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かゆいところはありませんか?

 シャルたちが出発する際に一応マルの分体を付けておいた。


「何かあったら連絡してくれ」

「ええ」

「あなたに頼るようなことは何もないわ!」


 ベガはマルをお供に南の空を目指して飛んで行った。

 大丈夫かな?




 ティナとキャロルは楽器を練習しにジョックに行くことにした。

 練習というか教わりに行った。

 シャルがいないと指導できる人がいないし、いっそプロを頼ろうと提案したんだ。


 スタジオにドラムの音が稲妻みたいに鳴り響いていた。

 暴れ回るスティックが嵐の中で昂ぶる生き物みたいだ。


 ティナはグングン上達した。

 プロの動きをコピーして、それを即座に自分のものへと修正している。

 楽譜が読めないので耳コピだけどね。


「この子すごい──」


 ティナに教えていた女性のドラマーが嘆息した。


「すごいパワーだわ。男の人みたい。こんな音、私にはとても出せない」


 まあ根っこのところで力が凄いからね。

 適当にスティックを操ってる感じなのに響きが違う。


「それになんて大きくて安定感のあるリズムなの? 山がそのまま滑ってるみたい」


 そう、リズムがあるって言っても機械的なものじゃない。プリミティブな熱がある。

 大地の心臓の鼓動がそのまま響いてるみたいだ。あのリズム感は天性のものだな。


「……あんなやる気なさそうなのに」


 彼女はボソッと付け加えた。

 ……うん、自分だけバンドに入らないのは仲間はずれにされたみたいで嫌だっただけで、ドラマーになりたかったわけじゃないしね。

 やる気はあまりないかもしれない。


 隣で聞いていたもう一人の教師役も感心したようにうなずいた。


「あのリズム感で支えられたらメンバーは安心して弾けるだろうね。本当に初心者?」

「始めてから三日くらいです」

「信じられない……」


「す、すいません! このコードチェンジが上手くできないんですけど、どうしたらいいですか?」

「それはね、あなたルート刻みが癖になってるからよ」


 キャロルも必死になっている。

 どんどん上手くなるティナを見て危機感を覚えたらしい。




 二人のことはジョックの人たちに任せてオレは自宅に帰った。

 ちょっとサボっただけで大変なことになっていた。


 木を伐って、ティナが切株を引っこ抜いて、平らにならしたばかりの地面がもう緑で覆われている。

 草じゃない。これ全部木の芽だ。樫やら杉やらヒノキやら、いろんな種類の木の芽が早くも伸び出して、幹はもう親指くらいの太さになっている。


 無事なのは毎日のように草むしりしてる畑だけだ。

 畑の豆もこんな勢いで育ってくれたら助かるんだが。


 それに森の外だと木の成長はその野菜より遅い。多分そっちが本来の速さだと思う。

 この森やっぱりおかしいわ。


 タマが頑張ってはくれてるんだが、こいつの伐採って基本的にダムを造るためのものなので、ある程度の大きさの木しか切ってくれない。

 食べ物は木の芽なんだけど好き嫌いが多くて柳みたいな柔らかい葉っぱしか食べない。タマの食べ残しがこの木の芽の森だ。


 グリもパワーはあるけど細かい作業は苦手だし。自分でやるしかないか。

 あれだな、もっと何でも食べてくれるモンスターが必要かもな。ヤギみたいなやつ。


「ふぬっ」


 オレは手袋をはめて片っ端から抜いていった。


「ふう……」


 ぽたぽた落ちた汗が地面に吸いこまれてゆく。

 オレはかがめていた腰を伸ばした。痛ててて……。


 振り返ると後ろには引っこ抜いた木が柴のようになってあちこち積み重なっていた。

 焚きつけにちょうど良さそうだ。


 頑張ったおかげで何とか小川までの範囲を森の侵略から守ることに成功したようだ。


 伐採はタマがしてくれてるし、今日はもうおやすみにしよう。

 腕はパンパンだし腰も痛い。


 あー、また全身汗だくだ。

 裸で水浴びしたい気分だな。でもティナたちがいつ戻ってくるかわからんし、頭だけにしとくか。


 オレは庭先で頭を洗った。

 ウンディーネ便利。


 水の塊で頭をすっぽり包みこむ。

 顔は出しているから頭というか髪が生えてる部分だけだな。


 何だかんだウンディーネが一番使ってるテイムモンスターということもあって思い通りに動かせる。


 ウンディーネの中に指を突っ込んでガシガシ洗う。

 こうするとウンディーネの[水質浄化]スキルが汚れを分解してくれるんだ。


 あー、頭がスーッとする。


「何してるの?」


 案の定早くも帰ってきたティナが不思議そうに見ていた。

 全裸になるのをやめておいてよかった。


 オレは頭を洗いながら答えた。


「やあお帰り。キャロルは?」

「もうちょっと練習したいって、先に学校に帰っちゃった。で、何してるの?」

「ご覧の通り、頭を洗ってるんだ」

「ウンディーネってそんなこともできるんだ!」


 両手を胸の前でギュっと握り合わせてティナは驚いた。


「いいなー……。獣人って頭を洗うのがちょっと苦手なんだよね。ほら、耳が頭の上にあるでしょ? 水が入るのが怖くて」


 ティナは自分の耳を指さした。

 なるほど、言われてみれば確かに。


「洗ってあげようか? ウンディーネなら耳の中に水が入らないように操作できるよ。すぐ乾かせるし」

「いいの!? お願い!」


 ティナのお願いじゃ聞かざるを得ない。

 オレは自分の部屋でタンスの引き出しをひっくり返してブラシを見つけてきた。

 新品の細長い小さいやつだ。


 玄関前に一本残した木の陰にイスを持ち出して腰かけてもらった。

 ウンディーネで頭をスポッと包み込むとティナは「ひゃっ」と小さな声を上げた。


「うわ、面白い感覚……」


 オレはウンディーネに手を突っ込んで指先で頭を撫で回した。

 うん、確かに面白い。他人の頭の感触って独特だな。


「うー……」


 髪を掻きまわすとティナは気持ち良さそうに目を細めた。

 いい加減に頭を洗って、さて、いよいよ耳だ。

 オレは中に水が入らないように調節しながら耳全体を水で浸し、内側に手を当てた。


「ひゃんっ」


 ティナはビクッと硬直した。


「や、優しくしてね?」

「フフフ、期待に沿えるといいけど」

「ううう……」


 耳の内側に手を当てて支えて、その外側をブラッシングする。

 軟骨がコリコリしてる。耳の厚さ自体は思ったほどじゃなかった。大きさの割に薄いのかな?

 表面を覆う細かい毛が上質な起毛生地みたいで、撫でると気持ちいい。


「~~~~っ……!」


 ティナは無言で身悶えた。

 すごくくすぐったそうで顔が真っ赤だ。


 ……いかん、何か楽しいぞ?

 良くないですねこれは。非常に良くない。


 気を取り直して、さて内側だ。

 オレは今度は耳の外側を指の腹で押さえて内側にブラシを入れた。


「んー!」


 体をよじって指を外そうとしたので耳の端をつまんだ。

 絶対に逃がさないぞ?


「うにゃぁぁぁぁ……」


 ティナは足をジタバタさせて耐えていた。


「はい、おしまい!」

「……さっぱりした。ありがとう」


 耳の内側まですっかり綺麗になったので解放すると、ティナは頬をポリポリ掻いて礼を言った。


 何だか美容室でも食っていけそうだな。獣人限定だけど。

 卒業後の選択肢が増えた。

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