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ドラゴンステーキ

 その日の女子寮の夕食では全員既に食堂に集合して着席していた。時間前だというのに。

 珍しいことだ。

 そして全員がおしゃべりの声をひそめて、ソワソワ落ち着かない様子で厨房をうかがっていた。


 ジャーッと肉の焼ける音に耳をそばだてる。

 厨房から漂うかつてない香ばしい匂いはアメリから広がった噂が真実であることを裏付けていた。


 今日の食事当番は獣人組だ。

 噂によればその中の【超獣】ティナは二日前地竜を討伐した。

 で、回収された地竜は今日さっそく競売にかけられたのだが、ティナは一部を売り出さずに持ち帰ったのだという。


 ロースの一番いいところを。

 女子寮のみんなに振る舞うために!


(女神かな?)

(今までいじめてごめんね?)


 脂の弾ける音が小さくなった。

 そして厨房と食堂の間のカウンターから割烹着に三角巾をかぶったティナが顔を出した。


「おまたせー!」


 少女たちは一斉に立ち上がった。


 女子寮の給食はカウンターまで自分の分を取りに行くシステムだ。

 いつもなら列を作って並ぶ、その列が崩れるほど先を争ってカウンターに殺到した。


 順番が来て手渡されたお盆の上に料理が並んでいた。

 野菜のスープ、業者が運んできたパン、そしてプレートの真ん中にステーキが鎮座していた。


「しっかり食べてね」


 ちょっとでもこぼしたりしないように大事そうに席に持って帰る。

 スープやパンなんかどうでもいい、全員が真っ先にステーキにナイフを入れた。


 震える手で切り身を口に運ぶ……。


 カシュ


 噛みしめた瞬間口の中に肉汁が弾けた。


 味付けは塩だけのシンプルなステーキだ。焼き加減以外の技術は何もない。

 しかしその肉質と来たら……!


 森の中でどんぐりやリンゴみたいな「素性の正しい」餌ばかり食べて育った個体だ。

 まず口の中に広がるのは脂の圧倒的な甘さだった。絹のように滑らかで軽い脂が口の中でさらりと溶けてゆく。

 同時にローストしたナッツにも似た香りが鼻腔を通り抜ける。適度に焼けた竜肉の香りだ。

 地竜のロースは綺麗なサシの入った赤身だったが、その赤身は脂を圧倒するコクを持っていて、噛めば噛むほど旨味が溢れてくる。


 全員言語能力を喪失して「おいしい」とすら言えなかった。

 舌というか脳みそがとろけた。


 女子寮でのこれまでの獣人組の料理の評価は「普通」というものだった。


「将来の夢は素敵なお嫁さん」と本気で口にしてそうな子たちが集まったメシウマ組には到底及ばない。

 でもその子たちが料理当番の日には他全員が絶望するメシマズ組とも違う。


 量はあるけど品数が少ない、普通に食べられる普通の家庭料理──というのが女子たちの認識だった。

(まあ料理なんてしたことのないお嬢様が一人混ざっているために凝ったものを作りたくても余裕がなかったのだが。)


 それがどうだ、今日のこのステーキは……。

 素材の圧倒的勝利! そうか、これが『素材の味』というやつなのか……。

 女子たちは素材の味という言葉の意味を魂で理解した。


 貧しい家庭の出身者が大半を占める冒険者学校の生徒たちにとってはこれまでの人生の中で間違いなく一番美味しい肉だった。

 ステーキの最後の一かけらを食べてしまうことができずに眺めていた少女がぽつりと呟いた。


「私、もしかして明日死ぬから、神様がかわいそうに思ってごちそうしてくれたのかなぁ……」


 それを聞いて周りの子たちもちょっと不安になった。

 何だか本当に死んでしまうような気がしたのだ。

 それにたとえ死ななくても、こんな美味しいもの、残りの人生で二度と食べられないかもしれない……。


 その時給食カウンターから声が響いた。


「おかわりもいいよ!」


 ガタッ。


 全員無言で席を立った。

 神はいる、そう思った。


 長蛇の列がカウンターから連なっていた。

 ようやく番が来た女子生徒は、今まで獣人たちを無視してきた後ろめたさからそっと皿を差し出した。


 トングが皿の上に厚切りのステーキを盛った。皿を持つ手にずしっと確かな重さが伝わってきた。


「遠慮しないで今までの分も食べて」

「あ、ありがとう……!」


「うめ」

「うめ」

「うめ」


 涙を流しながらひたすらステーキを食べ続ける寮生たちをティナは満足の表情で眺めていた。

 ティナが持ち帰ったロースは50kg近くあった。トリミングした分を除いてもまだ余裕がある。

 ティナもシャルもアイラも、料理の試食で充分食べたし残りはみんなにあげてもいいかなという気分だった。


 肉に関しては心底意地汚いキャロルだけは自分で焼いて四枚食べた。

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