く中マックは苦労話を語った。ほとんど愚痴だったけど。


「……本当に辛かったんだよおおお! 娯楽がないから休憩中もイスとか作りまくってたし。もう俺ニンジャより家具屋の方が得意だよ。当分大工はやりたくねーよ……」

「いやー、でもめったに行けるところじゃないだろ? 貴重な体験じゃねえ?」


 恐らく今後一度も行くことのないレインが羨ましそうに言った。


「行けるところじゃないって言ってもほとんど中に引きこもってたし! 意味ねー」

「なんでよ」

「だって一人で外に出ると即襲われるんだよ、あそこ……。誰かが外出した時にくっついていくしかねーんだよ。でもプロにはそんなことお願いしにくくて……。あそこにいるのって一線でバリバリやってる年上のプロばっかだぜ? 話は合わないし全然気が抜けないし、本当にキツかった……」

「アメリいただろ」

「アメリはあっち側の人間なんだよ! アルタミラじゃ人気者で帰りたくないとか言ってるし。マッピングも戦闘も嬉々としてこなしてておだてられて調子に乗りまくってたし。毎日『そろそろ連れて帰ってくださいお願いします』って土下座してたんだよぉ!」


 アメリ……。うん、まあ、光景が何となく目に浮かぶ。


「でも『えー、どうしようかなー』なんてじらすばかりで一向に帰ってくれないし。俺の息抜きって言ったらゴミ捨てについていくくらいしかなかったんだよ」

「ゴミ捨て?」

「何だそりゃ」


 あー、そうか。みんなは知らないか。


「それはな、アルタミラでは生ゴミを近くに捨てるとモンスターが寄ってきて困るんで遠くに捨てないと──なんだけどな。ゴミは臭いし重いしモンスターは来るしで、みんなが嫌がる危険任務だったんだよ。ところがアメリはほら、グリで飛べるだろ? 楽に遠くまで捨てに行ってくれるから冒険者たちがアメリ様々で拝んでるんだよ」

「そう。俺も拝み倒して後ろに乗せてもらった。頭の下げっぱなしだった。おかげで明日はおごらなきゃならないんだ。連れて戻ってもらったお礼で……」

「おー、デートか」

「そんなんじゃないって! あいつメチャ強いし……。一度アルタミラに甲竜が現れたんだけどな? バリスタも弾く硬いやつ。あいつすげえマナバーストでひっくり返して腹の柔らかいところを攻撃して簡単に仕留めてたよ。デートじゃなくて上司のご機嫌取りだよ。聞いたらあいつアルバ育ちだって言うのに、何であんなに冒険者に適応してるんだよ……」

「アルバ出かー」

「そりゃ気取った店に連れてかないとだな」

「金ある? 貸そか?」

「……うん、頼む。向こうで頑張ったからって特別褒賞が出るとは聞いたけど、すぐにもらえるわけじゃなさそうだし。いくらくらいになるかもわからないし」

「まあ頑張れ。アメリを何とかできる男はお前しかいない」


 そうからかったら睨みつけられた。


「アメリよか怖い子ナンパした男に言われたくねーぞ!」

「何のことやら。それよりレイン、あれからどう?」


 先日レインは勤め先のレストランに気になってる子がいると言っていた。

 何度か会ったことがあるポニテのウェイトレスだ。


「少しは仲良くなれた?」

「会話はしてるよ」

「デートは?」

「……誘う勇気が出ない」

「何でだよ、普通に誘えばいいだろ」

「できるか! 逆にお前、何であんなスパスパ行けるんだよ」

「スパッとは行ってねーよ。普通に会話してたらそういう雰囲気になるだろ」

「なんねーよ」

「何でだよ。……お前まさか、仕事の話しかしてなくない?」


 レインはスッと目をそらした。


「それは業務連絡だ! 会話じゃねえ!」

「じゃあ何を話すんだよ……」

「好きな相手なら誕生日でも趣味でも何でも気になるだろ、聞けよ。それで自分のことも話せ」

「できねぇよ、お前じゃねーんだから」

「できるって。ついでにデート誘ってみなよ」

「どこ行ったらいいかわかんねぇ、俺よそ者だし。ウェスタはミリーのホームだし」


 確か彼女、ミリアムって名前だったはずだ。

 何だ、もう愛称で呼ぶ仲なんじゃないか。


「お、いい口実ができたじゃん。『町のこと教えて』って言ってデートしなよ。それで案内してもらうていで引っ張り回せよ」

「……駄目だ、参考にならん」

「しろよ」

「もうオレのことはいいよ、お前はどうなんだよ!」

「何がだよ」

「ティナさんとシャルさん。お前どっちが好きなの?」


 レインがそう言うと同時に、めいめい勝手にしゃべっていた他の連中も一斉に口を閉じてこっちを見た。

 聞き耳立ててんじゃねえよ。


 何のこと──とかとぼけようか一瞬迷ったが……。まあそんなことをしても仕方がない。オレは正直なところを答えた。


「どっちも好きだよ」

「通るかっ……! そんなもん……っ!」

「怒るなよ。別に好きになるのは自由だろ? どうにかなるとは思ってねーよ」

「そうかぁ? お前ならいくらでも何とでもなるだろ」

「なあ。ティナさんなんかお前が押したら即行けそうな感じだし」

「学生の間だけ遊んでサヨナラっていうならそれでもいいだろうけど、あの二人にそういう不誠実なことはしたくないな」

「誠実ならナンパするな!」

「してねえよ」

「認識の相違があるようだな!」


 レインにバシバシ叩かれた。周りの奴らにも散々小突かれた。何でだよ。


「……学校には入学当初から言ってるんだけど、オレは卒業したら開拓者になるつもりなんだよ。だからここに住まわせてもらえたんだ。この元開拓村の再開拓がオレに期待されてる仕事ってこと」

「それで?」

「オレは田舎者だからいいけどさ、ティナってアルバ出身なんだよ。仮に今うまくいったとしても、その後のことは考えられないだろ?」

「うーん……」


 レインもマックも腕を組んで唸った。


「確かに都会っ子に開拓者暮らしはキツイかもなー」

「シャルだってメジャーでやれるタマだしさ、こんなところでくすぶってたらもったいないじゃないか」

「まぁ、確かになー」

「それならさあ、逆にお前が都会についてったら?」


 マックが言った。


「無理に開拓者にならなくてもいいじゃん。この田舎で森の木切って暮らすのと都会で暮らすのと、どっちがいいかなんて考えるまでもないだろ」


 オレは首を横に振った。


「したくても金がない。冒険者を辞めるなら学費を返さないといけないし」


 その場の全員からため息が漏れた。そこはみんな一緒だもんな。


「だからまあ、どっちともどうなるつもりもないよ」

「じゃあ、なんであんなあれこれしたんだよ」

「何か前も同じような会話したことある気がするんだが、あれくらい誰でも普通にやるだろ」

「しねーよ!」

「見解の相違だな」


 せっかくのお疲れ様会なのに何だか暗くなってしまった。

 それからみんなやけくそのように酒を飲んだ。オレはギターに没頭した。


 二人と出会ったのがここでなければ他の道もあっただろうか? ──という問いには意味がない。

 ここに来なければオレたちはそもそも出会うこともなかった。


 ティナは他に選択肢がなくて、シャルはコネがなくて、オレは金がなくて。

 仕方なくやってきたオレたちは、しかしそのおかげでここで出会えたんだ。


 でもその後はまた金の事情が邪魔をする。

 二人とのことは最初から先のない話だった。


 そう思ってたんだが……。




 翌日、酔っ払い共は昼近くなってからようやく起きだしてきた。

 病人みたいな顔でぞろぞろ風呂に入っていったそいつらは湯を浴びて、レインが仕事に行く前に作っておいたスープだけ飲んで、ほうほうの体で帰って行った。


 やれやれ、だ。


 明日はまたアルタミラに行くことになっている。

 なので今夜はパーティーのみんなが泊まりにくる。部屋を掃除しないとな。


 ブラウニーはもう食堂を片付け始めている。

 さてオレは窓を開けて換気して、布団を干して、シーツを換えて──


「こんにちはー。ウィル、いるー?」


 ──とか考えてたらティナが来た。


「こんにちは。今日も可愛いね!」


 ティナは私服で、大きなカバンを肩にかけていた。

 服は襟つきのワンピースで、前を上から下までボタンで閉じる大胆なデザインだ。そのボタンを太ももの辺りまで留めて、ふくらはぎをチラ見せしている。

 見たことない感じの服だけど、かなりオシャレだ。


「特にその服、斬新でしかもキュート。それも自作?」

「うん」


 感心した。縫製できるだけじゃなくてファッションデザイナーのセンスもあったのか。


「ティナは冒険者よりも都会で服を作る人になった方が絶対にいいよ」


 でも、オレがそう言うとティナはちょっと顔を暗くした。


「うん、そうだね……。そんなことよりさ、何してたの?」

「掃除。昨日友達が飲み散らかしていってさ」

「なら手伝うよ。何したらいい?」

「まず換気かな。それから布団を干してシーツの交換」

「わかった!」


 返事と同時に窓という窓が端から順に一気に開いた。

 [サイコキネシス]だ。

 さらにひとりでに持ちあがった布団が窓から飛び出て屋根の上に乗った。


 うーん、すごい。ブラウニーも形無しだな。

 オレはシルフに命じて空気を入れ替えさせた。むっとこもった酒の臭いが抜けていく。


 それからブラウニーと寮中掃除して、布団を回収してシーツを換えたら予定していた行動があっという間に終わってしまった。

 ティナは本当にすごい。


「ありがとう、助かったよ」

「ううん、なんてことないよ。私ウィルのためなら何でもする」

「そ、そう。それはありがとう」


 ティナの声には何だか熱がこもっていた。

 オレは逃げるように厨房へ移動した。お茶を淹れようとしながら聞いてみた。


「今日はどうしたの? 早いじゃん」


 集合は夕方の約束だった。ずいぶん早い。


「うん、ちょっと話があって」

「オーケー、それじゃお茶飲みながら聞くよ。ちょっと待ってて」


 お茶菓子が見当たらない。前に買った焼き菓子はみんながとっくに食べてしまった。

 予備があったような覚えがあるな? オレは自分の部屋へ戻った。


 開け放したままの窓から差し込む光を頼りに棚を探す。

 入り口が翳った。


 ティナが入ってきた。


「ウィル」

「何?」

「そのままでいいから聞いて」

「うん、どうぞ」

「好き」

「──え?」


 オレは手を止めてティナを見た。

 ティナはまっすぐにオレを見ていた。


「私、ウィルのことが好きなの」

「……それは光栄だね。ありがとう。気持ちだけもらっておくよ」

「はぐらかさないで」

「……ごめんね」

「……どうして? わ、私じゃダメ?」


 ティナの声は震えていた。


「どうして? ……やっぱり、シャルのことが好きだから?」


 オレは首を振った。


「シャルは関係ないよ」

「じゃあ、どうして? ウィルのためなら、私、な、なんでもできるよ……? シャルにはできないことも……」


 そしてティナは服に手をかけた。

 ワンピースのボタンが下から順に外されて、衣擦れの音が足元に落ちた。


「お、おい!」


 な……何してるんだ!

 オレは後ずさりした。後ずさりした分だけ下着姿のティナが距離を詰める。


 背中が壁についた。

 ティナが、ティナが迫ってくる。


 逃げ場はない。

 息遣いさえ聞こえる目の前で、ティナは上気した頬で、瞳は潤んでいて……。


 そして桜色の可愛い唇が静かにほころんだ。


「だから、私を選んで」

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