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バイト

 パーティーは段々固定されてきたがいくつかを掛け持ちしてるのもいる。

 人気のベルナなんかがそうだな。彼女は今日も引っ張りだこだ。


「おいベルナ、今日こそは俺と組んでくれるよな?」

「そうねぇ、わたし明日の講義の準備係なんだけど、重い物持つのって苦手でぇ。誰か頼りになる男の子いないかなー」

「……よ、よし、わかった。俺がやるよ」

「やだ嬉しい。じゃあ行こっか」

「よっしゃ!」


 特にレパードという【ファイター】の男子生徒はベルナ狙いなのが露骨だ。ベルナの方にも見透かされていて、便利に使われている。

 腕に抱きつかれたレパードは気色悪い顔で訓練場を出て行った。


 まあそんな感じでパーティーが成立していく中オレとシャルは今日も取り残されていた。

 自分たちだけで行けばいいじゃないかって? 死ぬわ。


 ところで居残り組はオレたちだけじゃない。

 例えばレインという【シーフ】の男子生徒がいる。


 シーフというのもなかなかの外れジョブだ。

 探索では【スカウト】や【レンジャー】という完全上位互換職がいるし、戦闘面でも【アサシン】や【ニンジャ】という上級職がいる。ここの森じゃ鍵開けなんてする機会がないしな。


 それでも最初の頃は何度かパーティーに誘われていたそうだが……。


「俺がいると物がなくなるんだよ。財布とかな」


 レインはそう言ってプイッと横を向いた。


「お前、まさか……」

「やるわけねーだろ! 俺はたまたまジョブがシーフになっちまっただけでリアルの泥棒じゃねーぞ!」


 怒られた。


「すまん」

「……でもな、シーフがパーティーにいると罪をなすりつけられるだろ?」

「うわ……」


 シャルが絶句した。


「そりゃとんでもなく悪い奴がいるな」

「まあ誰だか大体わかってるけどな。戦闘科に手癖の悪いのがいるぞ、お前らも気を付けろ」


 そしてレインは肩をすくめた。


「ともかく、そういうわけで今じゃ誰も仲間に入れてくれなくなったってワケさ」

「シーフならまだいいじゃない。私なんて【マッパー】だよ、マッパー」


 アメリという女子生徒が言った。


「冒険者の探索には役に立つような気がするけど」


 そう言うとアメリはフッ、とやさぐれた顔でそっぽを向いた。


「だってこの学校の森に探索してないところなんてもうないんだもん。将来的には役に立つのかもしれないけど今は誰も連れてってくれないし」


 それじゃあスキルは上達しないので結局将来的にも役に立たない。


 なんだかなー、落ちこぼれ同士で顔を突き合わせて景気の悪い話をしてると気分が落ち込んでくるな。


「……こうしててもしょうがねーな。俺バイトあるから今日はこれで帰るわ」


 レインが立ち上がった。


「なんだ、今からなのか?」

「レストランだからな。夜がメインだ」


 さて午後はパーティーを組んで森に入るのが本業とはいえみんながみんないつもそうしているわけではない。

 訓練する者もいるしバイトに行く者もいる。


 この学校は学費と寮費は無料だがそれ以外のものは金がかかる。例えば制服などは自前だ(オレは卒業生の古着を買った)。

 毎日の食費だって掛かるし消耗品も買ってるとなけなしの金なんて羽が生えたように飛んでいく。


 卒業後の進路は成績順に希望が優先される。評価の内訳は座学よりも実習、つまりスキルをどこまで伸ばしたかで決まる。

 だからバイトばかりしているわけにもいかないんだが、冒険者になろうなんて考えるやつはオレと同じく貧乏人の子弟が多くて、学生の大半は何らかのバイトを持っている。


 翌日はオレもバイトが入っていたので午後は訓練場に向かわず寮に帰った。

 実家にいた頃の作業着に着替えたオレは町の運送屋に行った。うーん、裾が短い。


 馬小屋には会社が所有する馬がずらりと繋げられていた。今日のバイトはこいつらの手入れだ。

 オレにはうってつけの仕事だ。馬のブラッシングは農家暮らしで慣れてるし、テイムしている間はおとなしくしていてくれるからな。


「頼んだぞ」


 そう言って受付の男は事務室に帰って行った。

 会社にも期待されている、多分。よーし、片っ端からピカピカにしてやるぜ!


 ──片っ端からピカピカにしてやった。

 夕方、バイト代を貰ったオレは少し遠回りして帰った。


 思った通りシャルがそこにいた。


 シャルはバイト代わりに街角で弾き語りをしている。

 小さな椅子に腰かけて足を組んで、太ももの上にギターを据えて、伸びのある声を通りに響かせていた。

 これは確か都会で流行しているバラードだ。一度聞いたことがある。


 技術的には素晴らしいものがあるし歌声だって心地よく耳に染み渡る。

 思わず聞きほれてしまう……のだが、今一つ足りない。


 全然気持ちがこもっていないんだよ、彼女。


 歌声は耳に染みても心には全然染み渡らない。

 その口から紡ぎ出されているのは甘いラブソングのはずなのに「恋愛? 何それ美味しいの?」などと考えているのが顔にありありと表れている。


 聴衆たちの反応も微妙で、通りがかった人の半分くらいはつい足を止めるのだが、そのほとんどは最後まで聞かずに離れてゆく。


 シャルが一曲を弾き終えるとまばらな拍手が上がった。

 オレは大きく拍手しながら近寄って、バイトでもらった硬貨の一番大きいのを一枚、空き缶に入れた。


 オレにありがとう、と言ってシャルは大きく溜息をついた。


「反応が悪いわ」

「うん、まあ、そうだろな……」

「え、どこが悪いかわかるの?」

「技術的なことはわかんねぇけど──」


 オレはさっきの曲を聞きながら思ったことを薄めのオブラートに包んで伝えた。

 よほどショックだったのかシャルは全身で落胆した。


「そんなこと言われても、友達だってろくにいないのに恋愛なんてわかるわけないじゃない……」

「何と言うか、もうちょっと自分に合った曲やろうぜ」




 翌日の午後、いつもの訓練場という名の茶飲み所でオレはシャルに一曲弾いてもらった。


「シャルの楽団はどういう曲を弾いてたんだ?」

「古典が多かったわね。でも流行曲の方が受けてたから、私もそうしたんだけど……」

「まあ音楽の受け皿がないと知ってる曲以外はよくわからんからな」

「そうなの?」

「そうなの」


 オレがそうだからよくわかる。


 シャルは疑問顔で古典の曲を弾いた。誰でも、そうオレでも知っているような有名な曲を。

 しかしそれって確かオーケストラで演奏するやつだったと思うんだが、ギター一本でもこんなに聞かせられるのか。すげえ多彩な音が出るんだな。


「こっちの方が断然いいじゃん」

「そう?」


 オレの反応に気を良くしたのかシャルは同じ曲の調子を変えた。え、そんなことできるの?

 シャルは同じ曲を普通に弾いたり長調にしてみたり短調にしてみたり、しかもそれを曲の途中で弾き変えた。自由自在だな。


 他にも数曲通して聞いてみたところ、シャルはどうやらアップテンポの陽気なメロディが好きらしい。

 グルーヴが全然違う。意外だ。


 打ち合わせを繰り返して、最初に弾いた古典の曲をベースに好みをもうちょっと突き詰めていった。


「もっと激しく!」

「こう?」


「情熱的に!」

「こう!?」


「もっと、もっとだ! お前のハートを聞かせてくれよ!」


 そして日が暮れかかった頃、オレたちはようやくとっかかりをつかんでいた。


「「──これだ!!」」

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