スカウト
毎度のことだが休日前は夕方になるとレインを始め彼女のいない寂しい男たちがやってきて大騒ぎする。
そしてこれも毎度のことだがそいつらの多くは翌朝二日酔いで寝込んでいる。
休日ライブはいつも通り午後イチからの開演だ。
オレは半病人どもを客間に残して家を出た。
「頑張って生きろよー」
「うぃー……」
いつも通りお客をさばいてライブ開始だ。
老人たちが眉をひそめるような「狂騒の」メロディーはこの町の若者たちの心を支配していた。
今やシャルは若い音楽シーンをリードするカリスマだ。
おかげで今日も客の入りは上々、熱狂は公会堂を揺るがしている。
「キャ──! キャアァァァアアアッ!!!」
今日はアイラも一緒に袖から見ていた。
アイラは初めて間近で見るライブに感激することしきりで、観客に負けず劣らずの声援を裏返ったような大声で送っていた。
耳が痛い。
ライブはこれもいつも通り大盛況のうちに終わった。
オレも全身汗だくだが演奏してたシャルはもっとだ。シャツがびっしょり濡れて肌に張り付いてる。
シャルのスタイルだと煽情的なんてもんじゃないな。
まあオレもいつも通り興奮し切ってたのでいつも通りハグしようとしたんだがアイラに全力で阻止された。
「どさくさに紛れて触ろうとするんじゃないわ、この痴漢テイマー!」
「いや、そんなつもりは……」
酷い言われようだ。代わりに抱き合う二人をオレはぽつんと眺めていた。
手が寂しいんだが。
それにしても……。
オレは流れる汗を拭った。
いつも通り観客は熱中しすぎて会場の室温まで上がってた。
ただでさえ暑いのに音が漏れないように締め切った公会堂はほとんど温室だ。
これは夏の間はライブを中止しないとぶっ倒れる客が出てくるな。
しかし間を開けて今の勢いを止めたくもない。難しいところだ。
お客さんを帰して掃除して、さあオレたちも帰ろうかと公会堂を出たところで待ち受けていた男性に呼び止められた。
「失礼、ちょっとよろしいかな?」
その男はつばの広い帽子を脱いであいさつしてきた。
身なりのいい老紳士だ。帽子だけじゃなく反対の手にはステッキなんか持っている。
「何でしょうか」
オレはシャルの代わりに前に立った。早く帰って水を浴びたいんだが。
「初めまして。私はフリーデンと申します。この町で音楽の仕事をしている者です」
老紳士は言葉遣いも態度もオレたちみたいな若造が相手でも丁重だった。うーん、見習おう。
「これはご丁寧に。私はウィルと申しまして、冒険者学校の学生です。彼女たちも」
「なんと! こんな麗しいお嬢さん方が冒険者の卵とは。人は見かけによりませんな」
妙な感心をした老紳士は「私は楽器店やライブハウスなどを経営しております」と自己紹介した。
「他にはバンドのプロデュースも手掛けております。今日はそちらのギタリストのお嬢さんに是非私のライブハウスで演奏していただきたいと思って声を掛けたところです」
何だと!?
しかし、これは考えどころだ。オレは瞬間的に頭を巡らせた。
「……申し訳ございません、大変ありがたいお話なのですが」
「断ると?」
「いえ、そうではなく。何しろこの姿でして」
ライブの後に掃除までしたオレたちは三人ともバケツで水でも被ったのかというくらいびしょ濡れだ。
「是非お受けしたいのですが、正式なお話は身なりを改めてからにさせていただけませんでしょうか」
「……もっともですな」
老紳士が経営するというライブハウスは『ジョック』という名前だった。
場所を聞いたオレたちは翌日午後、学校の授業が終わってからの訪問を約束して退散した。
オレたちは急いで自宅に帰った。
風呂はシャルたちに明け渡してオレは裏の井戸で水を被った。
上手いこと時間の猶予を作れた。
体を洗いたかったのは本当だが退散するための口実に使ったのも確かだ。
実のところオレはちょっと疑っていた。
さっきのが本当の話なら願ってもないことだが、あまりにも話が旨すぎる。
何か裏があるんじゃないか? シャルの美貌なら他の目的はいくらでも考えられる。
確認しておきたい。
──ということを帰り道に説明した。
「ウィルがそう言うなら」
シャルは同意してくれたけどアイラには睨みつけられたんだよな、何故か。
「いつもそんなこと考えてるから同類のことがわかるのね!」
何でこの子こんなにオレに当たりが強いの?
まあそれはともかく。確認と言ってもよそ者のオレたちのこの町の知り合いなんて限られている。
オレたちはとりあえずレインのバイト先に向かった。
レストランは準備中だったので裏口に回った。
「すいませーん」
「はーい」
ノックして扉を開けるとウェイトレスが出て来た。
前も会った茶色の髪の子だ。ちょうど良かった、まずはこの子に会いたかったんだ。
「あら、レインのお友達じゃない。いらっしゃい。お店はまだよ?」
「ごめん、今日は食べにきたんじゃないんだ。ちょっと聞いてみたいんだけど、ジョックって知ってる?」
「ライブハウスの?」
「そう」
「ああ、有名なお店よ。私でも知ってる。行ったことはないけど」
「──あ、ウィル。どうしたんだ?」
「いや、ちょっと聞きたいことがあって来たんだ。ジョックって聞いたことある?」
「知らんなあ」
レインもやってきた。
その後ろからコックコートを着た若い男まで出て来た。
「何やってるんだよ──」
ちょっと苛立たしげだったその男は、しかしシャルを見てピタッと動きを止めた。
「うわあ、シャルさんだ!」
「あれ、知ってるんスか?」
確か最初にこの店に来た時にレインの頭を叩いていた先輩料理人だ。
レインが聞くと先輩料理人は「ファンなんです」と答えた。レインではなくシャルに。
「今日は仕事で行けなくて悔しがってたら、まさか本人に会えるなんて!」
感激することしきりの先輩料理人はレインに聞いた。
「どういう関係なんだ?」
「学校で同じパーティーなんス」
「よし、よくやった!」
そして奥に引っ込んで自分の私服を持ってきた先輩料理人はシャルにサインをねだった。
「ここにお名前をお願いします! 『マーレイさんへ』って添えて」
「私の名前で良ければ」
シャルはサラサラと自分の名前を書いた。
最近は町を歩いてるだけでサインをねだられることがあって、慣れてるからね。
サインをもらって喜ぶ先輩料理人にレインが尋ねた。
「先輩、ジョックって知ってます?」
「当然! ──一流の店ですよ」
先輩料理人はまたもレインではなくシャルに言った。
「この町のストリートミュージシャンたちは皆一度はあそこで演奏したいと夢見ているんです──」
先輩料理人がいう事には、何でもあのフリーデンという老紳士はこの町の音楽界の顔役なんだそうだ。
年は取っても音楽には情熱的で仕事にも半分趣味が入っている。
つまり有望な新人を発掘するのが趣味なのだとか。
「実際、あの店を出発点にしてメジャーで活躍するまでになったバンドもいますよ。うわーこれでシャルさんも全国区か! 是非やってください! その時は俺も行きます」




