コンサート
地竜なんてのは本来もっとずっと奥の方にいるものだそうだ。
ティナだから難なく勝ったが一般の生徒ではまず太刀打ちできない。
「こう言っちゃなんだが、地竜と遭遇したのが我々で良かった」
教官はティナの肩を叩いてねぎらった。
「他の学生が先に出会ってたら死んでたぞ。ティナ、よくやった」
調査のために森はしばらく立入禁止となってしまった。
おかげでいつもの駄弁り場こと訓練場は生徒でいっぱいで身の置き所がない。
「しゃーねーな……。シャル、町に行こうぜ」
「ええ」
オレはシャルと街頭ライブに繰り出した。
三日目に市役所からお役人が二人来た。
「あー、お前ら、興行の許可は得ているか?」
「え、必要なんですか?」
オレはシャルの代わりに尋ねた。
「路上ライブやってる人なんていっぱいいるじゃないですか。あれ全員許可を得てるんですか?」
「あれらは商売でやってないからな。お前らのは趣味とは言えんだろう」
当局の担当者は周りを取り巻く観衆をぐるっと手で示した。
確かに、回を重ねるごとに人が増えて、今日なんて道路の半分を塞いでしまっている。
それに最近はノリが段々危険になってきた。
要するに邪魔だからお目こぼしできなくなったってことなんだろう。
「とにかく、業として行う演奏には許可が必要だ。やりたかったらきちんと申請しろ。今日のところはほら、帰った帰った」
担当者はしっしっと追い払うように手を振った。
まずい、このままだとライブを禁止されてしまいそうだ。
「ちょっと待ってください」
オレは抗議した。
言っている相手は目の前の担当者だがその言葉は実のところ取り巻く観衆に向けたものだ。
何人かが担当者の二人に詰め寄ろうとしていた。その表情が怖かった。
「代わりの手段を考えましょう。……本当に危なそうですし」
皆いきり立っている。二人に突き刺さる不満の視線がヤバイ。
それこそ暴徒化しそうな観衆の視線にさらされて担当者たちはたじろいだ。
「そ、そうだな……」
オレは観衆に大声で呼び掛けた。
「すいません、今日のライブは中止ですが代わりの日程は追って告知しますのでご承知ください! ライブできないときのクレームは市役所まで!」
「期待してるぞ!」
「おいジョグ、お前んチ知ってるからな! しっかりやれよ!」
「あ、ああ」
ジョグと呼ばれた担当者が青い顔で頷いた。
オレたちはその足で市役所へ行った。
担当者の二人が一生懸命代わりの方策を模索してくれた。シャルのためと言うか本気で身の危険を感じたのだろう。
二人が色々調べて上役だか何だかと協議したりした結果コンサートホールを使わせてもらうことになった。
いやそんな立派なものじゃなくて小さな公会堂だが。
行ってみたら中には椅子すらなかった。多目的ホールにも満たない空っぽの箱だ。
ただ、小さなステージと、キーボードが一台あった。集会で合唱することがあるそうだ。
「これを使わせてもらおうかな」
ポーン、白い指が鍵盤を弾いた。
二日後の午後、さっそく本番だ。
チラシとか間に合わなかったのでオレは昨日町中で宣伝して歩いた。
オレはティナに縮めてもらった一張羅のジャケットでカッコつけて入り口に立って、やってきた客たちから入場料を徴収した。
今日はおひねり式より確実にもらえるようにした。だって公会堂の使用料を取られてるんだ。
ホールが一杯になってしまったので入場を打ち切って扉を閉めた。
オレはウィル・オー・ウィスプを飛ばした。天井付近でクルクル回ると光のかけらが飛び散って、狭い公会堂をキラキラ照らし出した。
ステージ横の控室に向かうとシャルはテーブルに向って仮想の鍵盤を叩いていた。
指先が右から左にパタパタパタッと移動したかと思ったら真ん中辺りをタタンと打った。妖精がダンスしてるみたいな運指だな。
「お客さんがそろったよ」
声を掛けるとシャルは指を止めて顔を上げた。
「私もいつでもいいわ」
「じゃあ行こうか」
オレたちは控室を出た。
ここから先はシャル一人の仕事だ。オレはステージの袖で立ち止まった。
軽く頷いたシャルはすれ違いながらオレの上げた手を叩いた。
シャルはキーボードの前の椅子に腰かけた。しっぽがぶらぶら揺れている。
いつも通り制服を着崩した姿だ。特に気負うこともなくいつも通りの様子で、自分で調律したキーボードの音を確かめた。
そして演奏が始まった。
静かな立ち上がりだ。
「月の光に照らされた静かな湖面をイメージしたソナタ」なんだそうだ。
説明通り何だか幻想的な印象を受ける曲だ。技術的にも優れているんだと思う、多分。
でも、観客たちの期待するものとは違うと思うんだが……。
案の定あちこちからざわめきが立ち上っている。
音が段々かすかに細く小さくなっていった。
観客たちの声にかき消されて音が聞こえない。
客のうちの注意深い者は一音も聞き漏らすまいと耳を澄ましている。
ダ──ン……
突然、鍵盤を抑えたまま指が止まった。体ごとほとんど静止するように。
おしゃべりしていた観客たちは一斉に押し黙った。
ダ──ン……
もう一回。重く鍵盤を押さえてまた指が止まった。
ひと際低く──白鍵が有無を言わせぬ勢いで「こっちを見ろ」と言っている。
観客たちの注意はステージ上の一点に引き付けられた。
指が跳ねた。
鍵盤が泡を吹いて暴れる馬みたいなスピードで疾走した!
さざ波に揺れる月の光なんか一瞬でどこかに行ってしまった。
静謐な月の夜空に突如太陽が昇って星々がラインダンスを踊りだした。
彗星が派手に飛び交って降り注ぐ流星群は花火みたいに爆発した。
さっきまでと同じ曲とはとても思えない。
これこれ、こうでなきゃ。さすがシャル、わかってるぅ!
賑やかで華やかで情熱的でファンタスティックで、この子本当にこういうのが好きだな。オレも大好きだ!
ウォオオオオオオオォ……!
熱狂が会場を支配していた。
観客が飛び跳ねる振動で公会堂が揺れている。
シャルは椅子を蹴とばして立ち上がって弾いている。
オレも興奮しすぎてわけがわからなくなってきた。
「しゃあっ」
あっ、バカな観客が一人ステージに登りやがった!
オレはそいつを止めようと袖から出かけたが、そいつはくるっと後ろを向いて観客の上にダイブした。バカかな?
観客たちはそいつをキャッチ、頭の上でバケツリレーみたいに運んで一番後ろで投げ出した。バカだな!
バカの真似をしたバカ共が次々とステージに登ってはダイブしてベルトコンベアー式で後ろに落ちる。
観客の前後はグルグル交代で入れ替わった。
観客たちの興奮は熱狂を通り越して狂奔になりつつあった。
シャルはぶっ通しで三曲弾いた。
ヘドバンし過ぎてフラフラしている男たちも体力を使い果たして隅の方でマグロのように横たわる女たちも、全員が満足の内にコンサートは終わった。
「シャル!」
オレはとうとうステージの袖から走り出した。
迎えるシャルは汗だくで前髪が一筋、汗で額に貼りついていた。
オレはシャルを抱え上げてくるっと回った。
「君は最高だ!」
着地したシャルをハグしたら抱きしめ返された。強く。シャルの全身が熱い。細い体の柔らかな感触が押し付けられる。
「ええ、本当に最高の気分!」
オレたちは正面から向かい合った。
何て笑顔だ……!
綺麗なだけじゃない、生命力に満ち溢れて、何というかこの世の生き物じゃないような魅力で光り輝いている。
オレはシャルから体を離した。そして少し距離を取って、一気にまくし立てた。
「さあ掃除して日が暮れるまでに鍵を返さないとな! なあに任せてくれ、ブラウニーもシルフも連れてきたんだ。一気に片づけてやるぜ。──そうだ、明日は休日だし昼メシ食いに行こう! 打ち上げだ! 楽器屋に行って楽器も見よう!」
「え、ええ」
シャルの返事は少し戸惑っていた。さすがに態度が不自然だったかな?
でも離れないとヤバかったんだ。オレも相当高揚してたみたいで、勢いでキスしそうになった。
危ねー……。




