月下美人
翌日の午後いつもの訓練場でシャルに楽譜集を渡した。
「これ、町で見つけたんだ。良かったらもらって」
「あら、ありがとう」
シャルは譜面を追いながらメロディを口ずさんで首を傾げた。
「知らない曲ばかりだわ……」
「へえ、シャルが知らないなんて超マイナーな曲だな。地元の作曲家の新作とかかな?」
「逆。きっと忘れられた古典ね。どこで見つけてきたの?」
「イケオジの店」
「何それ」
それからシャルは猛然と曲を練習し始めた。
全然声を掛けられる雰囲気じゃなかったのでオレはレインと遊んでいた。
「あ」
夕方頃、突然シャルが声を上げた。
オレはレインとシャルのところに行った。
「どしたの?」
「何かしら、これ。新しいスキルが発現したんだけど」
「へー」
「なんてやつ?」
「[奪魂]ですって」
「何だろな、それ」
「使ってみてよ」
「ええ……」
シャルはさっきから練習していた古い曲を演奏し始めた。
曲調は勇壮というんじゃないな、むしろ落ち着いている。何というか古めかしい権威、威厳、荘厳さ、そういったものを感じさせる曲だ。
でも魂を奪われるとか、そういう感じではない。
「スキル使ってる?」
「使ってるけど……何か効果ある?」
「いや、全然」
「ちっとも効いた気がしないんだけど」
「何なのかしら、このスキル」
「何か条件があるのかもな」
「あるいは……」
「あるいは?」
「オレは既にシャルに魂を奪われているから効かない、とか」
「……もう、バカ!」
検証のために他のスキルも試してみることにした。
「バフ掛けてよ、バフ。一度体験してみたかったんだ」
「ええ」
シャルは景気のいい曲を弾いた。
曲に乗った[ステータス上昇]スキルが掛かると、何と言うかこう、かつてない力の昂ぶりを感じた。隣のレインも同じ感触のようだ。
「何だこれ、力が湧いてくる!」
「スゲェ、みなぎる、みなぎるぞ!」
とぅっ! ジャンプしてみたら普段よりずっと視点が高い!
普通に効いてるじゃん!
それはともかく今ならできそうな気がする、前からやってみたかった──前方宙返り!
成功!
バク宙も簡単にできた。
オレとレインがぴょんぴょんクルクルジャンプしていると他の生徒たちも寄ってきた。
居残り組と訓練組だ。今日はオレたちも合わせて全部で十二人いた。
「何だ、面白そうなことやってんな」
「おお、お前ら! バフってすげえな!」
「お前らもやってみな、飛ぶぞ!?」
それからシャルはオレたちの要求に従って次々とスキルを使った。
[ステータス上昇]の他にも[覚醒]とか[熱血]とか[鈍痛]とかな。
シャルとアメリを除いた十人で横一列に並んでダンスを踊る。
伴奏はシャル──だったのだが、途中でギターを下ろしてぽかんと口を開けた。
「何これ……」
まあいいや、無伴奏ダンス組曲だ!
人形じみた動きでカツカツと靴を鳴らして、指先までビシッとキメてダンスダンス!
斜めに傾いてグラウンドを滑るように動いて、両手を大きく開いてその場で一回転──
バシッ、隣のマックに手が当たった。
「おお、すまん!」
「なぁに気にするな!」
ゴッ、マックはオレを殴った。痛くねェ!
すっ飛んだオレはダンスの列をなぎ倒した。
「悪いな!」
「おう、気を付けろよ!」
左右の二人がオレを引き起こしてくれた。そしてパンチ!
しゃがんだ頭の上で二つの拳が交差して、左右の二人が大きくのけぞった。
十人入り乱れて誰彼構わず隣の奴と殴り合った。大乱闘スマッシュ同期生ズだ。
オレはレインと背中合わせに周囲と戦っていた。いやボコられていた。マック強えぇ!
「ちょっと、やめなさいよ! ……ブッ!」
割って入ったアメリにマックの肘が当たって鼻血が出た。
「ヘブンッ!?」
腰の入った右ストレートがマックを吹っ飛ばした。アメリ強えぇ!!
「みんな何してるの!?」
シャルがオロオロしている。心配しないでハニー、これはただのファイトクラブだッ!
今オレ達は太陽と一緒に戦っている!
「ふー……」
シャルは大きく一つ息をつき──
「眠れ、眠れ、愛し子よ。ぬばたまの夜が君のまぶたを優しく包む──」
子守歌を歌い出した。透き通る声、そのメロディに[睡眠]スキルが乗っている。
……えっ、何で!?
待って、せっかくいいところなのに!
あっ……クソ、眠い……
…………。
……。
「……?」
目を開けると辺りはすっかり暗くなっていた。月明かりに照らされたここは訓練場のようだ。
頭の下に何かある。手で探ると畳んだ布が枕になっているようだった。
それとあちこち痛いんだが、なんだこれ。
「あ、気が付いた?」
隣に座ったシャルがオレの顔を覗き込んでいた。
「……おはよう、シャル。オレ、何でこんなところで寝てるんだっけ?」
尋ねると説明してくれた。
シャルのバフで興奮したオレたちは殴り合いを始めて収拾がつかなくなり、仕方なく[睡眠]スキルで全員眠らされたのだという。
あー、そういえばそうだった。何だか頭がおかしくなってたようだ。
「ごめんなさい」
「それはいいよ。こっちのリクエストだったし。そんなことより待っててくれたのか」
「一人で残しておくわけにいかなかったから」
「俺もいたぜ──」
と出てきたレインをアメリが引っ張っていった。
「あの二人もさっきまで眠ってたの」
何やってんだろうな、オレたち。
横になったまま見上げるとシャルの向こうに月が昇っていた。
月の光を透かして銀色に輝く髪はどっちつかずの十日目の月なんかよりよほど綺麗だった。
「……君は月よりも月のようだ」
「何それ」
「綺麗ってこと!」
シャルが月じゃないのなら、きっと魂を吸って咲く花だろう。




