指輪
オレたちは並んで学校への帰途についた。
「ねえ、楽器屋さんで何を探してたの?」
「主に楽器。高くて手が出なかったけど」
「ふーん……じゃあこういうところは?」
ティナが指さした先に古道具屋があった。
入り口をくぐると店主らしきおっさんがカウンターに陣取っていてオレたちをジロリと睨んだ。
店は薄暗く、うっすらカビと埃のにおいが漂っていた。
奥に長い店の棚には生活用品から骨董品まで乱雑に積み上げられている。
アクセサリーの類を熱心に眺めているティナを置いておいてオレは店を見て回った。
古書店も兼ねているようで奥の方の棚に古本が詰め込まれていた。
端から順に何の気なしに本を引っ張り出してみる。
「お」
その中に古い楽譜集があった。
開いてめくってみると何だか手ごたえが重い。これもしかして紙じゃなくて羊皮紙か?
譜面も手書きだし。
うーん、よくわからんけどシャルなら弾けそうだな。これにしよう。
楽譜を持ってカウンターに向かう。
……ふと、カウンターサイドに置いてある箱に目が行った。
その浅い小箱には指輪がいくつか並べられて、その内の一つに目が引き付けられた。
ピンクゴールドの細いリングに小さな緑の石を埋め込んだ指輪だ。
何か綺麗だな、光沢が違う。
銅にガラスかな? 素材はわからんがカラーリングがティナにぴったりだ。
オレは横目でまだアクセサリーを漁っていたティナの指を見た……大きさもちょうど良さそうだ。
「外で待ってて」
声を掛けるとティナは次から次へと道具に目をやりながら「んー」と軽く返事して店を出た。良し。
「おっさん、これくれよ。どうせ安物だろ」
指輪をカウンターに置くとオレを泥棒か何かのように見ていたおっさんは不機嫌な顔でこちらをねめつけてきた。
「アホぬかせ、18金のリングに、小粒とはいえ本物のエメラルドだぞ! お前なんかの小遣いで買えるかい!」
「へぇ、綺麗だとは思ったけどオレの目も大したもんだな」
「言われて初めて気づいたんだろうが! 価値のわからん奴には売らん!」
「おいおい、価値がわかってないのはどっちだ? 今の子見ただろ、あの髪と目の色を。その指輪はあの子が嵌めて初めて価値が出るんだ。これで頼むわ」
オレは有り金をカウンターにぶちまけた。
おっさんはむ……と唸ったが、少し時間を置いてやはり首を振った。
「いや、ダメだ。大まけにまけてもその額の十倍はする」
「よし、じゃあ十回ローンでどうだ」
「うちはローンは──」
オレはおっさんをまじまじと見た。
「何だよ気持ち悪いな」
「いやどこの舞台俳優かと思ったら道具屋の親父だったわ。なぁ頼むよ、カッコつけさせてくれよ」
「そう言われてもなぁ」
「考えてみろよ、今オレに売らなかったらどこかのわけのわからん兄ちゃんが黒い頭で茶色の瞳の飲み屋の姉ちゃんの指に嵌めることになるんだぜ? そんなことになったら美意識の塊のあんたは一生後悔するぞ? なあなあ頼むよ、オーランド一の色男!」
「むーん……」
おっさんは唸った。唸って、唸って、とうとう負けた。
「……クッソ……ええい、持ってけドロボー!」
「サンキュー。おっさん、あんたこの町で一番イケてるよ」
「ぬかせ」
「そうだ、ローンついでにこいつもくれよ」
小脇に挟んでいた楽譜をカウンターに置くとおっさんは渋い顔で「ローン一回追加な」と言った。
「──おい、クソガキ」
「ん?」
「頑張れよ」
笑顔で返してやった。
「オレはいつだって全力さ」
店を出るとティナは壁に背中をもたれかからせて待っていた。
しっぽの先がぶらぶら揺れている。
「待たせたな」
「遅ーい!」
「ごめんごめん。これ、今日の記念に」
指先につまんだ指輪を差し出すとティナは大きな目をさらに見開いた。
「……え、いいの? 高かったんじゃない?」
「ティナのスマイルよりは安いさ」
「何それ。でもありがとう」
ティナは指を選んで嵌めていった。
ちょうど右手の薬指にぴったりだった。
ティナは目の前に手をかざして指輪を眺めた。
指輪も髪も夕日に溶け込んでキラキラ輝いていた。
懐は寒いなんてもんじゃないが、まあ、買って良かった。




