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響け恋の歌

 そしていよいよ本番の時が来た。

 ライブ前の控室でオレたちは開演の時間を待っていた。


「指が痛い……」


 キャロルがボロボロの指を幽霊みたいに突き出した。

 アイラが回復スキルを使うとキャロルは涙声で言った。


「もうね、夢の中でも弾いてるの……」

「私もよ」

「私も! 森の木を蹴っててもリズムがドラムになってるの」

「それはティナだけだよ」

「えー?」


 三人は緊張感のないおしゃべりをしていた。

 キャロルなんかあがりそうなタイプだと思ってたけどみんな案外度胸が強い。


「シャルさん! サインお願いします!」


 シャルはファンの対応をしていた。

 いや今日一番手で演奏するバンドなんだが、何でもシャルのファンで曲をコピーしてるバンドなんだそうだ。

 その本人が来てるもんだから恥ずかしそうにしながらサインをもらおうと列を作って並んでいる。


「Yo! マーン!」

「俺様にひれ伏しやがれ!」


 もう一組別のバンドもいる。

 何というかバラエティ豊かなメンバーだ。伸ばした髪を真っ赤に染めてたり逆立ててたり、ツーブロックで残りを後ろで結んだり。

 こっちの男は腕一面にびっしりタトゥーが入ってるしあっちの女は顔中メイクでモンスターみたいになってる。

 気合い入ってるなあ。

 こちらは対抗心むき出しで露骨に喧嘩を売りに来ていた。まあ全然怖くないんだけど。本物のモンスターの方が百倍怖い。


 時間が来た。

 一番手のバンドが出て行って、やがて演奏と客席の興奮が控室まで聞こえてきた。

 次のバンドの番が来た。こっちを威嚇しながら出て行った彼らはその勢いのままに演奏したようだ。


 トリはシャルたちだ。

 オレはみんなを送り出してそのままステージの袖から見ていた。四人と観客たちを。


 四人が位置についた。

 いつものシャルと同じように四人とも制服のシャツとスカートだ。他に揃いの服がなかったからな。


 客席をぐるりと眺め渡す。ほとんどはここの常連なんだろう。初めての顔だ。

 でも知ってる顔も混じってる。いつもの公会堂によく来る男たちとかレインのバイト先の先輩料理人とか。


 キャロルのパーティーメンバーたちも来ていた。

 彼らが手を振るとキャロルは恥ずかしがって後ろを向いてしまった。


 アイラは今更緊張してきたようだ。柄にもなく。ちょっと動きが硬い。

 考えてみたらトップバッターだもんな。


「ヘイ、プリティプリースト──Check it Out!」

「ん?」


 アイラがこっちを見た。

 オレは指でポーズを作って顔の横でキメつつウィンクを送った。


「キラッ☆」

「……はああああああ!?」


 ブチ切れたアイラは鍵盤をバンバン叩いた。あれ? 笑うと思ったのに。

 まあ緊張がほぐれてくれるならどっちでもいいか。


 ティナは暇なのかスティックを回したりお手玉したりとバトントワリングしていた。

 なんかすごい技だったので気づいた観客が隣の客をつついて「あれ見ろ」と言っていた。


 シャルはいつも通り舞台の上でも全然変わらない。

 でもオレは知っている。あれで中身は相当に昂ぶっているんだ。


 シャルがこっちを見てうなずいた。

 オレもうなずき返した。打ち合わせ通りにやろう。


 シャルは声を細く絞り込んで放った。ミラクルボイスだ。

 壁のランプの火が右から左へ舐めるように吹き消された。


 ライブハウスは一瞬で真っ暗になった。

 観客たちのざわめきが響く暗闇に静かなイントロが流れた。


 始まった。


 オレはタイミングを計った。

 やはりこっちの客は慣れてるな。曲が始まったと察すると同時にみんな押し黙って耳を澄ませた。

 キーボードとベースの音だけが響く、そして転調と同時に──


 行け! ウィル・オー・ウィスプ!


 光が弾けた。

 ステージの天井に舞い上がったウィル・オー・ウィスプが昼のようにライブハウスを照らし、追いかけたシェードが夜のように闇に閉ざす。


 同時にギターとドラムが参加、いつもの曲がいつも以上の勢いで疾走する。

 光と闇のモンスターが猫の子の喧嘩みたいにもつれ合う。明滅する光と闇がシャルの上に雨のように降り注ぐ。


 この老舗のライブハウスでもあまり見たことのない演出だろう。

 客席も大喜びで一斉に沸き上がった。


 シャルもいつも以上にノッてる。

 指がスキップみたいに弾んでる。


 シャルはチラッとメンバーを見て、ギターのネックでクイックイッと促して、テンポを上げたい様子を見せた。


 ダダダダッ、ティナのドラムがそれを受ける。

 でもキャロルが泣きそうな顔でプルプル首を振った。


 シャルは小さくうなずいて、テンポを上げる代わりにいつもよりさらに細かく音を刻み始めた。マジか。


 音が多い! まるで音符の暴風雨だ。

 いつもと同じフレーズの中で音の数が加速的に増えてゆく。

 いつもの倍の密度で細かく細かく刻んだ音が音程の階段を駆け下りて底から一気に高く弾け飛んだ。


 今日のシャルはブッ飛んでる。


 ワァァァァァァァァッ!!!


 一曲目が終わった瞬間からもう満場の大拍手だ。

 最初のバンドの連中は観客と一緒になって興奮してるし二番目に弾いた連中は青い顔をしてる。


 二曲目はみんなで作った新曲だ。

 やっつけ仕事だけど一応形にはなった。


 観客たちはみんな笑顔で、誰が言い出したわけでもないのに一斉に手拍子を始めた。

 何というか、こう、観客の心が一体となったという意味ではこの曲が過去最高かもしれない。


 まあちょっと短いんだけどね。


 そして、三曲目。この日最後の曲だ。


 オレは打ち合わせ通り椅子を運んでいった。何を弾くつもりなのかは知らないんだけど。

 他の三人はお休みだ。ティナはスティックをしまったしアイラも手を降ろした。キャロルは脇に避けた。


 独演会だ。

 シャルは椅子に腰かけて足を組んで、綺麗な太ももにギターを乗せた。


 ポロン……


 静かにギターが鳴った。

 そしてシャルはあの透明な、遠くまで響く声で歌い始めた。


 知ってる曲だ。これはずっと前、出会った頃のシャルが路上で歌っていたバラードだ。

 都会で流行しているラブソングだ。


 オレは照明の調子を変えた。この歌は賑やかな光とは合わない。

 天井から単一の光源で照らして、闇の中にシャルだけが浮かび上がるようにした。


 いつものシャルの演奏は言うなれば足し算だ。

 音を加えて音を足して、技術を誇示して客の心をかき乱すのがいつものシャルだ。


 でもこれは引き算だ。最低限の旋律で歌を下支えしている。

 観客の意識はギターじゃなくて歌声に引き寄せられる。


 そしてこの歌は……


 ああ、技術じゃない。

 心が──恋の喜び、苦しみ、情熱が──歌声に込められている。


 あの時と全然違うじゃないか!


 街角では誰もが通り過ぎて行ったのに、今日は誰もがシャルに目を奪われている。


 もしこの世に魔法というものがあるのならシャルの歌こそまさにそれだろう。

 顔を見れば一目瞭然だ、老いも若きも男も女も関係ない。


 この日観客の全員が強烈にシャルに恋した。




 シャルは高らかに恋を歌い上げた。

 アイラが涙を流して拍手すると観客たちも一斉に後に続いた。


「ギエェェェエエエ!」

「ショエァァアアア!!」


 歓声は言語になってなかった。


 いつもの公会堂と比べたら小さな箱だ。

 そのいつもの半分以下の観客たちの拍手と歓声がいつも以上の音量でライブハウスを揺るがしている。


 狂乱、快感、そして恋情とあらゆる方向に観客の感情を引っ掻き回したシャルはほとんど怒号のような歓喜の声を受けて静かに頭を下げた。

 キャロルは呆然と突っ立って、ティナは何だか慌てていた。


 ライブハウスを退出の際にオーナーと会った。

 彼はニコニコ笑ってシャルをねぎらった。


「オリジナルの曲以上の、あなたの曲を聞かせてもらいましたよ」


 以後は定期的にライブさせてもらえることになった。

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