地竜
水分補給はバッチリだ。オレたちは再び移動を開始した。
特に問題なくステージ岩に着いた。見上げるような巨石だが上が平らになっていて、踊れるほど広い。
オレたちは上に登ってみた。飛び上がったティナがロープを垂らしてくれたので楽に登れた。
森の真っただ中で岩より高いところに梢があって、見晴らしはさっぱりだったけど。
まあ学生が入ってはいけない境界の向こう側は少し見えた。
オレたちは栗の巨木を目指してまた歩き出した。
大岩と栗の木のちょうど中間くらいまで移動しただろうか?
先行していたレインが真っ青な顔をして戻ってきた。
「ヤベーっす、先生!」
「どうした」
「竜です、竜がいたんス! デッカいやつが!」
「竜?」
教官はうさん臭そうな顔をした。まあそんなのこの辺にいるわけないよな。いたら学生なんて気軽に森に入れない。
しかし焦ってるレインは教官の様子に気づかないようで一生懸命特徴を説明した。
「口は鳥みたいな嘴で鼻先に鋭い角が生えてます。それと目の上に二本、長い角も。頭の後ろが盾みたいに広がってて、体はサイに似てます。何よりメチャクチャデカいッス!」
「地竜じゃないか。バカを言うな、そんなのがこの辺りにいるわけがない──」
ズシン。
教官が否定した瞬間に地響きが轟いた。
ズシン、ズシン、重い足音が近づいてくる。
そして曲がった道の向こうからそいつはノソッと姿を現した。
デ、デッケェ~~~~!
体の幅は道幅よりも広く、両側の木をこすってメリメリと音を響かせている。
頭の盾だけでもうオレより背が高い。体長ときたら話にもならない。
見るからに硬そうな皮膚は鎧でも着こんでるみたいだ。鉄剣でも歯が立ちそうにない。
こ、これが地竜か! オレたちは、オレとレインとアメリは硬直してしまった。
グルルルル……
地竜は何だかいきり立っていて呼吸が荒い。
オレたちを目にすると頭の角をグッと前に立てて、いきなり突進してきた!
教官はとっさにアメリとレインを抱えて大木の陰に飛んだ。あれ、オレは?
ティナが指輪を外してオレに渡した。
「持ってて」
「あ、ああ」
指輪を受け取った瞬間ティナの姿が消えた。いやすごいスピードでダッシュした、多分。
ティナと地竜は正面からガチンコでぶつかった。
地竜の全身に衝撃が走って後ろ脚が浮いた。壁、いや岩盤にでも激突したみたいだ。
「えいっ」
ティナは地竜の顎の下に腕を回して思いっきり持ち上げた。
頭を上空に振られた地竜は直立して、後ろにひっくり返らないように全力で踏ん張った。
その瞬間、がら空きの腹にティナの拳が突き立っていた。
一瞬で一体何発ぶん殴ったのか……パンチはまったく見えなかったが地竜のシールドスキルが粉々に弾け飛んで、上から下までいくつものくぼみが握りこぶしの形に生まれている。
コポッ
地竜は多分悲鳴を上げようとして、喉の奥から音の代わりに吐しゃ物が溢れた。
それをかわして一瞬で後ろに回ったティナは尻尾を脇に抱え込んだ。
「やあっ」
ティナは地竜をぶん回して後ろに投げた。
地竜の巨体は可愛い気合の声と一緒に水平に飛んで森の木々をなぎ倒した。
オレは一体何を見ているんだ……?
地竜が哭いていた。いや泣いていた。
地竜も抵抗はしているんだけど何もできていない。ティナが一方的に攻撃している。
左フックで横っ面を張られて嘴があさっての方向を向いた。目だけでティナを追って、足元の石ころが突然猛スピードで発射された。
至近距離からの[石礫]スキルだ。
でも撃った時にはもうティナはそこにはいない。数十個の石が後ろの木に深くめり込んで、メキメキ……と音を立てて倒れた。
石つぶての下に滑り込んでかわしたティナはそのまま地竜の踵とつま先を抱えていた。取った足を支点に体を回して前足に両足を絡める、ここまでワンセットの動作。
ティナは地竜の足を一気に捻った。ヒール・ホールドだ。
ブチチッ、靱帯のねじ切れる音がここまで聞こえて来た。
ウ ア ア ア ア ア
地竜が絶叫した。前足を引きずって、地竜はもう逃げられない。
大暴れする地竜の体や尻尾が当たるたびに周囲の木がへし折れる。でもティナには全然当たらない。一方ティナの攻撃は全部当たる。
これはもう戦闘じゃない、リンチだ。
あの巨体が蹴り一発で浮くんだぜ? 横っ腹を左足でボールみたいに蹴り上げ、浮いた地竜を右上段前蹴りでさらに突き上げる。
空中で地竜が血を吐いた。多分内臓は煮込んだもつ鍋みたいにグズグズ、手足も折れてる。
着地の前に地竜は最後の抵抗を見せた。
先の尖った土柱の林が高速で突き上がって地竜の周りを取り巻いた。[土槍]のスキルだ。
取り巻くというかティナの後を追いかけて連射してるんだな、多分。全然当たってないけど。
土槍を全部かわしたティナは地響きを立てて落下した地竜と正面から向かい合っていた。
「よいしょおっ!」
角を両脇に抱えて……ええええっ!? 抱え上げたぁっ!?
地竜の巨体が宙に逆立ちした。
そしてティナは捻りを加えて地竜を落とした。
垂直落下式ブレーンバスター──いや首から落とした、あれは受け身が取れない。
「ゴキッ」と皮膚の下からすごい音がした。
自重を受け止めた首が支えきれずに変な角度に曲がった。
地響きを立てて仰向けに倒れた地竜は腹をさらけ出してピクリとも動かない。
地竜は死んでいた。
林の中の教官は呆然と事態を見守ることしかできず、レインとアメリはその両側からしがみついて震えている。
これが地上最強生物の実力か……。
ティナさん、パネェっす。
ところで、これは少し後の話だが地竜は高値で売れた。皮、骨、角、血、肉、内臓に至るまで需要があるのに滅多に市場に出回らないそうだ。
ティナは結構な大金を手に入れた。で、オレたちにも気前よく分け前をくれた。
おかげで古道具屋のローンは解消できたが……何となく釈然としない。
プレゼントをあげた相手にもらったお金でプレゼントのローンを返すって、これじゃオレ、割と駄目なヒモみたいじゃないか……?
初めての冒険、早くも終了。




