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走竜

 村の反対側が森の入り口になっていた。

「グリフォンを連れ込むのはやめてくれ」と言われたので飛べる組には上空を迂回してもらった。

 オレじゃなくてアメリがグリに乗り込むとクレアは変な顔をしていた。


 木々の隙間を縫ってジグザグの山道が森の奥へと消えている。

 オレたちはその道に足を踏み入れた。


 今回の斥候は案内役のクレアが務めてくれることになった。

 上空をアメリとグリが飛び回ってマッピングついでに索敵もしてるんだけど……。

 何だか申し訳なくて「いりません」とまでは言えなかった。


 前衛はティナ、その後ろにベガに乗ったシャルとアイラ。

 オレはしんがりでマルに周囲を警戒させている。


 森の中は鬱蒼と茂る木の葉に覆い隠されてまだ朝だというのに薄暗い。

 と言っても学校やオレの寮の近くと変わらないけどな。

 安全じゃないけど即座に死と隣り合わせという感じでもない。


 でも一時間も進むと段々様子が変わってきた。


 何というか、森の気配が濃い。

 ヌメッと舐めるような感触が肌にまとわりつく。常に四方八方から監視されているみたいだ。


 道も途切れがちになってきた。

 冒険者の往来で踏み固められているはずの道がしばしば緑に覆われ、グネグネ道のどちらが正解なのかわからなくなる。


 これは道案内がいないと迷うな……。


 輸送には馬を使うことも多いそうでベガが歩くのに支障はない。

 でもこの辺りからアメリたちと一緒に空を飛んでもらった。多分その方が守りやすい。ここは見通しが悪すぎる。


 多分二時間半くらい歩いたと思う。右に折れ曲がった道は急に上り坂になって、少し歩くと視界が森の上に出た。

 オレたちは小さな丘の上にいた。

 木を念入りに切り倒してぎゅうぎゅうに石を詰めて置いているのは木が生えてこないようにするためだろう。


「じゃあ、ちょっと休憩ね」


 クレアが荷物を降ろしたのでオレたちもそれに倣った。


 クレアによれば二時間おきに休憩を入れられるように整備されているそうだ。

 と言うことは普通の冒険者の行程よりも遅れ気味だな。ぶっちゃけオレのせいだ。

 クレアはプロだしこの道に慣れてる。空を飛んでいる三人は速いしティナは言わずもがなだ。オレが一番とろい。


 もう少し鍛えないとダメかー……。


 水を飲みながら空を見上げる。下を歩いてる時は気づかなかったけど日差しが強くなってきた。

 でも森の上を渡る風は結構涼しい。女の子たちも風の吹くのに任せて髪をなびかせていた。


「外の木は動かないけどねー……」


 クレアが言った。そりゃそうでしょう。


「森は頻繁に姿を変えるから、よほど大きな木じゃないと目印にならないんだよね。あれとか」


 クレアは森の上に頭を突き出す木を指さした。

 前を見ても後ろを見ても樹海の緑の波が続いている。その中にひと際背の高い木が点々と西へと続いているのが見えた。


 ほどなく出発してまた二時間超。二回目の休憩スペースはやはり丘の上にあった。

 ここで昼食を取ることになった。


「全然モンスター出ないね」


 クレアは不思議そうだった。


「いつもは違うんですか」

「ここに着くまでに三回は戦ってるね」


 ということはこの辺りまでに出るモンスターはティナにチャレンジするほど強くはないんだろうな。


「お弁当作ってきたよ!」


 そのティナがいそいそと荷物を広げるとシャルはそれを手伝った。


「ピクニック気分ね」


 クレアは呆れていた。


 バスケットから出てきたのは茶色く焼けた丸いパンを切ってハムやらなんやらを挟んだサンドイッチだ。

 ちゃんと人数分ある。


「おお、凄いね! うまそ!」

「でしょ? はい、どうぞ!」

「ありがとう」


 ティナがサンドイッチを取ってくれた。シャルもくれた。


「お茶もあるよ!」


 水筒も出てきた。ティナがお茶をくれるとシャルも同じようにくれた。


「二人ともありがとう。食べるものがいっぱいで嬉しいね!」


 ティナは何だか不満そうだ。


「……どうして真似してるの?」

「え? だってティナは可愛いから」


 それオレのセリフ!


「今こういうことを勉強してるの。それで、学ぶならティナからがいいと思って」

「…………!」


 ティナは苦しそうなもどかしそうな、何とも言えない顔をしていた。


「……アイラぁ、何とかしてよ!」

「私だって何とかしたいの!」


 同じ表情でアイラが答えた。


 何だろう、このピリピリした空気は。

 おいしいはずのサンドイッチが砂みたいに味気ない。


 考えたくないが、やはりオレが悪いのか……?


 アメリとクレアはちょっと離れて何やらひそひそ話している。仲いいな。助けて。


「そんなとこにいないでこっち来なよ」

「え、やだ」

「あんたたちだけでやってなよ」


 二人にはシッシッと追い払われた。

 何だよ、その反応は……。


 三回目の休憩でオレは荷物を投げ出して地べたに座り込んだ。これが最後になるはずだ。

 後二時間歩けばアルタミラか。


 もう割と限界なんだが、頑張ろう……。


 ああ、岩が冷たくて気持ちいい。

 ちょうどいい大きさの岩を背もたれにしてグテッと体を休めてたら獣人の三人がピクリと耳を動かした。何だ?


 ──ギャッ、ギャッ、ギャッ、ギャッ


 オレの耳にも聞こえた。カエルの断末魔を攻撃的にしたような声が。

 オレたちは立ち上がった。そして木立の向こうを透かして声のする方を確かめてみる……。


 いた、モンスターだ。手足に鋭い鉤爪がある。

 ──あれは走竜だ!


 頭から尻尾の先までオレの身長の倍くらいの長さはあるだろう。

 その長い尾でバランスを取って体を水平に伸ばして、けたたましく叫びながら凄い速度で走っている。


 速い! オレが平地を全力疾走したよりもずっと速い。

 五匹の走竜がその速度で木々の隙間を縫って丘を駆け上がり、木の幹を蹴り立てて迫ってくる。


 隣でシャルが音もなく叫んだ。

 悲鳴じゃない、[ミラクルボイス]だ。


 先頭を切って走っていた走竜が一瞬膨れ上がり、次の瞬間腹が裂けた。

 走竜は盛大に内臓をぶちまけて前のめりに倒れた。おまけに口や目や全身の穴という穴から血を噴き出している。

 凄惨な光景にシャルは目をつぶってしまった。


 後ろの走竜が仲間の死体を飛び越えた──瞬間、その首にティナの飛び蹴りがめり込んでいた。

 いつの間にか飛び出してた。走竜も速いがティナはもっと速かった。


 もの凄い速度で蹴り飛ばされた走竜は小木をへし折って大木にぶつかって背中が弓なりに反ってぼてっと落ちた。


 反動で木の幹に着地したティナは次の竜目がけて飛び掛かって──

 んん? 今一瞬ティナが二人いたように見えたんだが?


 走竜にもそう見えたみたいだ。偽物のティナを目が追った。

 ティナはその一瞬の隙にすり抜けるように後ろに回って尻尾をつかんで──ぶん回した!


 ブオン、すごいスピードで振り回された走竜の頭はアッパースイング気味に後ろの走竜の頭をかち上げた。

 ガコン! どっちの走竜の頭も爆ぜるように吹っ飛んだ。


 そこへティナを追って飛び出していたグリが急降下、最後の一頭を鷲掴みに捕まえて再び舞い上がっている。

 空の高いところで放された走竜はジタバタしながら落下、あえなく墜死した。


 こうやって獲物を取ってたのか、グリ。

 後を追いかけて降りてきたグリは走竜の腹を裂いて中身をむしゃむしゃ食べ始めた。アメリは後ろを向いて目を塞いだ。


「何もする暇がなかったわ。あんたたち強いんだね……」


 クレアは構えた弓を呆然と下ろした。

 目をつむりながらアメリが言った。


「私、休憩中もグリに乗ってた方がいいのかな?」


 降りてると[索敵]も効かないもんな。

 オレは地上に座るグリに跨ってサンドイッチをもしゃもしゃ齧るアメリを想像した。


「微妙にシュールじゃない?」

「だよね?」


 グリがランチタイムを始めてしまったので休憩は延長になった。


「おっかしいな、こんなところで走竜なんて出るかなあ?」


 クレアは首をひねっていた。

 検証のために走竜を一つ、グリにつかませて持っていくことにした。


 ──それからまた二時間半。


 突然森が開けた。

 広々と切り開かれた森の中に木製ながら高い壁がそびえている。また壁の向こうには建物の屋根や見張り台が見えている。


 クレアが大きく息を吐いた。オレもだ。

 ようやく着いた。


「ここがアルタミラよ」

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