シャル
この学校の今年度の生徒に獣人は四人いる。ティナだけではなく支援科にももちろんいる。
今オレの目の前でギターを抱えているのもその一人だ。
名前はシャル、ジョブは【バード】。
バードは基本的にはバッファージョブだが、単にバフ/デバフだけでなく演奏でモンスターをなだめるとか引き寄せるとか、いろんなことができる。
ただし、できることの幅が広い代わりにそれぞれの威力が低い。
バフの上昇率は本職のバッファーにはかなわないしそれ以外の支援効果だってマジックユーザーのそれには及ばない。
なのでそれらのジョブの二人がいればバードは不要だ。
俗に『「何でもできる」は「何もできない」』というが、バードはまさにその通りの器用貧乏の体現者だ。
とはいえ彼女も最初はどこのパーティーからも勧誘がひっきりなしの人気者だった。
何しろ見た目が良すぎる。獣人は総じて美形揃いだが彼女はまた飛び切りだ。
小顔でスラッと背が高くて足が長くて色白で、制服を押し上げている胸はつい目を引く。耳の先は尖り気味だ。
少し癖のある髪はくすんだ銀色で根元の方が色が濃く、毛先は透き通っている。
耳としっぽの表面を覆う毛の方がほんの少しだけ色が薄い。それらの毛は長くて毛足が柔らかくて、うねっている。
そして何と言っても印象的なのは目だ。
形のいい大きな瞳はやはり獣人特有のサファイアブルーで、濡れたような長いまつ毛と合わさって見る者をドキドキさせるような透明感がある。
その瞳で猫が人の目を覗き込んで来るようにじっと見つめてくるものだから、彼女と向き合った者は気にしないではいられない。
それが男でも女でも、だ。
入学式でも支援科クラスの自己紹介でも、彼女はひと際目を引いていた。
……なのだが、彼女、どうにもそっけないのだ。
一度一緒にパーティーに入った支援科の友人によれば「会話が成り立たない」そうだ。
「俺はレイン、よろしく!」
「私はシャル」
「俺のジョブは【シーフ】なんだ。君は?」
「バード」
「えーっと、今日は頑張ろうな?」
(つまらなそうによそ見をする)
「……」
「せっかく同じパーティーに入れてラッキーと思ってたのに、こんな感じだったんだよ……」
レインは肩を落としていた。
せっかく見た目が良くても戦力的には期待できずコミュニケーションに難ありとなれば次第に人は離れていく。
命が掛かっている戦場に可愛さだけでは連れていけない。
ちなみに女たちには最初から嫌われていた。顔が良すぎるからな。
次第にパーティーが固定されていく中で彼女は一人取り残されていた。
そういうわけで誰もパーティーに入れてくれないオレと彼女は自主練という名のダベリに興じているわけだ。
まあオレも最初は相手にしてもらえなかったんだが一度や二度つれなくされたからってめげるオレではない。
それにオレはあいつらよりは頭を使ったからな。
「バンドやろうぜバンド、ギター教えてくれよ」
オレは学校からバード用の予備のギターを借りて来てシャルに教えてくれと頼んだ。先日街角でギターの弾き語りをしている姿を見たからだ。
口実は何でも良かった。この子可愛いからちょっとお近づきになりたかっただけだし。
というわけで今はコードを教わりながらくっちゃべっていた。何だこのFコードって、本当に押さえられるのか?
「シャルってあんなことして金稼いでたんだな」
「だって私、音楽以外にできることないもの。『夜の酒場で弾かないか』って声を掛けてきた人もいたけど……学生がそんなことできるわけないじゃない。ねえ?」
「まったくだ。何考えてるんだろうなそいつ」
まあいかがわしい目的だったんだろうと見当はついたが同意しておいた。
「指が痛いんだが」
「そのうち慣れるわ」
「シャルの指、何でそんなに綺麗なんだよ」
すっと細長い真っ白な指には傷も跡もない。
「バードには[楽器の加護]ってスキルがあるから。楽器で傷つくことはないの。前は私の指も凄かったのよ? 傷だらけのカチカチで」
「せっかく綺麗な指なのにもったいないな」
「せっかく指があるのに弾かない方がもったいないわ」
シャルは意外なことを言われたという顔をしていた。
ギターだけじゃなく、シャルはいろんな楽器を演奏できるらしい。
両親とも貧乏な旅行楽団のメンバーで、バードというジョブとは関係なく子供の頃から楽器に触れていたという。
シャルは見本で自分のギターを弾いてくれた。ジャラン、綺麗な和音が響いた。よしこっちも──
ビョヨーン……うまく鳴らない。俺はFコードに苦戦しながら言った。
「バードになったなら楽団にぴったりだな。ご両親喜んだだろ」
ところがシャルは首を横に振った。
「もうずっと不景気でしょ? 私がバードになる前に潰れちゃったの……」
うはあ。
「それはまた」
「父も母もまだ何とか音楽の仕事はしてるんだけど、あっちの町とこっちの町で家族はバラバラよ」
……何だ、実際に話してみると話しやすいな、この子。自分の事情もペラペラ話すし。何であんな塩対応だったんだ?
そう聞くとシャルは、
「同じくらいの年の子と話したことがあまりなくて、どう振舞ったらいいかわからなかったの」
と答えた。
「オレとは普通に話してるじゃないか」
「あなたしゃべりやすいもの」
まあオレも周りは年上ばかりの環境で育ったからな。会話の方向性が似てるんだろう。
オレはシャルよりは器用だが。
「私って子供の頃から地方を転々と巡業する生活だったから、故郷と呼べるものがないの」
「へえ! オレはずっと田舎の村暮らしだったんだ。そういう旅から旅の暮らしも楽しそうだな」
「一か所に定住するのも楽しそうだけど。おかげで学校って行ったことがなかったから一度通ってみたかったの。お金もコネもなくてどこの楽団にも入れなかったし、ちょうどいいかなって。ここなら無料で通えるって聞いて、せっかくバードになったから来てみたんだけど……」
そしてシャルは指を組んで腕をグーッと前に伸ばした。
「あーあ。何でこんなとこに来ちゃったんだろう。男の子はみんな顔しか見ないし、女の子には嫌われるし……。来るんじゃなかった」
胸も見てるけどそういう問題じゃないよな。オレはギターに目をやった。
もう一度最初から、えーっと、人差し指で弦を全部押さえて、中指がこの辺で小指と薬指はこっち……なあ、これ演奏しながらやるの? 無理じゃねえ?
「オレも似たようなもんだよ」
「え?」
「うちは寂れた田舎で農家やってたんだけどな、とうとう村ごと潰れちまって一家離散だよ。だからまあ、オレにも故郷と呼べるものはもうない」
「そう……」
「それで母親と一緒に爺さんチに厄介になってたんだけど、いつまでも世話になってられなかったもんでここに来たんだ。学費がいらないって聞いたからな。学校って通ったことなかったし。……まさかここまでテイマーが嫌われてるとは思わなかったけど」
「私たちって似た者同士かもね」
Fコードに苦戦していると指を直してくれた。シャルの手は冷たくてスベスベだ。
「お、サンキュー。でもオレはここに来て良かったな」
「え、どうして?」
「シャルと出会えた」
「……もう、誰にでもそんなこと言ってるんでしょ?」
「君だけさ」
気取って言うとシャルはクスクス笑った。
「……バカ」
Fコードがジャランと鳴った。よし、成功。