ティナの憂鬱
ティナはとぼとぼと家路についていた。
バイト上がりにウィルの家に行ったら小川の中でシャルと抱き合っているのを見て、ショックで思わず逃げてしまった。
もう「勝負あり」なんだろうか。
まだ決着はついていないと、そう信じたくはあるのだが……。
(私も体を使って誘惑とかした方がいいのかな?)
ティナは自分の胸を見下ろした。
持ち上げてみた。
……。
(こんなの脂肪の塊だし!)
以前から薄着で二人きりになったりとティナなりに誘惑しているけど目をそらされるだけだ。
この路線でシャルに勝てるヴィジョンがまったく見えない。
「ただいまー……」
重い足取りで部屋に帰るとベッドの上から「おかえりー」と声がした。
シャルを超えるとんでもないふしだらボディが怠惰に寝そべっているのをティナはうつろな目で眺めた。
それからキャロルが調子に乗ってバンドのライブを引き受けて、翌日はそれで一日潰してしまった。
(何してるんだろう、私)
シャルの歌声を聞きながらティナはぼんやり考えていた。
この歌を聞けばシャルが恋をしているのは明白で、初めての恋の喜びと戸惑いを隠そうともしないライバルの率直さをティナは後ろから指をくわえて見ているしかなかった。
そして今朝。
ティナの朝はいつも早いが、今日はいつもと違ってベッドから起き上がることなくじーっと考え続けていた。
まずは(体で攻めるのが難しいなら女の子らしいことをしてアピールしよう)と考えた。
でも、女の子らしいことって何だろう?
実は前の休日、ティナは手料理を振る舞おうとしてみたのだ。
都会育ちのティナにとってパンは買ってくるもので焼くものではない。料理といえば煮込むものが多い。
なのでその日はシチューを作ろうと材料を買って寮を訪ねた。
(シャルのポトフがありなら私のシチューもありだよね?)
「こんにちわー」
「やあいらっしゃいティナ、今日も可愛いね」
ウィルはテイムモンスターたちを洗っているところだった。
ひとまず手を止めたウィルはティナが食材を抱えているのを見て厨房に連れて行った。
そこにレインがいた。
「お、差し入れ? ありがとう!」
レインは食材の入った紙袋をごく自然に受け取ってテーブルに置いた。
「毎日悪いな」
「なぁに、適材適所さ」
「ではお嬢様はこちらへどうぞ」
「いやあの、私料理しようと思ったんだけど」
「適材適所だよ、ティナ! オレたちに任せて」
ウィルはティナの手を取ってテーブルにつかせた。
ウィルがウェイター、ティナがお客様だ。
華麗なサーブでお店で出てくるような料理が並ぶ。もちろん味も素晴らしい。……ティナが作るものよりも。
「ごちそうさま。あの、せめて皿洗いを──」
昼食を作りに来たはずだったのにただ食べに来ただけみたいな形になってしまった。
せめて片付けだけでもしようとしたのだが……。
「いいからいいから、お客さんは座っといてよ」
皿洗いはここではウィルの仕事だ。
水を張った桶に皿を入れると万能すぎるウンディーネが油汚れも綺麗に分解、さらに即乾燥してくれる。
それはキッチンのことだけに留まらない。
掃除洗濯はブラウニーがしていて家の中には塵一つない。
ブラウニーがウィルと手際よくベッドメイキングするのをティナは呆然と見ているしかなかった。
ブラウニーが回収した洗濯物にウィルはアイロンを掛けた。
ウィルは身だしなみに気を使っていて、シャツもハンカチも自分でアイロンを掛けている。
自分のものだけではなくついでにレインのものも。
森の際にゴミ捨て場があった。
ブロックを積み上げて作った筒状のゴミ箱で木の蓋が被せられている。
ゴミ箱の下の方には穴が開いていて中身を掻き出せるようになっていた。
「これ、何?」
「コンポスト。残飯とかを肥料にしてるんだ」
「へ、へー。そうなんだ」
「そろそろ豚と羊を飼おうと思ってるんだ。テイムしとけば学校に行ってる間も世話せなくて平気だし、ベルたちがいるから森の獣も寄ってこないしね」
またウィルがしないことは遊びに来る男子生徒たちが片づけている。
レインの料理もそうだし、他のことも。
ちょうどその日はマックが板を担いでいた。
「この前から気になってたんだよ」
マックは外壁が一枚反り返ってガタガタしているのを指さした。
「オレ実家が大工だからこういうの得意なんだ」
マックはエアウォークで飛び上がって一人で壁の修繕を始めた。
「このテーブルもマックが直したんだよ」
ウィルは食堂のテーブルをコンコンと叩いた。
「そうなんだ」
この家は男子だけで回っていて女子が手を出す隙がなかった。
(嘘でしょ……)
愕然とした。
ティナの知っている男たちというのはだらしなくて生活力がなくて、ご飯は出されたものに文句をつけるだけ。
放っておくと掃除もしないしゴミも捨てないし洗濯物は山になって積み上がっている。
そういう生き物だ。
それがどうだろう。
この家はいつもピカピカでシャツには糊がかかってて料理までおいしい。
主婦なら百点満点だ。
ここではティナの考える女の子らしさが通じない。
男子たちがワイワイ楽しそうに家の中のことをしているのを見て、ティナは一人取り残されたような寂しさを感じていた。
ここに来る前の、いや【超獣】になる前のティナは友達が多かった。
社交的な性格でファッションや演劇に夢中で、そういう仲間が多かった。
超獣になってから何もかもが変わった。
なりたての頃は力加減がわからなくてドアノブを握り潰したりして周りを怖がらせていた。
友達は離れていった。
家に軍の偉い人が来てティナが軍学校に入ることになったとき、家族だってほっとした様子だった。
母親にははっきりと「もう帰ってこないで欲しい」と言われた。
ここに来て、同じ獣人たちは友達になってくれたけどそれ以外の女子には無視されていた。
クラスでも孤立していた。
教官たちには特別扱いされて、そこにはやはり壁があった。
普通の女の子として扱ってくれたのはウィルだけだったのだ。
ティナは戦うのなんて全然好きじゃないし興味もなかった。
スポーツ観戦だってしなかったくらいだ。
裁縫とか料理とかの方が好きでおしゃれするのが好きで、そういう可愛いことが好きだった。
「ティナはきっとカワイイお嫁さんになるよね」なんて言われてその気になって、そういう自分が好きだった。
それなのにここに来てから、いや超獣になってから、ティナのそういうところを評価してくれたのはウィルしかいなかった。
髪型をいじっていても女子でさえ半分は気づかない、そういう学校だ。
ティナはウィルの『特別』になりたかった。
それで可愛いって褒めてもらえたら、そして触れてもらえたら、きっとしっぽの先までジンジンくる。
……でもどうしたらいいのかわからない。
考えあぐねてずいぶん時間がたった。今日という日がまた始まってしまう。
ティナはようやくベッドから降りた。
そして身支度を整えて、鏡に向かって笑顔を作ってみた。
(今日も可愛いって言ってくれるといいな)
呪われたジョブを自分に与えた神様にそう願いながら。




