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酒場にて

 ウェスタの酒場で冒険者の一団が酒を酌み交わしていた。


 冒険者は基本的に何の社会活動もしていない。

 せめてこういう形でも地域経済に貢献しないとただの鼻つまみ者のアウトローだ。


 ……などという屁理屈を口実に毎夜飲んだくれているのだった。


 もっとも、酒を酌み交わしていたと言っても何の約束をしていたわけでもない。

 別々に入店した三つのパーティーが冒険者の気安さで一団となって、二十人もの団体となっていた。


 近頃彼らの酒の席での話題と言えばアルタミラの戦いのことしかなかった。

 特にこのうち一つのパーティーは実際に参戦していたし、もう一つのパーティーは前哨戦ともいえる【超人】との戦闘を経験していた。


 すっかり酒が回って真っ赤な顔となった冒険者たちが器を振り振り叫ぶような大声でがなり立てた。


「──いやもう滅茶苦茶だったぞ! 俺たちは櫓、やーぐらを一つ受け持って……壁を守ってたんだけどな! ウィッ! 壁の向こうは竜人たちで一杯だ!」

「何匹いるか見当もつかねえ! どんどんどんどん這い上がってくる、シールドは堅ったい堅ったい、向こう側に落とすはいいんだが……全然死なねえ!」

「こっちは全員傷だらけで、ジリ貧もいいとこよ! こりゃもう駄目かと思ってたんだがな……そこに伝令が来た! 『撤退だ、泉に集まれ』ってな!」

「お前、攻められてる最中に何ちゅう無茶を言うんだ……、とは思ったけど仕方ねえ、全員で一気に押し返した隙に、櫓を飛び降りて一気に走った!」

「周りの櫓もみんなそうだ! 撤退っていっても真ん中に追い詰められてるようにしか思えなかったんだがな! 走って走って、まさに袋の鼠だ!」


 そのバーティーの冒険者たちときたら酔った勢いでほとんど同時にしゃべるものだから聞き取りにくいことこの上なかったが、周りも酔っ払いだ。なんとなく理解した。

 他のテーブルで飲んでいた一般人たちも面白そうな話が始まったとみるや手に手にコップを持って集まってきた。


 さて、彼らの言うことには撤退した先にグリフォンがいた。

 最近顔を見せるようになった学生パーティーのテイムモンスターだ。


 グリフォンの周りには冒険者がもう十人ほども集まっていた。

 その中にはバルトや学生の顔も見えた。


 彼らはグリフォンのところに駆け込んだ。

 直後、後を追ってきていた竜人が不可視の壁に激突して沈んだ。


 グリフォンのシールドスキルだ。


 グリフォンのシールドは盤石だった。追ってくる竜人たちの攻撃を防いで揺らぐことがない。

 さらに竜人の集団に追われてきた冒険者たちを次々と収容して、彼らは一丸となって抵抗した。


 すると竜人たちは建物の陰に隠れて攻撃してきた。

 それを見たグリフォンナイトは弓をキュッと強く引いて、冷静に言い放った。


「──撃て」


 ライトアローが斜め向こうの建物に飛んだ。

 冒険者たちは促されるままにその建物を一斉に攻撃、すると吹っ飛んだ壁の向こうに竜人たちがいた。

 竜人たちは慌てて後退、そこにライトジャベリンが飛んで一匹を背中から串刺しにした。


 冒険者たちは彼女の指示で周囲の建物を次々と破壊して、隠れるところのない広場を作って迎撃した。


「……いやー、グリフォンナイトのパーティーは精鋭揃いだったわ。とても学生とは思えん」

「な。三人が三人とも個性的で、しかも強い!」

「まずは攻撃の要、歌姫シャルちゃん!」

「あんな美少女みたことないな。ギターも上手けりゃ胸もデカい」

「それから慈光のアイラ!」

「シールドも回復も上手いし超可愛い。オッパイはないけど」

「うん」

「なあ」


 冒険者たちは何だか目を細めて和やかにうなずきあっていた。


「……あれ、グリフォンナイトは?」


 もう一人の名前が出てこないのを不思議に思った観客が尋ねた。

 冒険者たちは一瞬顔を見合わせて、異口同音に答えた。


「戦闘が強い」

「オチに使うなよ」

「いやいや、冗談でなく。あれは逸材だわ」

「本人の戦闘力も高いけど戦闘指揮はもっと凄い。竜人が来る方に的確にライトアローを撃つんだよ。後ろにも目がついてるみたいだった」

「撃つタイミングでどっちから何匹来るかわかったな」

「俺なんかいよいよ目の前まで迫られて切り結んでたら、ライトジャベリンが相手の胸に突き立って助けられたぜ?」

「それを見ていたバルトが戦いながら俺たちを編成し直してな? グリフォンをグルっと囲んで即席の迎撃要塞の完成だ」

「まさに人間城だったな。シールドを補助する前列と攻撃の後列に分かれてな、前列はひたすらシールド、後列はライトアローが飛んだら目の前を攻撃! それで竜人がバタバタ倒れた」

「途中からはもう何も考えず指示に従ってたな」

「全員がな。あのバルトでさえ、三歩下がって部下みたいになってたもんなぁ」

「……あのバルトが?」

「森の中じゃ決して人の風下に立つことのない、あの傲岸不遜のバルトが?」


 誤解されがちだが、強く出ていなければ『我こそは』の気風の強い森の冒険者たちは従わないために、バルトはあえてそのような態度を取っている。

 そのバルトがグリフォンナイトを立てていたと聞いて冒険者たちは愕然とした。


「おおともよ」


 あの場にいた冒険者たちは深く頷いた。


「ありゃまさに歩く要塞だぜ。……いや、飛ぶ要塞か?」

「人間城がいたらどんな局面からでも生還できる気がするな。今もうあんなに使えるのに将来はどうなることやら」


 彼らはしゃべりながらニヤニヤしていた。

 アルタミラで戦った、殊に人間城と一緒に戦ったというのは彼らの自慢の種なのだった。


「クッ……、羨ましいなァ。俺たちは負傷してこっちに帰ってたからなぁ」


 別のパーティーの冒険者が悔しそうにつぶやいた。

 彼らは竜人の【超人】と戦って全員が重傷を負い、命からがら逃げだした。

 そのため一足先にエンターに帰還していて先日の戦いには参加できなかったのだった。


「いや、お前らがいてくれたら俺たちももうちょっと楽ができたんだけどな」

「お前らがあんな目に遭うとはなぁ。そんなに強かったのか?」


 最深部メガラを活動拠点とするだけあって彼らは歴戦のつわもの、この国最強候補の一角と呼び声も高いパーティーだった。

 そんな彼らが質問を受けて恐ろしそうに首を振った。


「そりゃもう、強いのなんのって……目で追えずに勘で追うのが精一杯だったよ」

「シンプルに速くて強かった。攻撃性が高いのに警戒心も強くて隙がないし」

「以前人間の【超人】を見たことあるけど、どう考えてもあんなに強くなかったぞ?」

「攻撃スキルを使ってくれないもんだから地力で負けてたらもう付け入りようがなかったな」

「俺なんか一撃で足を吹っ飛ばされちまったし」

「逃げるのがやっとだった。襲撃されたときに見なかったのか?」


 逆に尋ねられて今度は彼らが顔を見合わせた。


「……うーん、門を壊したところまでは見た。でもすぐに超獣が押し出してったからその後はわからん」

「あいつらが前で戦ってくれてなかったら正面から乗り込まれて負けてたかもな」

「そうか、体験できなくて残念だったな。……いやラッキーか?」

「ラッキーだろ。あれに中で暴れられたら何もできずに全滅してたと思うぞ」

「ところで超獣があれをタイマンで殺ったって、マジ?」

「ああ。俺は後でバルトと見に行ったんだが、ぺしゃんこだったぞ。地面が抉れて、その中で潰れて死んでた。一方で超獣は無傷だったそうだ」

「マジかよ……」

「すげーな……」

「超獣のツレのテイマーが言うにはすごい戦いだったらしい」


 そして彼はアルタミラで聞いた超獣と超人の一騎打ちについて仔細に語った。


「なるほどなぁ……」

「やっぱり超獣は違う!」


 方々からため息が漏れた。

 聞いていた民間人たちはコップを持ったまま手を叩こうとして中身を飛び散らせた。


「ところでそのテイマーは何してたんだ?」

「さあ」

「よくわからんけど一人で敵の大将の首を取ったって聞いたぞ」

「何だよ、しっかり金星上げてんのか」

「すげえ学生パーティーが出てきたもんだなァ」

「将来は間違いなく名を上げるだろうな」

「だろうな。まあ今はまだ、ちょーっと経験が足りないけどな!」


 冒険者の一人が笑いながら言った。


「何だお前、知ってるのか?」

「おう。俺は足が悪くてあいつの飛竜でエンターに送ってもらったんだ。その時にあれこれ話したんだけどな、俺が『マルフォイは突撃開始の意味だ』って教えたら素直に信じてたぜ?」

「なんだそりゃ」


 マルフォイは冒険者に伝わる古い単語だ。

 意味はよくわかっていないが、シチュエーションとしてはタチの悪い男たちが女性をからかうときに掛ける言葉だ。


「もうちょっと人を疑うことも覚えないとな!」


 そう言って彼は人が悪そうに笑った。


 その場にいたもう一つのパーティーの冒険者たちは終始無言で、話を聞きながらブスッとしていた。


 彼らは若手の有望株と目されている。

 あの日はミランデラというメガラとは別の前線拠点にいて、アルタミラでそんなことが起こっているなんて全然知らなかった。

 そしてすべてが終わってからようやく呼び戻されてアルタミラの復興に従事していた。


 一連の出来事からは蚊帳の外だったのもベテランたちが手放しで褒めるのも面白くなかった。

 自分たちも参加していたなら彼らの代わりに名前を上げていたはずなのだ。


 アルタミラでテイマーや獣人は見たが忙しかったし、それに何だか悔しくて話はしなかった。


 あの時に声を掛けておけばよかった。

 よし、今度こちらから乗り込んでやろう──心の中でそう誓っていた。




 ところでマルフォイの意味をジョークで教えた冒険者には知る由もなかったが、ウィルは学校の同期生たちに「マルフォイは突撃開始の意味だ」としゃべった。

 彼の言葉をみんなそのまま信じた。


 彼らはまたその後輩たちにそのまま伝え、後輩たちも言葉通りに受け取った。

 それはやがて国軍にまで波及していった。


 三十年も経つと元の意味を知っている者は誰もいなくなった。

 マルフォイという言葉は実際に冒険者や軍人が突撃を掛けるときの合言葉になっていた。


 この年を境にマルフォイの意味はすっかり変わってしまった。

 古代語のスラング「Mar-du-fait, meel tit sur!(カワイコチャン、こっち向いて!) 」の前半部分が訛ったもの。

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