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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。

短編集

手向けの約束

作者: 佐藤朝槻
掲載日:2024/02/05

 

 電車が駅のホームを通りすぎた。

 この涙も、涙が出る理由も、風で飛んでいってくれよ。


 そう思いながら何度ハンカチやティッシュでぬぐっても、涙が止まらない。


 コツ、とローファーの踏みしめる音がした。

 横をみると、同じ学校の制服を着た女子がいた。

 最低限のシワしかないローファー。校則を守ったスカート丈。後ろでまとめられた黒髪。姿勢のよさ。

 育ちがよさそうな彼女が、潤んだ瞳でこちらを見ていた。

 


「あの、手をつないでもいいかしら」


 手? 寒いのか?


「カイロ貸しましょうか?」

「違うの。つなぎたいの」

「そう、ですか。まぁいいですけど」

「ありがとう」


 そういって彼女の両手は私の片手を包み込む。

 しかし、彼女は「違うわ」と小さくつぶやいた。眉間にはしわがよっている。


「ハグしてもいいかしら?」

「ハグ!? 許可とればいいと思ってません?」

「慰めあえると思うのだけど」

「慰め?」

「だって泣いていたじゃない」

「ああ……。これは花粉症です」


 彼女は「同じ理由だと思ったのに」とあからさまに凹む。


「どういう意味ですか?」

「なかったの、わたしの受験番号」

「ああ、その……。お疲れ様です」


 私が小さくお辞儀すると、彼女は気を取り直すように首を横に振った。


「あなたは進学?」

「はい。といっても私は専門学校ですけど」

「なんの専門学校か聞いてもいいのかしら」

「歯科技工士です」

「技工士? なぜ?」


 なぜ他人に尋ねられているのか、私こそ知りたいが?

 そう言い返したいけど。

 彼女の目の輝きが、私が答えるまで解放しないと訴えかける。


「おばあちゃんが入れ歯つけると痛いって嫌ってたんです。入れ歯にストレス感じてる人、減らしたくて選びました」

「まぁ、素敵な理由!」


 彼女の目が瞬く。


「わたしも専門学校にしようかしら」


 ……急展開だな。


「偶然にも医療系志望なのは同じだわ。それに、あなたのこと気になっちゃった」

「はあ……。え、なんで?」

「わたし、切明優輝(きりあきゆうき)。あなたは?」


 なぜ自己紹介タイム?


「……高倉六実(たかくらむつみ)

「これから仲良くしましょ、六実!」


 だから、なぜ。









   ○









「あのとき本当びっくりした。なにいってんのこの人って思った」

「ごめんって」


 私たちは同じ屋根の下、キムチ鍋を食べている。


「まさか優輝が本当についてくるとはねー」

「わたしのおかげで楽できてるでしょ?」


 あのあと、優輝は私と同じ専門学校に進学した。コースは違ったが、一緒に暮らし、ふたりで過ごす時間も多い。


「まぁ……。いや引きニートにいわれたくないよ」

「こらこらー、自宅警備員と呼んでー」


 彼女は私の箸がつまんでいた豚肉をかっさらう。


「ちょっと!」

「おいしー」

「もう……。まさか優輝が辞表出すとは思わなかった」

「へへへ」

「誉めてないんですけど?」


 就職先の病院も私たちは同じだった。

 私は歯科技工士として、優輝は歯科衛生士として働いた。

 優輝が就職して一年となる前、彼女は退職した。

 

 ふいに優輝は、視線を鍋から外に移し、わぁと喜んだ。


「六実、雪!」 

「まじか」

「外、出ようよ」

「えー。寒いよ」

「いいから、いいから」

 

 彼女は半ば強引に私をベランダに連れ出した。


「うぅ、寒っ」

「六実、これは雪というよりも桜ね」

「桜ぁ?」

「うん。門出を祝ってくれてるみたい」


 なんじゃそりゃ。

 そう思ったけど私は黙っていた。

 たしかに優輝にとっては新しいスタートなのかもしれない。

 ただ、私は。

 優輝が退職した理由を知らない私には、祝福できる気分じゃない。


 風が強く、雪は舞うように降っている。

 視界の上半分がぼやける。


 優輝の「目を閉じて」という言葉に従うと、彼女の指がまぶたを優しくなでた。


「雪のってた」

「ありがと……。雪って言っちゃってるじゃん」

「あ!」


 しまったって顔に、私は少し笑ってしまった。

 優輝もつられて笑い、「明日もこうだといいなー」とぼやく。


「やだよー。出勤めんどくさい」

「労働者は大変ですなぁ」

「くっ、どうしてだろう、腹立つのに敗北を感じる!」


 でも優輝の言うとおり、積もったらいいかもしれない。


「積もったら優輝はどうする?」

「さすがに電車は止まんないでしょ」

「本当に帰るんだ」

「うん。地元で転職先を探そうかなって。親も帰ってきていいって言ってたし」

「そっか」


 さっきまで暖まっていたはずなのに、もう指先がかじかんできてる。


「優輝」

「んー?」

「いてほしいって言ったらダメ?」

「いてほしいの?」

「いてほしい」


 優輝が不思議そうに私を見つめる。


「六実なら大丈夫だと思うのだけれど」

「無理だよ」

「どうして?」

「……優輝が好きだから」


 あーあ。言っちゃった。

 今まで突き放していたのは私なのに。

 ここで言うのは、彼女を困らせるだけだと知っているのに。


 情けなくて顔を伏せることしかできない。

 優輝の手が乗せられた。温かい。

 頭に重みを感じながら顔を上げると、彼女の優しい微笑みがあった。


「わかった。じゃあ、こうしよう」

 ――本当に無理だと思ったら帰っておいで。


 優輝は私の頭をなで回し、部屋に戻っていった。

 私も部屋に戻る。


「ちゃんと送り出すから!」


 私の大きな声に、振り向いた優輝は目を見張っている。


「本当にダメになったときは、今日の返事、ちょうだいよ」

「……バカだなぁ。わたしは六実よりずっと前から好きだよ。知ってるでしょ」

「じゃあ、なんでやめたの。なんで地元帰るなんて言うの」


 優輝が笑みをこぼす。


「あなたには夢があるじゃない。大切な夢が。壊したくないの」

「……」

「一緒にいたかったから、ここまでついてきた。でも、わたしには向いてなかったみたい。だから……」


 だから帰るんだ。

 私が苦しめてしまったのか。


「ごめ――」

「だから待つって決めた」


 予想外の言葉に、私は目を見開く。


「わたしは、わたしの生きやすい場所で生きるよ。六実は、好きにしたらいい。夢を追いかけるもよし。帰ってくるもよし。根をあげるまで待ってる。まぁ待つの飽きたらテキトーに結婚でもしようかな」


「優輝……。ありがとう」


 寂しそうに笑う優輝を、抱きしめずにいられなかった。涙を見せたくなくて。


 耳元で彼女の鼻をすする音が聞こえた。


 その後、私たちは日が昇るまで思い出を語らった。


 優輝は家族と親戚が医療従事者のため、なんとなく医療の道を選んでいたこと。

 夢を持ってる私がまぶしく見えたこと。


「ね、六実の夢を聞かせてよ」

「夢かー……」


 私は少しずつ言葉を紡いだ。

 奨学金を払い終えたら今の病院をやめるつもりであること。

 地元で開業したい思いがあること。


 優輝は、終始にこにこしながら私の手を握っていた。

 私も温もりを確かめるように握り返した。


「ねえ、優輝。数年後、絶対あなたに会いに行く」

「うん」


 うなずく優輝の笑顔は、薄暗い部屋の中で輝いていた。


 本当だよ。私の気持ちがその場限りじゃないと証明しに行くよ。

 それまで私も信じる。

 優輝が忘れてしまわないって。

 私を待っていてくれるって。


 勇気を出して伝えてくれたのだから、私も信じる勇気を持つよ。


 そうして、じきに夜が明けた。

 私は優輝を見送った。はじめて会ったときから変わらない黒髪を揺らしながら、彼女はスタスタと歩いている。


 今日からひとり。

 いいことも嫌なこともすぐには共有できない。

 寂しい。

 やっていけるか不安だ。

 怖い。

 それでも彼女との約束がある。

 これは光だ。輝きだ。

 見失わないように用意してくれた、贈り物なのだから。

 私も歩きだした。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 六実と優輝、二人の関係性がとても丁寧に描かれております。出会いは偶然なのかもしれませんが、互いの距離を徐々に縮めていったのでしょうね。悲劇的な別れではなく、未来を見据えたものなので、この先…
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