偉大なる作曲家
一曲目の練習はみんな頑張ってる。
アイラもキャロルも最後まで音を外さずに弾けるようになったし、ティナなんかもう何年もやってそうな安定感だ。
二曲目はオリジナルの曲にしようという話になっていた。
ところがシャルはその作曲に苦戦していた。
最初は音楽室でやってたんだが全然音が浮かばなかった。
そこで環境を変えてみようと外でやったり町に出たりしてみた。
今日はオレの自宅の食堂で顔色を青くして悪い汗を流している。
作曲は全然進んでいない。
音符を書いては消し、並べてみてはぐしゃぐしゃに塗り潰して、一行も書けていない。
夜も眠れていないようで綺麗な目の下にくまが浮かんでいる。
ゴトン。
シャルは頭を抱えてテーブルに突っ伏した。
「私、もう駄目……」
「どうしたの?」
「作曲なんてできないわ。何をどうしたらいいかわからないの……。私、今まで何をやってきたのかしら?」
「ずっと音楽をやってきたじゃないか。自信を持って!」
「音楽? そうね、私なんて所詮多少楽器が弾けるだけ……。決められた音を奏でるしか能がないオルゴールよ……」
「そこまで卑下しなくても」
「何もかもおしまいよ。もう音楽なんて辞めるわ……」
シャルはすっかり打ちのめされていた。
「シャル、君疲れてるんだよ。少し休みなよ」
オレはシャルを客間に追い立ててベッドに横たわらせた。
薄い毛布ををかぶせたけどシャルは目を閉じようとしなかった。
「眠れないわ」
「……前から思ってたんだけど、シャルのスキルって自分には効かないの?」
「さあ、試したことがないからわからないわ」
「よし、じゃあ自分に[睡眠]スキルだ。ねーんねーんころーりーよー」
下手な声で唸るとシャルはクスッと笑った。
「何それ」
「本当はどうだっけ?」
「こう。眠れ、眠れ、愛し子よ──」
スヤァ……
自分を対象として[睡眠]スキルが発動、歌い始めてすぐにシャルは眠りについた。
間一髪回避したけど巻き込まれるところだったぜ。
オレはシェードでベッドを覆った。
シェードは空気が【闇霊】のジョブを得た状態だ。いわば闇が具現化したモンスターだな。
ここで一人暮らしを始めた頃に部屋の片隅で見つけたんだ。
ベッドの上だけ真っ暗だ。日中だけどこれで静かに眠れるだろう。
オレは町に出かける支度をした。
「アイラ、シャルのことは任せるよ。ちょっと出かけてくる」
「は? シャルのことをあなたに指図される筋合いはないわ」
アイラはオレをシッシッと追い払った。
ずっとオレたちを監視してたんだ、彼女。後ろ手にナイフを隠し持って。怖いよ。
「──そしたら友達が倒れてて、慌てて駆け寄ったらそこにグリフォンがいたんだ!」
オレはジョックにいた。
作曲のアドバイスになりそうなことを聞けないかと思ったんだけど例の老紳士はあいにく不在だった。
代わりにちょうどたむろってた他のバンドと交流してるところだ。
オレが冒険者の卵だと名乗ると彼らが聞きたがったので森の話をした。
オレに音楽の世界のことが未知であるように彼らには無縁の世界だからな。興味があるんだろう。
「グリフォン!」
「そう、超キケンなモンスターなんだ。いやもうビビッたよ。エサに夢中じゃなかったら死んでたね」
「よく助かったね……」
「今君たちと話してるのが信じられないくらいさ。まさかそんな至近距離にいるとは思わなかったから見た瞬間固まっちゃったよ! こう、変なポーズのままで」
あのときのポーズをちょっと誇張してやってみせると彼らは笑った。
「オレのパーティーの男はこんなカッコしてたし女の子たちも死にそうな顔してた」
「実際さぁ、どうやって助かったの?」
「それがさ、仲間がモンスターを動けなくするスキルを持ってたんだ。ところがそれまで試す機会がなかったもんだから、本人もどういう効果があるかわかってなかったんだよ。生き残ったのは偶然だね。いやー冒険者なんてやるもんじゃない」
「バンドマンも楽じゃないけど、冒険者よりはマシかなぁ」
「少なくともある日突然死はないもんな」
「……ときどき死にたくなるけどね。全然受けなかったときとか」
「フレーズが浮かばないときとかな」
そのバンドでギターをやってる男が言った。
「あ、作曲するんだ」
「一応ね。まだヒット曲はないけど」
そのギタリストは肩をすくめた。
ちょうどいいや、ちょっと聞いてみよう。
「実はうちのバンドもギターの子が曲作らないといけないんだけど全然できなくてさ。でもオレ、作曲のことなんてさっぱりわからないから何もできなくて。どうやってるの?」
「作曲ねぇ……」
男は斜め上をちょっと遠い目で眺めた。
「まず才能がないと話が始まらないんだけど、でも才能があっても最初から上手くできるわけじゃないんだ」
「そうなの?」
「最初に出て来るのはどっかで聞いたようなフレーズとか、誰かの曲のパクリばっかだよ。作ってた当時は気持ちよかったんだけどさ。今見返すと死にたくなるね」
「そうか、難しいんだな」
「それでも諦めずにずっとやってるとそのうち自然と自分の音が出てくるようになるんだよ。……まあ客のニーズってその時の流行に左右されるし、自分でいいと思っても他人も評価してくれるとは限らないけどね。パクリの方が受けたりするし」
シャルはその流行を作り出そうとする側なんだよなぁ。どうしたもんだか。
考え込んでたら男が聞いた。
「その人、前からやってたの?」
「いや。今回求められて初めて作ってるんだ」
「以前からやってたんじゃないなら急に作ろうとしても難しいと思うよ」
「でも新曲を要求されてるんだよなー……」
「だったら、今回は他の人に作ってもらったら?」
「他の人? その発想はなかった。君にお願いしてもいい?」
「他人の曲まで作ってる余裕ないよ。そうだなー……、伝説の作曲家が近くの山の中に住んでるって聞いたことがあるな」
「何でそんなところに」
「変わり者なんだって。行ってみたら? 作ってもらえなくてもさ、何かアドバイスくらいはくれるかもよ」
シャルは翌朝ようやく起きて来た。
「おはよう」
「おはよう。久しぶりによく眠ったわ」
シャルはスッキリした顔をしていた。
「気分はどう?」
「おかげさまで快適よ」
「そりゃ良かった。ところでさ──」
オレはギタリストに聞いた話を伝えた。
「──というわけであそこの山の中に伝説の作曲家が住んでるんだって」
「そう……」
シャルはしばらくじっと考え込んだ。
「……行ってみようかしら」
「え、本気?」
自分で言っておいて何だけど、正直眉つばものの話だと思うんだが。
「今は藁にでも縋りたい気分なの。ねえ、ついてきてくれる?」
オレは「もちろん」と答えようとした。言い出しっぺだし。
ところが瞬間的にアイラが大反対した。
「若い女の子が男の子と二人きりで? ちょっと非常識じゃない?」
「そうかしら」
「そうよ! だったら私がついていくわ!」
「……そうね。アイラ、お願いできるかしら」
「もちろん喜んで!」
シャルとアイラはその日のうちにベガに乗って飛んで行った。
伝説の作曲家を山に尋ねて。




