脳を破壊された哀れなプリースト
アイラは困り果てていた。
「あはは……」
「うふふ……」
アイラ以外のパーティーメンバーがここのところで立て続けにつきあい始めたのだ。
毎日周囲を飛び交う桃色がかった波動にあてられてアイラはほとほと参っていた。
今もこれから探索だというのにみんなイチャついている。
体を寄せてつっつきあっているマルスとウィズはまだいい方でレパードとベルナは見つめ合って今にもキスしそうだ。
ルークなんか両側に女の子を侍らせて肩に腕を回して、それぞれに交互に笑いかけているし。
(もっと真面目だと思ってたのに、本性はこんな人だったなんて)
幻滅だ。
うんざりしながらアイラはパンパン手を叩いた。
「みんな、そろそろ今日の探索を始めましょう」
こんな調子だから冒険の方も全然ちぐはぐなのだった。
男子たちはいいところを見せようと張り切るし女子たちはきゃあきゃあ騒いでるし、気分はまるでピクニックだ。
「ごっめーん!」
「そろそろ行かないとだよねー。でももうちょっとこうしていたーい!」
リサとミュールが笑いながら手を合わせた。
二人とも口では謝っていても態度はちっとも悪びれていない。
さらにウィズが楽しそうに笑いながら言った。
「アイラも彼氏作ったらいいのに!」
「……は?」
アイラは愕然とした。
アイラの実家・ミュスカール家はアルバ、いやこの国でも三本の指に入ろうかという豪商だ。
先祖代々結婚というものは商売上の繋がりを作るための政略でしかない。
恋は別腹ですればいいと父親も母親も愛人を持っていた。
アイラの属していたコミュニティーでは結婚はなるべく早くということで女性は十六、七歳でするのが普通だった。
その上アイラは社交界でも評判の美少女だったのでまだ子供の頃からお見合いの話がいくつもあった。
それはもういくつもいくつも舞い込んでいた。
国内外の大商人から貴族まで選り取り見取りで、紹介状で上流階級の未婚男子のカタログを作れるほどだった。
お見合いの釣書はマホガニーのデスクの上で実際に積み重なって山のようになっていた。
「貴女、早く決めてしまいなさいな」
自分も早くに結婚した伯母は若ければ若いほどいいところに嫁いで大きな顔をしていい暮らしができるとか、アイラとしてはどうでもいいことをさも自慢げに語った。
(本当にそうかしら?)
十四歳のアイラには疑問でしかなかった。
アイラには兄が二人いるが上の兄は十八歳で結婚した。
当時十六歳の兄嫁は嫁いで来た当初は明るい顔をしていたのだが、ストレスフルな日常に心を擦り減らして次第次第に表情が消えていった。
誰もが似たようなものだった。
アイラの家族も親戚も口を開けば自慢話か他人の噂話、それもほとんどは悪口ばかり。
母親にしたって実のところは家庭が楽しくないから愛人を囲っているのだし、毎日がつまらないから浪費に走っているのだ。
彼女たちのライフスタイルはアイラの目には全然魅力的に映らなかった。
それでもその頃はまだ良かった。結婚と言われてもピンと来ないだけだったのだから。
十五歳の誕生日を目前にしたその日、アイラに過去最大の縁談が来た。
国王の末子だ。
親族一同色めき立った。
一族にかつてない名誉、そして商売にさらなる飛躍をもたらすチャンスだ。
「貴女、絶対に決めなさいよ!」
「代われるものなら代わってあげたいわ!」
アイラの気持ちなんか無視して皆口々に好きなことを言った。
トントン拍子に話を進められた。
まだ一目も会ったことがないのにこのままだと否応なしに結婚させられそうだった。
仕方なくアイラは王子と会った──お見合いした。
冬の初めの寒々しい王宮の離れで、アイラは初めて彼と顔を合わせた。
「君がアイラか! やあ、初めまして! 噂通りの美形だな! 体はもっと育って欲しいがな!」
王子は二つ年上の十七歳、正室の子で将来は王位もうかがえようかという毛並みのいい少年だった。
しかし──
(無理! これはちょっと無理!)
出会った瞬間アイラはこれは自分とは合わない人種だと確信した。
獣人は概して人間より耳がいい。
声の大きな人間はストレス源でしかない。
もうその時点でネガティブな感情が勝っていたのだが、実際話してみても快活というよりは粗暴、率直というよりは無思慮、チヤホヤ育てられて他人に気を使ったことのないタイプだった。
みんないい話だと言うけれどアイラはこの王子のことがちっとも好きになれなかった。
「一緒に暮らしていればそのうち好きになれるわよ」
母も伯母も兄嫁もおためごかしを言った。
彼女たちを見ていてそんなのは嘘だと知っていた。
周りが勝手に話を進めるうちにアイラは結婚という制度も男のことも心底嫌いになっていた。
唾棄すべき悪習だ、こんなものはなくなってしまえばいい。
アイラは心底憎悪した。
そんな中迎えた十五歳の朝。
アイラがもらったジョブは【プリースト】だった。
医者から結婚式の司祭まで何でもできる、庶民であれば一生食いっぱぐれのない当たりジョブだ。
もっとも商売人としては何の役にも立たないので、周囲の反応は芳しくなかったが。
しかしアイラにとっては福音だった。
アイラの価値観の中心は「自分の力で何とかすること」だ。
それは子供の頃の小旅行の小さな成功に起因するものだったが小さなアイラでも人生の指針となっていた。
生活のレベルなんて下がってもいいじゃない?
この年で好きになれない男と結婚して一生つまらない思いをして暮らすよりも、自分の力で生きたい。
そう決意したアイラは何もかもを振り捨てて家出同然でこの学校に来た。
(──その私に男を作れと!?)
ここに来ることになった事情とか家出前の実家での憤懣とか、いろいろな事情ややりきれない激情がアイラの脳裏を一瞬でグワーッと巡った。
ウィズはきっと親切心で言ったのだろう。
しかしその一言でアイラはキレてしまった。
「……パーティーを抜けるわ」
パーティーの面々は目をパチパチさせた。
アイラも口に出した瞬間言い過ぎたかと思ったが、しかしやっぱりもうここにはいられないという気持ちの方が強かった。
「え?」
「今日で辞めさせてもらいます! 今までありがとうございました! どうぞ勝手にお幸せに!」
「ちょ、ちょっと!」
引き止める手を振り払うようにアイラは走り去った。
「シャルぅ……」
その夜、アイラはシャルに泣きついていた。
寮の自室でベッドに腰かけたシャルに縋りついて涙声で愚痴をこぼした。
色を知ったパーティーメンバーのこと、それと実家でのこと……。
シャルの柔らかな手が優しく肩を抱いた。
「辛かったのね……」
すべすべの手のひらが優しく優しく背中を撫でた。
アイラは感極まった。持つべきものは理解のあるルームメイトだ。大好き。
「ねえ、そういうことならアイラも私たちと来ない?」
「え、どこに?」
「あのね──」
シャルが言うには何でもあのシットアステイマーは今日モンスターを何匹かテイムしたのだという。
よりによってアイラの抜けたパーティーの手助けによって。
それでそのモンスターを軸とした新しいパーティーを作るつもりなのだという。
そしてシャルもそのパーティーに勧誘されているのだという!
「──は?」
アイラは激怒した。
(あのファッキンサックテイマーの野郎、シャルに伸ばした魔の手をいよいよ動かし始めたってわけね!)
そもそもがパーティー内でのカップル成立を斡旋したのもあの女衒テイマーだと聞いている。
アイラからパーティーメンバーだけでなく、この学校でできた一番の友達まで奪っていくつもりなのだ。
春機発動期の動物みたいになってしまった元パーティーメンバーの姿が思い浮かんだ。
シャルももしかしたらあんな風になって──妄想の中で色ボケしたシャルがヤリ〇ンテイマーにしなだれかかって蕩けた顔で笑っていた──
『アイラも恋人を作るといいわ!』
──脳裏に浮かんでしまったその情景を打ち消そうとアイラはおでこを壁にガンガン打ち付けた。
「ああああああ!」
「ちょっと、どうしたの!? やめて!」
突然の奇行にシャルは驚いてアイラを制止した。
後ろから抱きすくめられたアイラは再びシャルに縋りついて、泣いた。
──絶対に許さない。刺し違えてでも阻止する。
シャルを守る。奸佞邪智のクソオステイマーを監視する。
その両方を果たすためアイラもまたパーティーに参加することにしたのだった。
アイラ、君素質あるよ。




