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ティナ

 オレは用がない時は学校でも町でもあちこち見て回っている。

 何しろ学校なんてところに通うのは初めてなもんで、何を見ても珍しいんだ。


 入学して一か月が経った。オレは昼飯を食った後にフラフラ校舎裏を歩いていた。

 こっちの方はまだ来たことがなかった。まるで用がないからな。


 校舎の裏手はすぐ森だ。底知れぬ奥深い森が目の前にあって、でもオレはまだ自由には入れない。

 オレは森の際をプラプラ歩いて、時々覗き込んでみたりした。この辺はまだ普通の森だな。


 石造りの校舎の裏側に大きな木の扉がある。こいつは内側からかんぬきが掛けられていてこっちからは開けられない。

 扉は少し高い位置にあって、やはり石の階段で地面とつながっている。


 何の気なしに扉の前を通り過ぎて、オレはそこでバッタリ足を止めた。

 そこに隠れるようにして一人の少女がしゃがみ込んでいた。


 少女は石段の手すりと木の物置の隙間に体をねじ込んで、両手で持ったコップの中身を大事そうに飲んでいた。

 その制服はこの学校の生徒のものだ。


 オレを見た彼女の頭の猫のような耳がピコピコと動いた。


『獣人』と呼ばれる人種がいる。彼女たちは頭の上に猫に似た耳を持ち、腰の下に猫に似たしっぽが生えている。

 といっても普通に人間の仲間で、人間と結婚して人間を生む。


 ただし、今「彼女たち」と言ったように、獣人は女性しかいない。

 獣人から生まれてくる子供は男は全部人間、女は全部獣人になる。


 元は一地方の少数民族に過ぎなかった彼女たちだが今では全女性人口の一割は獣人だ。

 女性の十人に一人は獣人なわけで、この学校の生徒にも獣人の子は四人いる。


 その中でも最も目立っているのが彼女だろう。


 パッチリと大きな瞳の明るく澄んだ翡翠色は獣人でしか見られない色彩だ。普通の人の目って黒から茶色だもんな。

 太陽の下でキラキラ光って、本当に宝石みたいだ。


 髪は色味の強いピンク色だ。これも人間ではあり得ない。普通は黒から茶色だ。

 耳も尻尾も同じ色の、しかし刈り込んだように短い毛で覆われているが、先の方だけ白い。


 大きめの耳のせいか目がクリクリしてるせいか小柄でスレンダーなせいかそれとも色合いのせいか、とにかくあどけなく見える。一言で言えば可愛い。

 ……ジョブはかわいいなんてもんじゃないが。


 彼女のジョブは【超獣】という超レアなやつだ。これが彼女を有名人にしている原因だ。

 【超獣】は知能を除くあらゆるステータスが飛躍的に上昇する。これまではそれこそモンスターでしか知られていなかったジョブだ。


 基本的に有用なジョブほど得ている人数が少ない。

 例えば【ナイト】なんてそこら中にいるし、ナイトの上級職である【パラディン】だってナイトよりは少ないとはいえオレたちの同期にも二人いる。


 しかし【超獣】を持っている人間は世界中で彼女だけだ。それも同時代に、という意味ではなく歴史の中で、だ。

 その希少さだけでもどれだけ強力なジョブなのか計り知れようというものだ。


 人間にも【超人】という似たようなジョブがあることが知られているが、【超獣】と比べたら下位互換の劣化版だ。

 人生の全てを鍛錬に費やした筋骨隆々の大男が【超人】となって初めて彼女と「大人と子供」くらいの立ち位置になれる。


 特に何も鍛えていなくても【超獣】となったその日から彼女は世界最強となった。

 俺のテイマーと違って大当たりだな。


 ……あ 目が合った。

 しょうがない、声をかけてみよう。


「狭いところって好き?」

「……あんまり」

「じゃあ広いとこに来なよ」


 ポケットを探ったらハンカチがあった。汚くはない、はず……だ。

 石段にハンカチを敷くと少しためらってから彼女はそこに腰を下ろした。


「初めまして! キミ、名前は? 知ってるけど」

「えー、何それ」

「ティナの口から聞きたいんだ」

「言ってるし! ティナよ。よろしくね」


 よし、ファーストコンタクト成功。


「ウィルだ。よろしくな。──ところで名前は知ってるけどそれ以外のことは全然知らないんだ。どこから来たの?」

「アルバだよ」


 この国の首都の名前だ。


「すげー、大都会じゃん」

「そうよー、都会っ子なんだから!」

「道理で……」


 オレはティナを見た。

 彼女は戦闘科の生徒にしては髪もきっちりセットしてるし、同じ制服でもスカートを短めにしたり靴下を折ったりと長い足を見せつけるアレンジを施している。

 結構おしゃれさんだ……まあティナがしてると年上に憧れる子供って感じがするけど。


「えー、どういう意味?」

「都会の女の子は流行に敏感だねって意味」


 口をとがらせたティナをウィンクでごまかした。


「オレの村には獣人っていなかったんだけどさ、近くの町には何人かいたんだ」

「今時珍しくないよね」

「綺麗なお姉さんで近所のガキ共の憧れだったんだ。まさかこんな間近で見られるとは思わなかったよ……近くで見ると獣人の女の子ってやっぱり可愛いよね」

「え、そう?」

「特にその耳、すごく可愛い。形もいいし色も綺麗だ。白のワンポイントがホントにキュート。可愛いの上に可愛いが乗ってて最強だね」

「えへへ……嬉しいな」


 ティナは耳の先の白いところを指先で触りながらはにかんだ。

 うーん、こうしてると本当に可愛いな、この子。


「ここに来てから強いってことばかり言われてて、可愛いなんて言ってもらったの久しぶりなんだ」

「そうなの? 見る目のない奴らばっかだな。オレなら毎日可愛いって言うね」

「もう、それ絶対誰にでも言ってるでしょ!」

「んなわけないじゃん、オレは限りない誠意の男だよ?」

「こんなにチャラいこと言う男の子、アルバでも見たことないんだけど……。ねえ、ウィルはどうしてこんなところに来たの?」

「え? いやこの辺りはまだ見たことなかったから。特に意味はないんだけど」

「じゃなくて。学校のこと」


 オレは肩をすくめた。


「金がなかった。オレのジョブは【テイマー】なんだ」

「へー。授業で聞いたような気がする。動物を操るやつだっけ」

「そう。テイマーなんて普通に就職しても馬丁くらいにしかなれなかったしな。それで軍人か冒険者かって二者択一で、人を殺すのは嫌だったからこっちを選んだ」

「私も!」


 途端にティナは目を輝かせた。


「私はさぁ、本当は家の近くのカフェに就職しようとしてたんだ」

「カフェ? 何それ」

「あ、知らない? 女の子がお茶とかお酒とか出すんだけどいかがわしくないお店。可愛い制服着て、」


 言いながらティナは立ち上がった。そして身振りで示しながら説明した。


「お客さんが来たら『いらっしゃいませー!』って席まで案内して──はい座って座って」

「こう?」


 オレはティナと場所を替わった。


「そうそう。それで『ご注文はいかがですかー?』ってオーダー取って、お客さんとおしゃべりしてお金をもらうの」


 んん? 何となくいかがわしい店のような気がするんだが。


「アルバでは流行ってるんだけど、本当に知らない?」

「初耳」

「お父さんの知り合いが社長さんでさ、ウチに来てもいいよって言ってくれて。そこ制服が可愛かったんだよねー。でもジョブが【超獣】なんてのになっちゃって……。知らないよそんなの。そしたらお役人さんが来て『軍学校しかダメ』って言われちゃって。それで戦争なんてしたくなかったからこっちに来たの。人殺しなんてヤダもん」

「そうかー……」


 強いジョブをもらってもそれで当たりってわけじゃないんだな。本人の志向と違ってたら大外れだ。

 ティナはここに来るのがよほど嫌だったらしく長々と愚痴を聞かされた。


「それでねー、毎日午後から訓練なんだけどそれが嫌でさー。ちょっと現実逃避してたの」

「嫌なことがあったら言いなよ。オレで良かったら聞いてあげるからさ」

「……ありがとう」


 それから昼食後は校舎裏で待ち合わせるのが日課となった。

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